3-03 謀略

「ばかなっ!」


 使われたのは【神罰】で間違いない。【神罰】とは神が使徒や人に罰を与える、と言う効果の神術だ。神が神に罰を与える神術ではない。つまり、私に効かないのはもちろん、エミーや叔母様にも効果がない。叔母様もエミーも人として生まれた身ではあるが、既にその属性は人ではなく神なのだ。


「貴様、何をした?……そうか、貴様確かあの魔女の姪だったな。どんなペテンを使ったかは知らんが、神の術に抗うなどと不敬だぞ!」


 何を勘違いしたのか、どうやらゴルザインは私がなにか裏技を使って【神罰】から逃れたのだと思ったようだ。まあ、チートなのに間違いはないが。しかし、不敬というのならば最高神の私は元より、私の眷属神であるエミーに手を上げ、同じくマーレユーノの眷属神である叔母様を魔女呼ばわりしたゴルザインの方がよほど不敬だ。


 ゴルザインが叔母様をよく思っていないのは、ウェルギリア王国の神殿が使徒と対等な立場を主張しているからだろう。そして、それを認めさせているのが叔母様の手腕だ。元々使徒が神殿の上に立つ聖王国の上級使徒だったゴルザインからすれば、神に楯突く不心得者位に思っていてもおかしくはない。だが、いくらなんでも魔女呼ばわりは酷い。そろそろソールアインのライフが0になりそうなのでで黙っていてほしいものである。『いいかげん~黙りやがれ~です~』と半分くらい真っ黒お腹が見え始めている。


『そろそろ、やってもよろしいでしょうか。私も我慢の限界です。』


 ソールアインを生暖かい目で眺めていたらエミーからそんな念話が飛んできた。私が直々に断罪するつもりだったが、よくよく考えればエミーこそが当事者だ。であれば、それを実行するのはエミーであるべきだ。ならば、と私はエミーに承諾を返す。全ての責任は私が取るのでやりたいようにやっていい、と。それを聞いたエミーから短く『ありがとうございます』と念話が返ってくる。


「ゴルザイン!」

「な、なんだっ!?」


 突然背後から声をかけられ狼狽えるゴルザイン。だが、ゴルザインが驚愕したのは声をかけられたことだけが原因ではない。エミーの髪と瞳が漆黒に染まったからだ。ゴルザインの威圧で今まで動けなかったリルザやリーシアもそれを見て驚愕の表情を浮かべる。威圧から解放されて動けるようになったというのにまだ威圧されているかのように動けない。


「眷属神エミリシスの名において命じます。貴方より上級使徒の権限を剥奪し、隷使徒の位に堕とします。」

「な、なにを……」

「うえ、なにあれっ!?」

「う、うそ、神のお力が……」


 うろたえるゴルザインから神の力が消えていく。便乗して命神の眷属としての特性も取り上げている辺りソールアインもちゃっかりしている。さすがはお腹真っ黒のソールアインだ。茶色に変わっていく髪と瞳にゴルザインが明らかに狼狽える。リルザやリーシアもその光景に驚きを隠せない。従使徒と思っていた相手が眷属神の権能を使用したのだから当然ではある。


「ば、ばかな!神がお見放しになるなど……ありえん!」

『使徒法12章3節の補足を確認することね。』


 そこに叔母様から念話が割り込む。王国を出るときに叔母様には念話で報告済みなので、眷属神としての力でこちらの状況を確認していたのだ。そして、最適なタイミングで割り込んできた。リルザやリーシアには聞こえていないので、ゴルザインが誰かと話している事は判るが、相手や内容が判らず困惑している。


「ば、馬鹿な、このような記述など無かったはず!」


 叔母様の言う使徒法とは使徒が守るべき法であり、その記述は絶対だ。そしてそこには、『【神罰】を神に向けて使用することを禁ずる』と記載されていた。更新履歴によれば、この記述が追記されたのは10年前。叔母様が眷属神になった辺りだ。当時叔母様とゴルザインが散々揉めた、という話は聞いている。叔母様はゴルザインがいつかやらかすだろうと思い予めこの記述を追加していたのだ。想定していたのは叔母様に対して行使することだが、今回都合良く私が居合わせ、そして予想通りゴルザインが【神罰】を行使したわけだ。相変わらず恐ろしい知略である。相手がエミーでも結果は変わらなかったので、私がついてきていなくてもいずれは同じ結果になっただろうが。


