Incident 4. 過去からの襲撃者

4-01 燻る火種

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おまたせしました。

コンテストの応募受付期間が終了しましたので、更新を再開します。

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この世界の1年は赤緑黄青紫空白の順に7ヶ月です。

1ヶ月は同じく赤緑黄青紫空白の順に7週間。

1週間は赤緑黄青紫空白の順に7日となっております。


ちょっとわかり辛いと思うので再掲。

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 青の月青の週青の日。賢神の日と呼ばれるこの日はマーレユーノを称える日とされている。王国では青の月青の週は一週間通して夏の宴と呼ばれる宴が催されており、賢神の日には夏中祭と呼ばれ特別な催しがある。元々は夏の暑さを鎮めて貰えるようこの時期を司る賢神に祈りを捧げたことに端を発するのだが、今では民が純粋に楽しむお祭りとなっている。当然、マーレユーノの眷属神でもあり、その祝福を受けているメルキュオーレ叔母様も青の週の初めから大忙しだ。なにせ、普段は学者や魔術師しか来ないようなマーレユーノの神像前に大勢の人が集まるのである。警備の増員や行列整理のための人員の手配など、やる事が目白押しなのだ。


 王国には季節の配分が異なる2つの地域がある。ウェルギリア王国本来の領土と、旧ランサット共和国領だ。黄の月空の週から紫の月青の週までの13週間が夏の時期で、だいたい四季が均等に訪れるのが王国領、青の月黄の週から紫の月緑の週までの7週間が夏の時期で、冬の時期が24週と非常に長いのが北にある旧共和国領だ。青の月青の週はどちらも夏ではあるものの、王国と共和国では気候は大きく異なる。冬が長く、夏でもあまり気温が上がらない旧共和国領では夏の宴も夏中祭も行われていなかったのだが、併合されて10年以上が過ぎた今では旧共和国領でもこの祭りを祝うようになっていた。その分、管理しなければならない神殿も必然増える。


「ディーネはこっちよ。」


 ここ数年、私達姉弟は身分を隠して夏の宴に潜り込んでいたのだが、どうやら今年はそうも行かないようだ。叔母様にしっかりとと肩を抑え込まれる。小柄な叔母様を振り切るくらいは難しくないのだが、それはそれで後が怖い。姉様達も何かを言いたそうにしていたが、叔母様に睨まれてしまえば何も言えなくなってしまう。仕方なく私はシェリー姉様とシルヴェリオスを祭りに送り出し、叔母様の手伝いをする事にした。宮仕えの辛いところである。


『最高神が何を言ってるんだか。』


 表面上はにこにことした顔を保ちながら、念話でツッコミを入れてくる叔母様。いや、今は従使徒のディーネとしてお手伝いをするのだから間違ってはいないと思うのだが、どうやら叔母様はそれを認めてくれる気はないようだ。まあ、私が最高神の一柱であることは間違いではないので、叔母様の言い分もわかる。そんな軽口を交わしながら叔母様の執務室へと向かう。そこには山のような書類が積み上げられていた。


 賢神の日にはマーレユーノ宛の供物も増えるため、その仕分けだけでも一苦労なのだ。膨大な資料に埋もれながら叔母様と2人で黙々と処理を続ける。神としての仕事は殆どがデータ処理なのでこの様に紙が積み上がることはない。その上、ある程度自動化を行ったため大量のデータに埋もれるようなことも少なくなっている。だが、人の世界の作業はまだこの様に紙と印鑑の世界だ。神殿では試験的に魔導具を利用したデータ処理を導入しているのだが、王国中にそれが浸透しているとは言い難い。資源的にも無駄が多いので取り止めたいとは思っているのだが、なかなかに上手くいかないのが現状だ。


 書類に次々と印鑑を押していく。この印鑑は一種の魔導具で、これで押された印章には魂の形が刻まれる。同じく特殊な魔導具で読み取ることで本人であることを証明することが出来る。魂の偽造は人の技術では極めて困難なため、最も信頼性の高い証明手段となっている。とはいえ、これを使えるのは王族や高位の神殿関係者に限られる。民間では通常の印鑑のようなものも普通に使用されている。世界のログにアクセスが可能な私達であればそれでも本人認証は可能だったりするのだが。


「これは偽造印だな。これは大丈夫。こっちのは……」


 書類を選り分けていた私の手が止まる。一枚の書類がその原因だ。内容は何のことはない報告書。夏中祭は王国が押し付けた祭りなので祝うべきではない等と騒いでいる集団がいる、と言った内容だ。場所は旧共和国領。大半の旧共和国民は王国への併合を諸手を挙げて歓迎したため、王国に対して好意的な者が殆どだ。だが、中には例外もある。旧共和国の政治家達に張り付いて甘い汁を吸っていたような連中だ。彼らは時折この様な騒ぎを起こしては自警団や国軍に鎮圧されている。特に夏中祭の時期はこの様な輩が湧きやすい。だから、特段おかしい内容でもないのだが……。


「どうにもきな臭いわね。」


 例年であれば集団をあげて抗議デモなどを行うのだが、今回報告に上がっている事件は散発的に発生している。まるで、だ。叔母様もそれを感じ取ったようで私から受け取った書類を隅から隅まで見直している。それから私達は関連しそうな書類を片っ端からかき集め、それを時系列順に並べて比較していく。不自然な金の流れ、武器の買い付け、人の流れ。それぞれは全く無関係に見えるそれらを繋げると、一つの大きな絵が出来上がっていく。つまるところ……。


