Incident 5. 異世界へ

5-01 思いがけない再会

「まさか、こんなところで会うとはな。何を企んでいる?」

「企んでいるだなんて。ただの奉仕活動ですよ。」


 私の目の前にいる女、ルートライムは悪びれもせずそう答えた。とはいえ、彼女が私達の世界に侵略に訪れたわけではないのは確かだ。なにせ、ここは私達の世界ではないからな。そう、ここは異世界。私が生まれたあの世界でも、私達が管理するレイアムラートでもない。なぜこの様な所にいるか、というと少々時間を遡らねばなるまい。


『ごめん、ディーネ。断りきれなくて。』


 いつも通り身体が眠りに就いたタイミングで神界に来た私に、レイアが開口一番そう言った。確か、世界管理者会議とやらに出かけていたはずだ。という事はそれ絡みか。詳しく聞いたところによれば、どうやら別の世界で人が目を覚まさなくなる事件が発生しているらしく、問題の解決を頼まれたらしい。レイアが昔世話になった相手らしく断りきれなかったとか。まあ、そんなやり取りがあって、私はこの世界ランギリオンへ来ることになったのだ。


「ようこそ冒険者ギルドへ。登録ですか?ご依頼ですか?」

「ギルドマスターに会わせてくれ。ディーネ・レイアムラートが来た、と伝えれば判るはずだ。」


 冒険者ギルド、というのはこの世界における一般的な問題解決機関だ。だが、それは表向きの姿。実際はこの世界の管理者達の下部組織、私達の世界で言うところの神殿の様な組織だな。職員たちは何も知らないこの世界の住人だが、ギルドマスターはいわゆる使徒の様な存在だ。そうしてギルドマスターの部屋に訪れた私は、思いがけない再会をしたというわけだ。


「お知り合いでしたかな。ライムさんは世界管理協会から派遣されたのですよ。」

「ライム・フォーリライム……そう名乗っています。世界管理協会から派遣されたのは本当ですよ。無断外出がバレて奉仕活動を言い渡されてしまったのです。」


 どうやらコレの監視も私の仕事のうち、という事らしい。彼女が世界管理協会の正当な指示の元行動しているのであれば私が口を出すことではない。妙な行動を取らないかには気をつけねばならないが。ともかく、まずはこの世界で活動するための身分が必要だな。現状では市民登録もない完全な不審者だ。相談の結果、私達はギルドマスターが呼んだA級冒険者として今回の件を調査することになった。これで調査を開始できる。とりあえず、まずは発症者を確認するところからだな。


「ギルドマスターのお客様だったんですね。お話は聞いています。すぐに案内しますね。」


 受付のお姉さんに案内され療養所に向かう。そこには、数人の患者が横たわっていた。目を見開いたまま固まったように眠る人間達。息をしているから生きてはいるのだが、一切の反応がない。これはまた重症だな。


「完全に固まっていますね。ちょっと失礼。」


 ルートライム……ライムが患者に手をかざしてステータス・ウィンドウを表示させた。私達は一応限定的な管理権限を渡されているのでこの程度の作業なら行うことができる。一応生命活動に必要な最低限の機能は働いているが、脳の意識を司る部分がほとんど停止しているな。


「怪しいのはこれですかね。」


 ライムが指さしたのは、脳の機能一覧の中ほどだった。そこには【オークスブレイン・アンチ・インベイダー】と言う文字が記されている。なるほど、たしかに怪しいな。洗脳系侵獣対策として有名なツールの1つで、これ自体は不正なツールというわけではない。だが、同時に悪評も多い。このツールを適用した知性体がこういった症状に陥ったことが過去何度もあるのだ。他にも、人の意見に耳を貸さなくなったり、失明したりなど、とにかく余計なことしかしないと言う方向でも有名なツールだ。確かに検出率も高く効果のあるツールなのだが、同時にリスクも非常に高い。副作用の強い薬みたいなものだな。


「一度削除してみるか。」


 かなりアレなツールだとはいえ、一応は不正ツールとは違ってちゃんと削除手段も用意されている。流石に削除は正規の手順で行うのが確実だ。ネットワークに接続して削除するためのツールを取り寄せる。……一応念のためにバックアップを取ってからにしたほうが良いな。


 幸い削除はすぐに終わり、一覧からもきれいに消えている。これで一度起こしてみるか。PCで言うところのいわゆる再起動の処理を行おうとしたところでライムに止められる。どうやら、まだ何かあるようだ。


「このツール、一部のデータを消していませんね。残っていても問題ないデータだとはいえ、少々お行儀が悪いです。」


 ライムが指さしたのはスキルなどの設定を行う箇所だ。確かに、オークスブレインの文字が見える。ライムが言った通りここにデータが有ったところで再度ツールを入れるのでなければ問題にはならないはずだが、消しておいた方が良いな。こればかりは手動でやる必要がある。慎重にデータを削除して、改めて再起動処理を行う。


