Act3:王と職人と魔法少女とあとついでにJK

第1話

 時の人物評に曰く。

 六国中の一国、フォングリン公国の当代の公王は幼少より英邁。六つの時には諸魔導を修め、十にもなろう時には、門戸に依らず飛び級で中央学院に入門。独自の魔力変換機構を開発。

 その後父である第六代の夭逝を知り、未練もなく退学し、新王に就任する。


 その非凡さは覇道にあってもいかんなく発揮された。

 若輩を理由にみずからを追い落とさんとする派閥を、その反対勢力を裏で扇動して返り討ちとし、またあわよくば後見人として甘い汁を吸おうとしていた彼らをも、その争いの責任を取らせて追放した。


 治世に追い落とした重臣たちから没収した隠し金を元手に殖産を推奨。持ち前の技術力をもって作業効率、流通ルートの拡大に成功する。

 十四になった頃には放蕩な父とそれに媚びた佞臣たちによって傾いていた経済基盤を立て直した。


 その翌年、大陸および世界の危機たる『征服者コンキスタドール』戦においては真っ先に反攻作戦に参陣。陣頭指揮を執るかたわらで技術面、補給などによる後方支援も担当し、実に二年もの間輜重を支え続けた。


 表立った武勲は立てていなかったものの、その支援こそが勝利に繋がり、『侵略者』イカイの討伐に貢献した。

 陣中にて十六時の冠儀を終える。


 翌年。連合公国が戦後復興の最中。

 十七歳になろうとした時。


 彼は国家反逆罪で逮捕された。

 露見したのは、国民を使った人体実験ならびに、全人類が肉体を棄て魔力のみで生きるよう目論んだ、狂気の所業。

 そして遺棄された死者を蘇らせ、不死の兵を率いて周辺諸国への侵攻を企てたという謀略。


 自国の宝物殿跡に建てられた、合同最高法廷。

 自身が提唱した国際法に則って、王位を取り上げられた、何者でもない彼は極刑に処されようとしていた。


 長い時を費やして読み上げられる罪状。

 証言台に立ち、涙ながらに旧主を告訴する、追放した重臣たち。彼らの提出する、書類や物証。

 公国中興の功労者としての称賛は霧散し、裁判官を努める神室長グラシャ・ブランツィアより静粛を求められるまで罵声が飛び交う。


 その中にあって、野分の目のごとく、千年樹のツタを撚ってできた縄に繋がれた彼自身は冷静であり、ただ


「あぁ、そういうことか」

 と、他人事同然に呟いた


 次の瞬間、けたたましく笑った。

 ふだんの冷静な彼からは想像もつかないような、タガの外れた狂笑。濃い蜜のような金髪を振り乱し、白く生え揃った歯をガチガチと鳴らし、異国の海を想わせる碧眼を爛々と輝かせ、焦点の定まらないまま左右を睨み据えた。


「いかにも! この俺こそが! 常人にはなし得ぬ偉業をなさんとした! だが、こうして捕まった今でも後悔や罪悪感はないっ! 俺の志は、その深大さは! 曖昧模糊の子雀どもには分かるまい!」


 背の凍るような哄笑。今まで愚痴をこぼし、悪態をつくことはあった。だがこれほどまでに憎悪を浴びせられたものは、同胞臣民を問わずいなかっただろう。


 皆、押し黙った。

 彼を糾弾していたものは不用意な刺激を恐れてその口を閉ざしたし、わずかに残っていた彼を信じていた者たちは、本人が高らかに認めたものだから、擁護の言葉を失った。


「だが、憶えておくが良い!」


 少年王は彼らを指弾し、見渡し、そして最後に、判決を下したグラシャを冷笑した。


「貴様らがいかに魔術でこの俺を束縛しようとも、魔力を奪おうとも! この俺にとってはまるで意味のないことだと! そして知れっ! いつの日か、お前たちが謳歌するこの春は終わりを告げる。冬の到来とともに俺はふたたびこの地に戻ってくる! そして必ずやこの報いを受けさせてやるぞ、絶対にだ!」


 退廷を命じられるまで、断続的に、義務的に、壊れた玩具ように、彼は笑い続けた。

 そしてそのリズム余韻は、尋問に立ち合ったすべての者の聴覚的記憶にしっかりと焦げのように居残ったことだろう。


・・・・・


 そして果たして、彼は処刑の直線に姿を消した。

 狂を発する前から、一度交わした約束は反故にしない病的に律儀な男ではあったが、こういうところでも彼は有言実行の人だった。


 王族としてさえ扱わない、プライバシーや衛生面と引き換えに厳重さを手に入れたその牢から、跡形もなく消えていた。


 監視はついていた。映像だって回っていた。着替えや排泄のときだってそれは機能し続けていたはずだ。

 地下というよりかは枯れ井戸のような灰色の穴の奥底。鉄格子は獅子の咬力をもってしても傷一つつかず、万が一それを脱したとしても、縄の一本もなしに昇れる高さではあるまい。

 這々の体でそこから這い出たとしても、番人番犬がその口のすぐ横に常駐している。城には戦時も同然に兵員が詰めている。皆、『侵略者』戦にも参加した心身ともに精鋭揃いである。