「そもそも、私は【神罰】を――――――――――神に向けてなどいない!!」


 ゴルザインの発言はその途中からかき消えた。その話はリルザやリーシアに聞かせて良い話ではないからだ。そして、声が奪われたことでやっと何が起きたのかを察する。名神の加護を受けたにもかかわらず黒髪黒眼の私。そして、眷属神と名乗り、黒髪黒眼になったエミー。そして、適用される使徒法。流石にゴルザインでも私の正体には気付くだろう。


『そうそう1つ言っておくけれど、私も眷属神の位は持っているのよ。先程から……不敬よ。』

「おのれ魔女め!謀りおったな!」


 ここに来てこの法がゴルザインを陥れるための物だと気付いたのだろう。だが、もはや手遅れだ。誰も10年前に追加された記載が『特定の誰かを陥れるためのもの』だとは考えない。神に【神罰】を行使しようとする者など居ないと考えるからだ。誰もが『当たり前のことを記述しただけ』だと考える。この法の妥当性を疑う者など居ない。ゴルザインも当たり前のこと過ぎて記憶にすら留めていなかったのだから。そしてこの法に異を唱えれば『神に【神罰】を行使するつもりか』と思われる。まったくもって恐ろしい人だ。


 こうしてゴルザインは隷使徒に堕とされ神獄へと送られた。ついこの前組んだばかりの神籍無効化システムがゴルザインの神籍を無効化する。しかし都合よく神籍無効化システムの動作確認対象が現れたのは偶然だろうか。全て叔母様の策略なのではないかと疑いたくなるな。幸いシステムは問題なく機能し、ゴルザインの権限が正しく無効化される。念の為ダブルチェックを行い、確実に無効化されたことを確認する。これでゴルザインは名実ともにすべての権限を失ったわけだ。ゴルザインの処遇については神界でも賛否両論出たが、私はエミーの判断を支持する。私は全てエミーに任せると決めたのだ。この事でエミーを責めさせるつもりはない。


「ええと、私の事は内密に願いますね。」


 未だにぽかんとしているリルザとリーシアに『しー』と人差し指を立てて口外を禁じるエミー。2人はそれにこくこくと頷く。それを確認してエミーが権限を解くとその髪と瞳が緑に戻る。そしてヴァルトに向き直る。既に拘束は解かれているが、ずいぶんと衰弱している。ここに来る前にもゴルザインから甚振られていたのだろう。エミーだけでは運べそうもないので私が魔術で補助する。


「ヴァルト様、その、詳しくは後でお話します。」


 神殿の自室で眠りに落ちるヴァルトにそう語りかけるエミー。ここは、2人きりにしておくべきか。そう思って部屋を後にする。それに、まずはリルザとリーシアのフォローをしなければならない。責任を取ると言ったのだから、これは私の仕事だ。


「ちょっとちょっと、ねえ、どーいう事!?」

「あ、あの、ディーネは知って……?」


 控室に入るなり全力で問い詰められる。ちょっとだけ怖い。とりあえず落ち着かせてから用意していた説明をする。と言っても、説明できることは多くない。私はエミーから聞いた、という体で彼女が眷属神になったことを伝える。この事を知っているのは私と叔母様だけなので、他の者には口外しないように、とも念押しもしておく。


 ゴルザインについては、神の命令を騙ったことで神の不興を買った、と言うことにしてある。これも叔母様の仕込みだ。仕掛けてある罠は無数にある。神の名を騙り不興を買った例はそれなりにあるため、2人も納得する。実際ソールアインの不興を買っていたのは確かだからな。そのソールアインも含め、今は神界総出でログを洗い直し中だ。同じような事をしている奴が居ないとも限らない。そして私はそれを許したくはないのだ。


「ひみ、つ。」

「秘密……」

「バラせば叔母様が怒る。」

『私を便利に使わないでちょうだい……』


 嬉しそうに手を胸の前で組むリーシアと、微妙に首を傾げているリルザ。リルザはちょっと怪しかったので少し脅しておいたらとても神妙な顔に変わったので大丈夫だろう。叔母様から苦情の念話が届いたが、秘密を漏らされては困るのだからそこは協力していただきたい。


『ところで、こちらには何時戻ってくるのかしら。シェリエットとラクト義姉さんからの追求が少し厳しくなっているのだけれど。特にラクト義姉さんは最近貴女が私にばかり懐いていると愚痴を零していたから、しっかりと親孝行なさい。』


 う。どうやら私が帰ってこないことを不審に思った姉様と母様が叔母様の所に問い合わせに来たらしい。直ぐにでも帰りたい気持ちで一杯になるが、【風翼】でも往復6日かかる距離なのだからあまり早く帰っても怪しまれてしまう。仕方がないので叔母様には『神術で移動するので2週間程かかる』と伝えてもらう事にする。こうして私は聖王国で2週間過ごす事になってしまったのだ。

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