3-02 神罰

「大変、大変だよ!」


 それはエミーが聖王国に戻る、その日に起きた。ちょうどエミーが私とリーシアに帰省前の挨拶に来ていたとき、そこにリルザが飛び込んできたのだ。おろおろとするリーシアにお構いなく、肩を掴んでガクガクと揺さぶるリルザ。そろそろ止めてやらないと酷いことになるぞ?


「ボクの代わりにヴァルトが!」


 よほど混乱しているのだろう、どうにも要領を得ない。だが、ヴァルト、という名前にエミーが反応する。ヴァルト、というのは確かエミーの想い人ならぬ思い使徒ではなかっただろうか。「どういうことでしょうか」と詰め寄るエミーのせいで場が余計に混乱し始めた。とりあえず落ち着かせたほうが良いだろう。リルザに、席に座って最初から話をするように促す。


 理論立てて説明するのが苦手なリルザの話を整理するとこうだ。コフィンラビットの件でリルザが侵獣をうっかり解放した事が問題になったらしい。先程まで行われていた念話会議で上司のゴルザインから責められた所をヴァルトが庇い、結果代わりにヴァルトが拘束された、と言うことのようだ。……おかしい。リルザの説明の中に幾つもおかしい点を見つけて私は思案モードに入る。


 まず、コフィンラビットの件は担当者に責任なしとレイアの名前で通達を出したはずだ。次に、ヴァルトがリルザを庇うのは良いとして、そこで罪の身代わりが成立するのも不可解だ。上司のゴルザインが代わりに、という話ならまだ理解できるが同僚が代わりに罰を受ける意味がわからない。そして罰が拘束というのも不可解だ。謹慎や降格はあるかもしれないが、何故かヴァルトはゴルザインの私邸に幽閉されるらしい。どう見ても個人的な理由があるとしか思えない。


「そんな、ヴァルト様が……」


 だが、エミーにとって大事なのは内容の不可解さよりもヴァルトが拘束された、という箇所だ。「直ぐに確認に行きます!」と飛び出そうとしたので慌てて止める。ここから聖王国までは馬車で2週間はかかる。神術【風翼】でも3日。今から向かったとしても到底間に合う距離ではない。念話で問い合わせるのが最短だが、ゴルザインが念話に応答しなければ手の打ちようが無くなる。だからこそ、直接向かいたいのだろう。


「私が送っていこう。クゥオーラなら一瞬で移動することも可能だ。」


それでも、と放って置くと無茶をしてでも駆けつけかねないエミーに、私は影竜クゥオーラでの移動を提案する。私の眷属である影竜クゥオーラは、影を介してあらゆる所に移動することが出来る。世界の裏側だろうと一瞬で、だ。リルザとリーシアが驚愕に目を見開いているが、今は緊急事態だ。私が神々から借りている、と言うことで誤魔化しておく。かなり雑な説明なので、叔母様に後ほど改めて説明ごまかしてもらわねばなるまい。


「ふぇぇぇぇ」

「こ、こんな使い魔を持ってるなんて……」


 エミー達が準備を終えるのを待ってクゥオーラを呼び出す。私の影から出てきた馬車くらいの大きさの竜にリルザとリーシアが目を見張っている。ちなみに大きさは自由に変えられるので、戦艦くらいの大きさになることも、手乗りサイズになることも出来る。お腹に侵獣を捕らえるための檻があるので、そこを利用すれば荷物を運ぶことも出来る。背中に人を乗せることも可能なので天馬の代わりにもなる、と割と優秀な子なのだ。


 全員が乗り込んだのを確認し、クゥオーラに影に潜るように指示する。次に影から出てきた時、そこは砂漠の中にぽつんとあるオアシスだった。一瞬で聖王国に移動したことに皆驚きを隠せない。ちなみに、私達が聖王国に移動することには何も問題はない。神殿や神殿騎士団は国に属する組織だが使徒達はその限りではない。神の眷属に人の引いた国境線は無意味なのだ。件のゴルザインも聖王国の領地とウェルギリア王国の両方を担当しているが、それも同じ理由からだ。