「ん、んん?お、おはよーございます?」


 ツールを削除して再起動すると、問題なく目を覚ました。やはり原因はオークスブレインだったようだな。周囲から拍手が巻き起こる。とはいえ、私達がこの作業をして回るのは流石に現実的ではないな。直ぐにライムが完全削除を行うためのツールを作り出す。一応私もチェックを行い、問題ないことと何も仕掛けが入っていないことを確認する。こればかりは慎重にやる必要がある。


「そんな、信用してないんですか?」


 泣きそうな顔を作ってそう言うライムだが、自分の胸に手を当ててよく考えて欲しい。確かに奉仕活動で来ているのは間違いない様だが、今までの実績があるからな。幸い妙な仕掛けなどはなく、実行しても問題ないのは確認できた。後はこれを適用してまわれば問題ないだろう。そのあたりはこの世界の神の仕事だな。削除したツールの代わりは評価の高い別のツールを紹介しておく。


 改めて味方として見てみればやはりルートライムの能力は高い。特にツールをその場で作り上げる手腕は侮れない。この世界に来る際に私は念のために異術をいくつか用意してきた。だが、ライムは異術を一つも持ってきてはいなかった。その必要がないのだ。必要になればその場で組めばいい。彼女はたとえ戦闘中だろうと必要なツールを組み上げるだけの能力を持ち合わせている。


「そんなに怖い顔しないでほしいものです。今回は侵略者として来ているわけじゃないんですから。」


 そうできればどれほど楽な事だろうな。まったく、そのくらい少しは自覚してほしいものだ。そもそも、『今回は』などという時点で問題外だ。前回との比較に聞こえなくもないが、彼女は私達の世界を諦めるつもりはないと公言している。当然、侵略者として来る予定はあるだろう。ほとんど『次は侵略者としてきますね』と言っているようなものだ。


 あっさりと問題が解決した事で滞在期間にはかなりの余裕ができた。そのためか、ライムは経過観察を兼ねてこの世界を見て回ると言い出した。彼女がそう言い出した以上は私も滞在しなければならない。ルートライムが何かを仕掛けないとも限らないからな。流石に放置する選択肢はない。


「そんな、無理して付き合わなくてもいいのですよ。」

「お前が信用できる奴ならそうしている所だがな。管理協会のエージェントが来るまでは同行させてもらう。」


 流石にずっとこいつを見張っているつもりはない。管理協会のエージェントが迎えに来たら後は任せるつもりだ。滞在予定は私達の世界の時間で1週間ほどだったか。この世界も一日の長さは変わらないから丁度7日だな。そうと決まれば、せっかくなので冒険者としてなにか依頼を受けてみるか。ギルドマスターの部屋を出て1階に向かう。そこはファンタジー作品でよく見る酒場そのもので、壁にかけられた掲示板に依頼が張り出してある。これを持っていけば依頼を受ける事ができる形式のようだ。


「私が管理していたときは、強制依頼しか無かったんですけどね。」


 ライムがそれを物珍しそうに眺める。彼女が管理していた頃は下の者は上に絶対服従で、命令されたことを淡々とこなす事が正しいとされていたからな。その上、上に立つ者は下の者に忖度を求める事が多かった。自分から指示を出さないのは責任を転嫁するためだ。つくづくどうしようもない思想だな。


「いい加減、あの思想は問題だらけだと気付いた方が良いぞ。アレを放置していればすぐに世界が滅ぶ。」

「私は口を出さない主義なんです。」


 介入をしない、といえば聞こえはいいが言ってしまえば責任放棄だ。任せるのは悪い事ではないが、その責任は取らなければならない。それが上に立つということだ。権限には義務が伴う。義務を果たしもしないで権利ばかり主張するのは問題外だ。まあ、そうして責任を取らされた結果が今の彼女なのだがな


 掲示板に並ぶ依頼に目を向ければ、様々な種類があった。ファンタジー作品の定番である薬草採取から下水掃除。それに、コボルド退治だ。コボルド、というのは侵獣の一種だが、ここに記載されているのは正確には侵獣ではない。侵獣コボルドを模した疑似侵獣と言うべき存在だ。疑似侵獣を脅威として配置することで住民の侵獣に対する抵抗能力を鍛えるのだ。まあ、ワクチンのようなものだな。


「これなんてどうですか、ドラゴン退治。」


 そう言ってライムが指さしたのはドラゴン退治の依頼。……これ、精霊竜じゃないか。火山に住むドラゴン、と言う触れ込みだがこいつはどう見ても火の精霊竜だな。この地域は鉱山が多いようなので、事故で死んだ者達の感情を浴びて火の精霊が暴走したのだろう。私達の世界であれば使徒が対処するのだが、どうやらこの世界では住民に対処させるようだ。いや、これは……。


「別料金だからな。」


 後ろに控えるギルドマスターにそう告げる。この張り紙は妙に真新しかった。記載された発生時期から考えれば紙がこんなに新しいのはおかしい。どうやら、手に負えない問題を私達に解決してもらおうという意図らしい。それならば、きちんと貰うものは貰わなければならないだろう。タダ働きをしたらレイアに怒られるからな。

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