4-09 亡霊

 隠し扉を抜けて通路を進む。この先の玉座の間に今回の元凶が居るはずだ。この街をこの地に繋ぎ止めている楔。その何者かが。準備していたいくつかのプログラムを起動し、玉座の間の扉を解錠する。そこに居たのは、機械の体とそれに憑依する魂。魂を識別して正体が判明したそれは、やはり古代王国の王だった。


「王の前であるぞ、不敬である。」


 威圧の魔力を載せた声を発する王。普通の傭兵であればそれだけで平伏したかもしれない。だが、神格を持つ私達にそれは通用しない。王は膝をつく様子のない私達に不快を顕にする。


「この不埒者を捕らえよ。」


 そう王が声を発した瞬間に、天井や床、壁からガードロボットが姿を現す。高度なAIを搭載したガードロボットは人格や魂こそ有していないが、独自の判断で命令を遂行することが可能で行動の柔軟性も高い高性能なゴーレムだ。それに命令服従の魔術をかけ強引に操っている。既に民が失われた王国の、最後の臣下といった所か。だが、セキュリティが甘すぎる。自分の命令を絶対とする執念から命令の上書きに対するセキュリティばかりは高いが、それが制約になって本来有している柔軟性を失っている。


「ルーエクス、奴等の動きを止めれるか?」

「まかせて、かーさま!」


 即座にルーエクスがガードロボットに介入する。当然、動くなという命令を受け付けたりはしない。だが、命令の上書きは必要ない。単純に私達の姿に偽装した位置データを大量に送りつければいいだけだ。それだけで、ガードロボットは行動不能に陥って停止する。命令への絶対服従を是とし、ガードロボット側からの疑問の声を全て封殺した結果、ただ盲目に存在しない幻を捕まえようとするだけの愚鈍な人形と成り下がってしまったのだ。


「何をしている!使えない奴らめ!」

「話にならないな。部下を使えないと評価した時点でお前に使う能力が無いと公言しているようなものだぞ?」

「貴様っ!」


 私の指摘に声を荒げる王。人を使う能力がない者に限って人を使えないと評価するからな。この様な無能な者が王であったからこそ、王国は……いや、前サイクルの世界は滅びたのだろう。ルートライムから王国を任されていたこの王は、世界や国を運営するための命令権を絶対命令権だと勘違いした。そうして国民を踏み躙り、自分に都合のいい対応をする者ばかりを重用し、下の者に苦痛を強いた。そうして最後にはその傲慢さを別の世界にまで持ち込み、この世界を破滅させたのだ。


 私が転生する前の世界にもこの手の思想を持つ者は居た。本来は御恩と奉公、つまりメリットの授受によって成り立っていた関係が長い年月をかけて風化し、下が上に絶対服従、と言う誤った方向に変化した思想だ。人を上手く使うために必要なメリットの授受と言う部分がすっかりと抜け落ちているため、人を使うための基本を欠片も理解していない。この手の者は本来人の上に立つのには絶望的に向いていないのだ。そして、人の上に立つ才能の無い者が人の上に立つ世界構造の先には破滅しか無い。


 何一つメリットが無く、ただデメリットしか無い様な命令に従わされ続ければ人は壊れる。本来、人は相手が偉いから命令に従うのではない。命令に従うことにメリットがあるから従うのだ。当然、デメリットの方が多ければ命令には従わない。上の者の命令だからといって、死ねと言われて死ぬ者は居ない。下は上に絶対服従などと考えている者はこの様な単純な構造すら理解していない。問題外なのだ。


 王国の最期は悲惨だった。ルートライムは拘束され、加護を失った世界に異世界の軍が押し寄せた。略奪された自分たちの世界の者達を取り戻すために、だ。王が最後まで返還要求に応じず、国民全てに戦いを命じたため、多くの人間が死んだ。下の者達を自分の欲望を満たすための駒としか考えていなかったのだ。神々は干渉を禁じられていたためそれを見ているだけしか出来ず、最終的にすべての異世界人が奪還された時点で世界は消去されることになった。


 だが、データの消去が甘かったため、こうして一部の魂がこのサイクルに残ってしまった。この王はおそらく魂を遺産に固着し回収を免れたのだろう。そして、それが偶然消去を逃れ、何かのバグによりこの世界に現出したというわけだ。エミーの転生前のような無垢な者ならば無理に消す必要はないのだが、こいつは駄目だ。この手の人種に限って権力への執着が非常に強く、そして権力を持てば世界が破滅する。故に倒さねばならない。それに、この者を倒さない限りこの遺跡を消せないからな。


「さあ、亡霊退治と行こうか。」


 周囲のガードロボットが停止したのを確認し、王に向き直る。機械の体に歪んだ表情を浮かべた歪な王。だが、油断はできない。王の身体から放たれた無数の光が地面を焼く。レーザー兵器か。即座に反応したエミーが魔力障壁を展開する。無数のレーザーがエミーの展開した障壁に遮られ、消えていく。だが、そのうちいくつかが障壁を通過し始める。ユルグエイトが盾で防いで事なきを得たが、単純な障壁では防ぎきれないか。おそらく、レーザーの中に重粒子ビームを混ぜたのだろう。レーザーに特化させた魔力障壁では上手く防ぐことができない。