「ホントに一瞬なんだねー」


 クゥオーラから出たリルザとリーシアが目を見張っている。聖王国横断が一瞬で済んだのだから当然だろう。エミーは私の事を知っているため欠片も驚いていない。それよりも一刻も早くヴァルトの所に駆けつけたいというオーラを放っている。このままだと一人でも突撃しかねない。私はリルザ達にゴルザインの私邸の位置を訊き、そこに向かうことにした。


「これはまた豪華な。」


 ウェルギリア王国と違い、聖王国は国も神殿も使徒の下位組織となっている。つまり、上級使徒であるゴルザインはこの地では領主よりも強い権力を持っているのだ。結果、領主の館よりも豪勢な宮殿がそこにはあった。全く、ずいぶんと俗に塗れたものだな。壁全体に金箔を塗ったその宮殿はお世辞にも趣味が良いとは言い難い。ゴルザインがどういった使徒なのか一目でわかる。


 屋敷に赴き、取り次ぎを依頼する。下級使徒であるリルザとリーシアが上司の館を訪れること自体はそうおかしいことではない。門番をしていた従使徒もすぐに取り次いでくれる。だが、どうやら早く来過ぎたようで、ゴルザインもヴァルトもまだ神殿に居るようだ。すれ違いになるといけないので宮殿で待たせてもらうことにする。


 ゴルザイン達が戻ってきたのはそれから1時間ほど経った頃だった。恐らくゴルザインだろう男の頭を見て絶句する。耳の後ろに頭を半周するようにアフロ状の金髪が生えており、それ以外の部分は剃り上げている。その第一印象は、【土星】だった。髪型は個人の自由とはいえ、流石にこれは酷い。リルザもリーシアも特に驚いている様子はないので、これが普段のゴルザインなのだろう。


 エミーはそんなゴルザインには目もくれず後ろの男……下級使徒のヴァルトを見ている。緑の髪と緑の瞳はリーベレーネの眷属である事を示しており、こちらは長い髪を後ろに纏めた、比較的普通の髪型だ。まあ、ゴルザインに比べれば誰でも普通の髪型になってしまうような気もするが。そのゴルザインはといえば、王国に居るはずのリルザとリーシアがここに居る事に訝しげな視線を向けていたが、エミーを見た瞬間にそれを忘れたかのように胡散臭い笑顔を浮かべ話しかけてきた。


「おお、エミリエイルではないか。戻っていたのだな。」


 満面の笑みであるのに、どこかどころか全てが明らかに胡散臭い。そんな酷い笑顔を向けられたエミーも顔を引きつらせている。まあ、気持はよく判る。こんな笑顔を向けられれば私なら即座に殴り飛ばしていたことだろう。だが、それでもエミーには問わねばならないことがある。キッ、とゴルザインをにらみつけて、「何故ヴァルト様が捕らえられているのですか!」と問い質す。


「何故?ああ、この者は侵獣を街に解き放った罪を犯したからだ。」

「なっ!それをやったのはボクだろ!それに、その件は不問になってるはずだ!」

「黙れ!俺が罪だと言えば罪なのだ!下級使徒風情が意見するな!」


 話にならない。本当に話にならない。典型的なパワハラ上司そのもの。自分より下の相手には何をしても構わないと考えている。こんな奴が上に立つ立場に居るのか。その事に怒りが湧いてくる。一度全員の行動を精査した方が良いだろう。このような者が上に立つ事が可能であるというのは問題外だ。そんな私の怒りに、普段はのんびりとしているソールアインも顔色を変えている。当事者でなければ『一生~誰の上にも立てなくする~とかどう~』等と言うのだろうが、ゴルザインは彼女の眷属。上司である彼女は責任を取らねばならない立場だ。当然、その上に立つ私やレイアも例外ではないが。


