第13話
朝日が昇り切る。人間同士の諍いも、個人の感傷も知ったことかと言わんばかりに、無常に時が流れていく。
白日のもと、男が倒れ、少女がそれを見つめている。
人型兵器が赤石永秀という動力を喪ったことで自重を支え切れなくなって、積み木細工のように地面に崩れて臥した。
(まぁその後処理は置くとして)
それを遠くの間合いよりネロは見つめていた。
ねじれ切った赤石の因果の撚糸。それをたどった二人の先の結末を見届けるために。
その背よりさらに五龍恵署長が五体満足でぬっと現れて、妙に晴れ晴れしい表情でネロの横に立ち、その肩を抱いた。
「……終わったな」
「いや歴戦の味方ポジにいるけどつい数十分前まで俺ら敵だったからな。あと終わったのはあんたの人生もだよ」
妙に得心しくさった様子の五龍恵の手をにべなく振り払う。
立場で言えば黒文も同じだが、馴れ馴れしくする気も資格もないと判断できるだけの理性は残っているようだ。
わずかに距離を置いて斜め後ろへと、獣の少年は人間の姿に戻って屹立している。
だがそれらにはもう意識を振り向けず、問題は朝日の中心にいるかのごとき、赤石の二人だ。
だいぶ命を吸われたはずだ。ともすれば一瞬後にも意識が絶えても仕方のない体調であろうなか、永秀は鉄屑にまみれ、仰向けに倒れたままぼんやりと空を見上げていた。
「お前、これからどうする気だ?」
と掠れ声で問う。
「……自分の身と、目の届くヒト達と、あと出来ればこの街を守っていくよ」
やや沈黙した後、千明は積極的なんだか消極的な決意を表す。しかしその沈黙に逡巡の色はなく、希望的な物言いではあるが動揺の影はない。
「そして待ってる。叔父さんが刑務所とかから出て、この街に戻ってくるのを。叔父さんがなんだかんだでそうしてくれたみたいに」
個人的容赦はともかくとして、社会的には赦されないということを、千明もまたよく弁えていた。
しっとりとした眼差し、そして声音で、彼女は続けた。
「だから帰ってきたらまた、ご飯食べに行こう? その時までには、ちゃんとマナーも勉強しておくから」
ややぎこちなく向けられた姪の微笑みから
「……うるせぇよ」
と叔父は寝返りを打つようにして顔を背けた。
「だいたい、イタ飯なんてそんな形式ばって食うもんじゃねぇだろ」
と答えたその肩は震えていて、四十男が拗ねた子どものように丸めた背は、哀愁と憐憫を誘う。
(ともすれば)
その寛容と温情こそが、赤石永秀にとっては、何者にも成れず何事も果たせず罪ばかり重ねてきた男には、何よりも惨い罰であったはずだ。
その推察を伝えたとして、千明はこともなげにこう答えるのだろうが。
「それでも、生きていて欲しいから」
などと。
ネロは深く息を吐いて、混乱が収拾するまでに自分の世界の痕跡を消すべく、身を翻した。
そして恐らくは、こうも予感していた。
その後始末こそが、『職人』ネルトラン・オックスが赤石千明に対しての、
「最後の、仕事だな」
という。
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