3-09 やり過ぎ

 私達の報告を受けたトライレイアは即座に領軍を編成し、との国境に配置する。3領の中で唯一軍備を整えていない領だ。表向きは軍事演習という事になっている。それと同時に暗部を通して噂を1つ流す。『アークレイル領がシーアカイン領を狙っている』と。それにより、シーアカイン領はアークレイル領に向けて軍を動かさざるを得なくなる。


「それでは他の2領に狙われることになりませんか?」


 エミーの懸念は確かにある。そのため演習の場所はシーアカイン領とラーザエイン領の国境近くになるように配置している。ラーザエイン領を狙うことは出来ないが、ラーザエイン領から攻め込まれればすぐに対応できる絶妙な位置だ。当然、残るユルグケイン領からの侵攻には無防備になる。


「そこで、シーアカイン領の前に軍を配置したことが効いてくる。」


 軍は配置する。だが、攻め込むわけではない。結果、にらみ合いになる。当然、睨み合っている限りはシーアカイン領の軍はまだ領内にいるため、シーアカイン領に攻め込むのはリスクが高い。となると、ラーザエイン領にとって狙いやすいのはユルグケイン領という事になる。もしユルグケイン領がアークレイル領に攻め入れば、その隙を突いてラーザエイン領が動くだろう。


 もちろん、これは一時しのぎだ。実際危ういバランスの上に立っているのだ。何処かが何処かと手を組めばすぐに均衡が崩れてしまう。そのために暗部を使用して連携を阻止しているが、何時まで続けれるかは判らない。だから、侵略そのものを止めるための策が必要となる。最も手っ取り早いのは首の挿げ替えだ。侵略肯定派を全て消してしまえば侵略は止まる。とはいえ、彼らにも家族がいる。侵略を肯定しているからと言って無条件での殺戮はしたくない。


 部下や他者を物のように扱うゴルザインの様な思考に領の上層部全てが汚染されているわけではない。私の中ではそういった思考に染まりきった、人の上に立つ資格のない人物であれば暗殺の対象とする事も問題はない。そのような人物が人の上に立っている事は害悪以外の何物でもないからだ。だが、説得してどうにかなるような相手であればどうにかしたい。そのために時間を作ったのだ。自己満足だということは理解しているが、そこを曲げると私が私を許せなくなるからな。前世のように押し殺して生きるのは止めることにしたのだ。


 3領の中でユルグケイン領は手遅れだ。独裁国家ならぬ独裁領。傍若無人な領主に加えて、上層部にも上には諂い下には無理難題と責任を押し付ける人のクズしか居ない。ここについてはもはや粛清するより他はないので暗部に処理を任せている。暗部による処理になるので、領地は国の直轄領になる予定だ。おそらく反乱の罪あたりをでっち上げられてお取り潰し、というのが表向きの処理になるだろう。次にラーザエイン領。領主は同じく独裁者だが、首脳陣全てが彼に賛同しているわけではない。独裁者と一部の腰巾着が居なくなれば国は正常化するだろう。こちらは暗部による処理と併せて叔母様による工作が実施される。


 最後にシーアカイン領だ。ここは有力貴族が領主より力を持っており、彼らが侵略政策を唆している状況だ。不満を持ちながら従わざるを得ない者、人質を取られて従わされている者、多数意見に押されて反対意見が通らないもの、とかなり複雑だ。今は侵略派と侵略反対派が拮抗しているが、他領が侵略を放棄した時点で侵略派が優勢になるだろうと予測されている。そのため、他領の改革成功までにこの状況を覆さなければならない。


『まあ、そんな訳で、私達はここの攻略を手伝うことにする。』

『すみません、2人とも私の我儘に付き合っていただいて……』

『私も孤児院のみんなは守りたい。』

『いや、実質私の我儘でもある。君が気にすることではない。』


 エミーとアルシュは孤児院を守りたい。私は悪質な人間が人の上に立っているのが許せない。単なる利害の一致だ。もちろん、エミーが守りたいと思っているのであれば私は手を貸しただろうが、今回については私のエゴの部分がかなり大きい。これに感謝をされてしまうと些か心地が悪いのだ。それでも、と感謝してくるエミーにどうにも後ろめたい気持ちを抑えきれない。


 そんな私達は今、巡礼の従使徒を装いシーアカイン領に向かう乗合馬車に乗っている。聖王国に於いて従使徒は領間の移動を制限されない。領境も通り放題なのだ。とはいえエミーの姿は目立つし、名も知られているため警戒されてしまう。そのため、エミーとアルシュは姿だけを眷属神の物に変えている。黒髪黒眼になっただけではあるが、神々からの祝福を現す神色の髪と瞳はかなり大きな意味を持つ。たとえ同名であっても神と瞳の色を変えただけで本人とはバレないものなのだ。


「こんなに小さいのに、偉いですね。……あ、すみません。使徒様にこの様な言葉遣いを……」

「あ、いえ、気になさらないでください。」


 乗り合わせた母娘と談笑しながら街道を進む。馬車に乗っているのは商人らしき2人連れと、この母娘、それに護衛らしき傭兵の男が2名。街道には獣の類や賊が出る事もあるらしく、護衛の存在は欠かせない。実際、MAPにはそれらしい集団の反応がある。おそらく後1時間ほど進めば遭遇するだろう。私はそれをエミーとアルシュに念話で伝える。