 見落す、はずがないのだ。


 魔力だって吸い尽くし、その力なくして解けない、魔合鋼の鎖で手を縛っていた。食事のときだってそれを外すことを許可せず、皿に置いたパンを犬のようにかじらせた。栄養のことは考えなかった。どうせ数日後に死ぬ身に、謀反人に、そんなものを気遣ってやる意味がどこにあると。

 回復の手段やマジックアイテムもすべて没収した。歯の隙間まで調べ上げて、それが隠匿されていないか確かめた。

 ボロ着一枚だけをまとわせて、牢に放り込んだ。


 だが、彼は脱獄を、成し遂げた。


 見張りが言うには、一瞬、睡魔にも似た意識の揺らぎがほぼ同時に、全員に起こったのだという。映像に、時同じくしてノイズがはしった直後、彼の姿は忽然と牢から消えていた。ただ鎖だけを残して。


 奇怪なのは、二点。

 まず、魔力の粒子の残留物が確認された。すなわち、何者かが魔法用いたということだ。それが脱獄者本人なのか、あるいは協力者いるのかは知らないが。


 そして、城から出た形跡がない。あるいは未だ潜伏している可能性もあるが、千人近い誰の目にも触れず、またそんな最大級の警備の中、明敏なあの男が留まっているとも思えない。


「どう、いたしましょう」


 警備主任は豪胆で鳴る男であったが、さしもの責任の重さに声が渇いて、震えていた。

 他の国より身柄の拘禁を仰せつかった身で、むざむざ取り逃がしたとあれば、それこそ今度は自分たちが同程度の咎を受けるやもしれぬ。


 主人は、彼にも増して豪壮そのものといった青年だった。

 鋼板を折り畳んだような体躯に比して、その手足はわずかに細い。だがそれは鍛えや練りが足りないというより、むしろ余計な筋肉削ぎ落とした結果だった。

 事実、彼は王位に在りながら戦場では雑兵と先陣を競い、剣筋を鞭のように縦横無尽にしならせながら、敵を切り崩していった。


 その彼は、別段驚きもしなかった。

 美丈夫、という評に見合った相貌は山のようにこゆるぎもせず、じっと腕を組んで、飛び交う羽虫も気にせず空の牢を睨んでいた。


 あるいはやるかもしれない、とは思っていた。

 だから驚きは、自分でも意外なほどになかった。


 ただ、裏切られた、と苦いものを噛み締めていた。

 朝にこの大凶事を報告されるまで、多少の憐憫と友誼が残っていた。あるいは、彼は本当のところ冤罪で誰かを庇っているのではないかという甘い夢想もしていた。


 だが、それらは今、消散した。


 庇う誰かがいたのであれば、大人しく刑に服していたはずだ。自分を信じてくれていたのなら、その秘事を打ち明けていたはずだ。


 しかし旧友は、ここから脱した。

 自分には何も言わず、結局罪は本物だったと証するかのように、命惜しさに逃亡した。


「もう、良い」


 脱走者ほどではないにせよ若き王は、そう告げた。

 自分の未練に見切りをつけるための独語ではあったが、自分たちの失態に対する威圧と取られたのだろう。警備員らが直立し、背を反らした。


「逃げた先に心当たりがある。あとは、己がやろう。供回りも要らぬ」


 腰のベルトにぶち込んだおのれの得物を引き抜いてそう宣言すると、兵士たちが色めき立った。


「なっ……危険です!」

「然り! 敵は世界を破滅させんとした奸悪! 御身のみでこれを追うのはあまりに剣呑!」

「せめて行き先さえお教えいただければ、我らのみで雪辱を果たしましょう!」


 口々にそう制する臣下を、王は顧みない。


「ならぬ。逃亡先が己の考える場所だとするならば、これはもはや我らのみの問題ではなくなる。できる限り穏便に事を進めたい。……大事ない。この『剣』がある限り、己は敗けはせぬ」


 そう言って天に武器を突き出すと、一同は黙らざるをえなかった。


 彼らは熟知していただろう。

 決意とともにその『剣』を抜いた彼が、決して翻意することはないと。

 そして、立ちはだかる何者にも、決して遅れは取るまい、と。


 『剣』とロットバルム公王は呼称した。

 だが仔細を知らないものから見れば、それは利剣には見えなかっただろう。

 赤褐色の刀身は、むしろ形状としては円筒と言う方が正しい。

 そこには無数の孔が穿たれて、その把手には引き金が取り付けられ、柄頭にはボルトのようなパーツが存在している。


 長さはちょうど彼の半身ほどもあった、彼が引き金に指をかけると、歯が噛み合う音とともに、孔から白い火炎が吐き出された。


 それは瞬く間に剣身全体を覆い尽くし、一振りの焔の大剣と化した。リーチをどこまでも伸ばしていく。

 彼の怒髪天を顕すかのごとく、井戸の通気口を通り抜けて、焦がし、表層を溶かし、朝日の上り切った空を舐める。


「自身が打った武具に討たれるのだ。彼奴の無念とやらも、少しは救われるであろうよ」


 わずかながらの寂寥と感傷をその焔で焚きながら、彼は呟く。


 その手元の鍔で、無数の歯車が、回る。

 忘れ去れていた時を動かすように、悲鳴にも似た軋み声をあげながら。

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