「こっちだ、無能な王!」


 このままでは危険なので私一人が障壁を出て空中を駆ける。当然レーザーはこちらを狙って来る。影と光では相性が悪いと考えがちだが、強い光は濃い影を生む。私の属性が闇であれば光で晴らせたかもしれないが、影は光に比例する。そして、影が濃いからと言って光が強くなるわけではない。因果関係は常に片方向でしか成立しないのだ。故に、影を強めれば光を防ぐのは容易い。影の翼でレーザーを防ぎながら機械仕掛けの王に肉薄する。


 その間にアルシュが認識を阻害し、エミーを守る。そして、エミーの支援を受けたユルグエイトの鎚が王を捉える。金属がひしゃげるような音がして機械の身体が宙に浮く。ユルグエイトの鎚は神器だ。古代王国の遺産とはいえ、それが直撃しては無事では済まない。壁に叩きつけられた機械の体は、歯車を撒き散らしながらスクラップになる。


「まだだ、油断するな!」


 私が警告を発したのと、スクラップから魂が飛び出したのは同時だった。王は機械の体に憑依しているだけの魂に過ぎない。いくら体を壊しても倒すことは出来ないのだ。魂だけになった王が呪文を唱え、術を発動する。既に魔術行使権限は剥奪しているはずだが、術は結像し雷が迸る。異術、か。雷、炎、吹雪、と立て続けに強力な術を行使され、エミー達も防御に専念せざるを得なくなる。しかし、いくら古代王国の王だとはいえ、異術を組み立てる術は持ち合わせていなかったはずだ。


「なるほど、ルートライムの置き土産か。」


 監視が付くためしばらくは動けないと思っていたが、どうやらこの世界から去る前に余計なものを残していったようだ。これは、全面的な見直しが必要になるな。神々に直ぐ様見直しを行うように指示を出す。レイアが涙目になっているのがちらりと見えたが、今はそれを考えている余裕はない。まずは王をどうにかするのが先決だ。


「滅べ、滅べ、滅べ!」


 怒りに我を忘れた王が闇雲に異術をばら撒く。狙いをつけていないとはいえ、下手に当たれば危険だ。これが並の侵神程度の組んだ術ならばどうということはないのだが、相手はあのルートライムだ。下手をすれば神の身体ですら保つかどうか。全員に神の力を顕現させるよう指示し、更に防壁の演算をルーエクスに任せる。これでなんとか五分、か。これで使う者が優秀であれば詰んでいた可能性もある。王が無能だったことに感謝すべきだな。


 狙いの甘い術の合間を縫って王に肉薄する。影の翼を翻し、紙一重で避けながら影の刀を振るい、亡霊の腕を斬り飛ばす。当然、刃には魂を消去するための術式を載せてある。斬られた腕は再生する余地もなく一瞬にして消え去った。なにせ念入りに消去した上に、ランダムなデータとゼロデータを交互に3回ずつばかり上書きしているからな。復元することは不可能だ。


「ぐあ、あぁぁぁぁぁぁぁっ!?」


 存在を根底から消去される痛みに苦悶の声が上がる。より一層狙いが甘くなった異術だが、その分何処に飛ぶか判らなくなっている。ルーエクスの支援がなければこれを全部捌くのは不可能だな。エミーとルーエクスが防壁を張り巡らせ、アルシュとユルグエイトが攻撃に回る。もちろん、アルシュのナイフにもユルグエイトの鎚にも消去の術式を載せてある。その分扱いが難しいが、二人共腕は確かなので不安はない。最後にユルグエイトが鎚を振るい、すべての魂を消し飛ばした。


「ルーエクス、周囲を確認してもらえるか?」

「はーい!えっと、だいじょーぶ、魂はちゃんときえてます!」


 周囲を念入りにスキャンし、魂が消失していることを確認する。異術に仕掛けがないことも併せて確認する。相手はルートライムだ。確認し過ぎるなどということはない。魂が消失したことを確認し、データの削除を試みる。問題なく削除が可能になったようだ。


「よし、全員撤収だ。」


 まずは飛行禁止領域を削除し、それからクゥオーラに乗って古代王国の王都から離脱する。脱出後、皆が十分に離れたのを確認してからバックアップに含まれているものも含めて二度と復活しないように王都のデータを消去する。それから源泉のデータを復元して、やっと温泉が元通りになった。復元を確認した後、世界中をスキャンしてルートライムが残した仕掛けを確認して周り、見つけては消去を行う。前回も確認したはずだったが、観点が変わるといくつも出てくる。油断はできないな。そうして全てを削除し終わった頃にはすっかりと夜になってしまっていた。


「ディーネ姉様、お帰りなさい!」

「ディーネ、お疲れ様!エミーもアルシュも、お帰り!」


 宿に戻った私達を尻尾でも振りそうな勢いで迎えてくれたのはシェリー姉様とシルヴェリオスだった。どうやら、叔母様が私達の帰還する時間を伝えたらしい。何故時間が判ったのか不思議そうにしていたが、叔母様の「さ、温泉に入るわよ」の一言で二人はさっくりとその疑問を放り捨ててしまった。相変わらず叔母様の手際には感心する。言い出すタイミングが絶妙なのだ。まあ、私も早く温泉に入りたいのは同じなので、温泉に入るのには特に異論はない。ここで質問攻めにされても困るしな。こうして、やっとの事で私達は温泉に入ることができたのであった。



__INFO__

残念ながら、コンテストは落選してしまいました。

その分なんか気が楽になったので、ちょっと自重を解除します。

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