第11話

 屋上を飛び伝って駈ける。

 足を止めるなかれ。緩めるなかれ。そうしてしまえば、熱線の柱に己が巻き込まれることを意味していた。

 破壊力を考えれば使用する武装はこの一択なのだが、いかんせん有効打へと持っていけるだけの速度も跳躍力もなく、まして飛行能力などあろうはずもない。


 『メトゥルムメーデン』は文字通りの駆動する要塞だった。自身の堅牢さもさることながら、狡猾に絶妙な加減でネロのリーチ外にその機体を置き、その間合いをこそ見えざる不破の塁壁としている。


「ったく、一方的に好き放題やりやがって」

 毒づきつつもその塁壁を越える術を、ネロは持たない。


 あるいはNo.128の武装を併用し、橋頭堡を確保するか?

 否否否。二つの術式デバイスのマルチタスクなど正気の沙汰ではない。後生大事に温存してきた魔力が、この装甲のみでさえ吸い上げられているのだ。そんなことでは生命力さえ枯れ果てるのに三分とて保つまい。


 という感じに攻めあぐねるネロだったが、自分の足下、ビルの間隙を飛翔してきた黒い影の姿を認めた。

 同時に、自身の真後ろへと回り込んだオリバー の成れの果ては、顔面を光らせて閃光を飛ばした。

 速度を上げたコンクリートを焼き溶かしながら迫るそれが追尾する。


「来いっ!」


 虚空に向かって声をあげたネロは足下が爆ぜると同時に身を投げた。

 重力に引かれてビルから落下していく彼の肉体を、下方より急浮上して掬い上げる影があった。


 黒文である。

 キマイラとなった彼は質量を伴わせたその背に、

 加えられた負荷の分、その背が軽くたわんだがその後の飛行に支障はなかった。


 獣の背越しに舌打ちを聞く。彼にしてみれば、我から千明の許へ遣ったのに、今その相手の援護を頼りにする図々しさを咎めたかっただろう。自分でも戦力を見誤って方針真逆に転じて助けを乞うのは、情けないことだとは思う。


 そんな黒文がそれでも彼を救わんとしているのは、突如として目覚めた友情や正義感のためではなく、ネロの生存なくしては彼の復讐のためのパワーアップという願望が成就されないからだった。


〈乒乓球じゃないんだ、もうこれ以上行ったり来たりは聞かないからな!〉

「あぁあぁ、分かってるよ」


 それを承知のうえでネロは飛び、恨めしさはそのままに、黒文は与えられた役割以上の働きをしなければならなかった。


 だが、ビジネスライクであるからして、自然と両者の呼吸は合っていた。

 騎乗された黒文はネロの身柄も勘定に入れて大ぶりに身を旋回させ、光線やミサイルを回避していく。

 ネロはネロで、振るう蒸気の剣筋は、自身の足場たる黒文の巨体をもカバーして敵の攻勢を弾いていく。


 互いの安全を守るだけの最低限の挙動はしつつも、醸成された関係ではないから、情に流されて余計な干渉はしない。ある種理想的な関係と言えただろうし、まして激情の持ち主たる黒文にとっては、余計な肩の力が抜けて、本来の力量に近いものを出せていた。


「プレートメイルを着込んで黒い翼獣を駆って、街を破壊する悪の巨大ロボット相手に大立ち回りか……ハッ、まるでファンタジー世界の住人だなっ!」

〈……突っ込まないからな!〉


 それでも、互いにネロは攻防、黒文が回避と分業できている以上、軽口ぐらいは叩くだけの余裕は生じていた。だが、そんなことは関係ないと言わんばかりに、焼き尽くさんと覆うほどの光線が眼前に迫っていた。

「下っ!」

 ネロが鋭く声を飛ばすと、黒文はぐんと下降した。下半身の周りをひゅんと浮遊感が襲う。だがネロはそれにしがみつくと思いきや、立ち上がって大きく飛び上がった。


 光の奔流を挟んで上下に分離した彼らだったが、すでに必要な間合いはほとんど得ていた。見切りをつけて不足した分ぐらいは、応用をもって補うだけのことだ。


 全身から蒸気を逆噴射させたネロは、そのままメトゥルムメーデンへと取り付いた。

 ふだんついぞ発さぬ、渾身の雄叫び。逆手に取った剣を敵の胸部装甲へと突き立て、穴を穿つ。

 穿つのみで良い。これにてチェックメイトだった。

 『剣』の穴より吹き出る蒸気化された魔力が、タバコの流煙が肺腑や血管を犯すように、機体の動力系統の動きを阻害し、粘性を帯びた高熱がその回路を破壊していく。


 ここまで来れば、もはや出し惜しむものなど何もなかった。

 ありたけの魔力を注ぎ込むと、メトゥルムメーデンの腕や首の付け根の関節部から血煙のような気体が溢れ出て、その頭部はガクガクと据わりなく揺さぶられ続けた。


 エンストを起こした自動車のように激しい上下前後の運動が始まるその機体を蹴り飛ばし、その反動を以てネロはビルの屋上へと飛び移った。


 血ぶるいのごとく鉄棒で十字を切って、ネロが背を向ける。

 やがて臨界を突破したメトゥルムメーデンが爆発するのと、四散する燐光の雨を黒文がかいくぐっていくのは、ほぼ同時だった。

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