『どうします?』

『一応従使徒だからな。遭遇したら守らないわけにも行くまい。ただし、やり過ぎないようにな。』

『……努力する。』


 神術が使える従使徒が傍観しているわけにもいかない。だが、やり過ぎて目立てばこの後の活動に支障が出る。やり過ぎる傾向のある私やアルシュは要注意だ。エミーがやり過ぎるような状況はむしろ緊急事態なので、その時は諦めるしか無い。命がかかっているような状況で自重してまで隠さなければいけないことでもないのだ。


 予想通り1時間ほど進んだ森の中で馬車が止まる。出てきたのは典型的な山賊だ。セオリー通り馬車の前後を挟む様に立ち塞がっている。人数は前が3、後ろが2、それに木の上に見張りが2の計7名。こちらの護衛は2人。前後に1人ずつ立つが、片方は斥候で片方は前衛。バランスが良いとは言えない。価格の安い乗合馬車ではこれ以上の傭兵を雇うのは難しいのだろう。獣避けが精々で、この様な大人数の盗賊には対応しきれない。


「おかーさん!」

「静かにっ!」


 身を寄せ合うように抱き合う母娘、わたわたと慌てる商人とその従者。緊張の面持ちで周囲を伺う御者。おそらく、隙を見て走り出す算段だろう。護衛は置き去りになるが、それは契約として織り込み済みだ。そのため、この人数の盗賊に遭遇すると護衛が裏切るなんてことも多い。それでも、十分な旅費を用意できない者達にとっては他の選択肢はない。


「さて、私達も行くか。」

「そうですね、2人では厳しいでしょうし。」

「手加減、頑張る。」


 この段階で手加減の話をしている時点でかなり余裕である。私が前衛、エミーとアルシュが後衛だ。人数的には逆にすべきだろうが戦力的にはこの配置で正しい。後ろの傭兵は斥候職だし、エミーには回復に専念してもらうつもりだ。対して前衛は3人だが、私が2人を受け持てば問題ない。


「おいおい、こんな子供まで出てくるのかよ。」

「護衛不足で子供で水増ししました、ってか?」


 盗賊たちが下品に笑う。見ていて不快極まりない。特に情報を持っている相手でもないし、この人数を馬車に乗せるのも無理だ。そして、私も目に止まった極悪人を放置できるような性格をしていない。こういう場合のセオリーは確か……と昔習った事を思い返していると『放置して通報、それまでに死ぬようならそれが運命、よ。』と叔母様が念話で教えてくれた。普通に獣も出るので、助かるかどうかは五分五分だ。相変わらずエグいが、まあ、自業自得だろう。


「これでも従使徒だ。降伏することを推奨する。」


 一応、降伏勧告らしきものをしておく。まあ、この手の相手に何を言っても無駄だろうが。案の定、降伏するつもりはないようだ。それでも従使徒と聞いただけで表情が変わったのは聖王国というべきか。彼らの表情から油断が消える。まあ、油断がないからと言ってどうにかなるわけでもないのだが。まず動いたのはアルシュだ。右側の盗賊の背後に周り、一瞬で気絶させる。流石は元暗殺者。


「なっ……」

「余所見をしていて良いのか?」


 一瞬で崩れ落ちた仲間に目を奪われた男に一撃を加える。安心しろ、峰打ちだ。刀の一撃を受けた男が派手に吹っ飛び、木の上で見張っていた男とぶつかって落ちてくる。ああ、少しやり過ぎてしまったか。2人まとめてと考えたのが拙かったようだ。それを見た頭目らしき男が情けない声を上げて逃げ出そうとする。だが、逃がすつもりもない。神術を唱えるフリをして即座に影で捕縛する。その時点で残った男は降伏し、戦闘は終了した。アルシュも既に後ろの1人を気絶させており、今は残った1人の見張り役を捕縛に向かっている。護衛の傭兵たちは、武器を構えたままただポカンとそれを見ているだけだった。


『やり過ぎないように、と言っていた本人がやり過ぎてどうするのですか。』

『いや、あそこまで弱いとは思わなくてな。』

『あれ以上の手加減は無理。』


 捕縛した盗賊達を木に縛り付けながら念話で反省会だ。出番のなかったエミーは、峰打ちが割とヤバイ所に入っていた盗賊を治癒中である。治癒神術を使う相手が盗賊だけだったというのが複雑な心境らしい。結果的に一番やり過ぎたのは私だったようだ。とりあえず、この場は護衛の手柄ということにしておこう。私達はただサポートをしただけ。そう護衛と御者に念を押しておく。旅の途中であり、事情聴取で足止めされたくないというのが表向きの理由だ。一応商人と母娘にも念を押しておいたが、護衛料の請求をされたくない御者や、護衛料の返還を求められたくない傭兵たちと違って、こちらはどこまで通用するか。噂が流れるのを止めるのは流石に難しい。


『まったく、最初からこれでは先が思いやられるわ……』


 そんな叔母様の呆れた様な念話に、私は一切の反論ができないのであった。

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