「戦争、ね。ディーネ、これをイスメリオに届けて頂戴。」


 イスメリオ、と言うのは傭兵軍師という渾名で呼ばれているウェルギリア王国軍の筆頭軍師だ。彼は先の戦争でランサット共和国に雇われていた。だが、共和国が敗北し逆に王国に併合された後、その腕を買われてウェルギリア王国に雇われる事になった。敵の軍師だった男を自軍で雇用する事については当時も色々と言われたのだが、彼が共和国に金で雇われていただけの傭兵であったことと、叔母様が強く推薦したことによりそれは実現していた。その後、彼は王国に忠義を尽くし、今では筆頭軍師の地位にある。彼であれば旧共和国の内情にも詳しいため、この件には適任だろう。


「……メルキュオーレ様らしいですね。」


 私から書類を受け取った傭兵軍師はその内容を見て溜息を漏らす。あえて報告書の形にせずに、イスメリオが読めば理解できるような形で書類を渡したのだ。共和国を滅ぼした王国に対しては思うところのない彼だが、6歳も下の叔母様に敗北したことについては思うところがあるようで、書類を見つめながら微妙な表情をしている。とはいえ彼も王国の軍師。個人的な感情で仕事を疎かにするような男ではない。すぐさま軍の上層部に提出するための報告書を作成し始める。彼は今でも旧共和国領にパイプを持っているため、情報の裏取りも容易だった。


 それから、国軍は蜂の巣をつついたような騒ぎになる。そして、夏の宴の終わりと共に旧共和国領の不穏分子の討伐が発表された。これは国民が楽しみにしている宴への影響を最小限とするための措置という事になってはいるが、実際には不穏分子に準備を悟られないようにするためだ。軍事行動の準備というのはどうしてもその痕跡を残してしまう。こちらの動きを察知した不穏分子に何らかのアクションを起こされることを警戒し、祭りの警備に合わせる形で準備を整えたのだ。


 国軍を動かす場合、その旗頭には必ず王族が就く事になっている。先の戦争では当時国王だったお祖父様が軍を指揮し、あろう事か先陣を切って共和国首都に攻め込んでいるし、国境で侵略軍を食い止めていた軍を指揮していたのは当時王太子だった父様だ。現代日本の知識を持った私からしてみれば国王が自ら敵陣に乗り込むなどというのはありえないと思うのだが、日本でも戦国時代以前の武家などは似たような事をしていた事例もある。こればかりは郷に入りては、というやつだ。問題は、その旗頭がシェリー姉様という事なのだが。


「……もどかしいな。」


 姉様を1人送り出さねばならない、という事にもどかしさを感じる。国軍が護衛に付くとはいえ流石に心配だ。私はモヤモヤとした気分を抱えたまま、出陣する姉様を見送る。既に第一陣は不穏分子の身柄を抑えるために動いている。とは言え、それで終わるとは思えない。動いていた人や武器の規模から見て、おそらく大きな戦いになるだろう。姉様が敵と剣を交える可能性もそれなりにあるのだ。こんな時ばかりは神殿に属している我が身が恨めしい。


「あら、従使徒ディーネだから動けないだけでしょう?」


 そんな私に叔母様が声をかけてくる。従使徒ディーネだから動けない。確かにその通りだ。従使徒である私が人の戦争に介入する訳にはいかない。だが傭兵ディーネ・ミストであればその限りではない。今回も多くの傭兵が軍に編入されているのだ。祭りの警備という名目で集められた彼らも、今では不穏分子の討伐目的で再契約している。そして隠す必要がなくなった今では大々的に募集がかかっていた。


「では、従使徒のディーネは行事で神殿に籠もる、と言うことにしておくわね。」


 はじめから判っていたとでも言うように書類を取り出す叔母様。相変わらずと言わざるを得ない。だが、その配慮が今はありがたい。私は書類に必要事項を記入し、エミーとアルシュに念話を飛ばす。私とエミー、そしてアルシュはあの後に傭兵団を組んでいる。傭兵として活動する以上は彼女たちに秘密にはできない。


『わかりました。私もお手伝いしますね。』

『ん。仲間のピンチは見捨てない。』


 エミーもアルシュも快く許してくれるどころか、手伝うとまで言ってくれる。ありがたい話だ。私は素直に礼を言うと早速2人を迎えに行く。移動はクゥオーラに乗れば一瞬なので、準備も含めて半時もかからない。装備の殆どは魔術収納に収まっているからだ。そうして、傭兵として国軍に向かう。当然試験も面接もあるため、すぐに雇われるというわけには行かないのだ。


「お話は聞いております。あなた達には姫様の護衛に就いていただきます。」


 そう思って国軍に赴いたのだが、名を告げると直ぐに採用されて……どころか既に採用済みだった。傭兵軍師の知己という事になっており、直々にシェリー姉様の護衛を任されることになったとか。おそらく叔母様が手を回したのだろう。流石、と言うべきか。合流は旧国境にある砦、という事になっている。軍の移動速度は遅いので、今から出発してもこちらが先に砦に着く。おそらく、掃除をしておけという叔母様からのメッセージだ。叔母様がそう判断したのであれば、砦への行軍中は安全だし、砦にはきっと何かがあるに違いない。私達は国軍に了承した旨を伝え、砦へと向かうのだった。


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次回更新は2018/09/08を予定しています。(あくまで予定)

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