「……まあ、だが、俺は寛大だからな。エミリエイル、お前が私の言う事を聞いて我が派閥の聖女になるというのなら、罪には目を瞑ってやっても良い。」


 神界でそんな戦慄のやり取りがされているとはつゆ知らず、ゴルザインは話を続ける。なるほど、それが目的か。聖王国に於いて、神殿の格付けはどれほど聖者・聖女を抱えているかに比例する。エミーは大神であるリーベレーネの祝福を受け、数々の奇跡を起こした聖女だ。自分の派閥に引き込めればゴルザインの地位は上がる。つまり、それこそがゴルザインの本当の目的だということだ。


「やめろ、エミリエイル。君がそんな事をする必要はない。」

「黙れ!誰に許しを得て口を開いている!」

「ヴァルト様!」


 エミーを止める言葉を口にしたヴァルトをゴルザインが殴り飛ばす。パワハラに暴力、か。本当に度し難い。私から漏れ出る殺気にリルザやリーシアが震え出し、神界でも6女神が慌て始めているが、よほど鈍感なのかゴルザインは一切気づいた様子がない。間に入ったエミーの腕を掴み、「さあ、来い!」等と言っている。そこで、私の我慢は限界に達した。


「手を、離せ。」


 影の刃がエミーを掴む腕を斬り飛ばす。腐っても上級使徒だけはあって腕を斬り飛ばされた程度ではたいした痛みは感じないようだ。突然失われた腕を驚愕の瞳で見つめ、それからこちらを睨みつけてくる。だが、私はその目を真っ直ぐ見返す。『相手の目を見て話せ』という言葉をよく聞くが、本来相手と目を合わせる行為は敵対を示す行動だ。話をする時は実際には相手の目ではなく、顔全体を周辺視で見るのが正しい。目を合わせる行為は相手を不快にするだけだ。当然、見返されたゴルザインは不快感に顔を歪める。


「貴様、従使徒風情が私に歯向かってただで済むと思うなよ?貴様を消去するくらい簡単なのだぞ?」


 上の者は下の者に対し、世界管理に必要な命令を下す権限はあるが、個人的な目的で命令する権限はない。これが叔母様であればきちんと正当な理由を別途用意するくらいはするし、命令に従ったことによるメリットをちゃんと考える。何のメリットもなくただデメリットだけを押し付ける命令に従う者は居ないからだ。頭の良い叔母様は、たとえ個人的な命令だったとしても、きちんとメリットさえ与えれば従ってくれることを知っているのだ。


 もちろん従わないデメリットを匂わせて従わせることは可能だ。だが、当然デメリットは無くそうと考えるのが普通だ。デメリットによる方法は短期的な命令に従わせるのには有用だが、長期的な関係の維持には向かない。だからこそ他者を使おうと思えば従うことへのメリットを提示するべきなのだ。メリットであれば、維持、もしくは増やそうと言う方向に動くのだから。その仕組みも理解せずに『下の者は無条件で上の者に従う』などと考えている者に他者を使う事はできない。そういった考えの人間は上に立つのに向いていないのだ。


 私の前世でもこういった思想はあった。人の下に居る分には問題ないが、人の上に立った途端に問題を起こすこの人種は、致命的に人の上に立つのに向いていない。もちろん例外はいる。その人物に人徳がある場合だ。『この人のために働くと気分がいい』というのはメリットだからだ。知らず知らずのうちに従うことへのメリットを与えているのだ。だから一見何のメリットも無さそうな関係が成立する。


 だが、ゴルザインのような人徳のないタイプがこれをやっても誰も従わない。何のメリットもないどころか、従うことにデメリットしか無いからだ。その根本的な仕組みを理解していないため、この手の人種はパワハラを繰り返す。そして、なまじ上手く行っている関係が存在するがためにこの思想の問題点が理解されない。もし、神界にこの思考が蔓延しているのであれば、すぐさま対処せねばなるまい。


 ゴルザインに意識を戻すと、ちょうど再生の神術で腕を再生している所だった。その間にエミーはヴァルトに駆け寄り治癒の神術を発動している。ゴルザインがこちらを睨みつけているため、ヴァルトの方は完全に死角になってる。そのゴルザインはといえば、腕の再生を終え、何らかの神術を行使する準備に入ったようだ。上級使徒には限定行使件があるため、神に祈らなくとも一部の神術を使用することが出来る。術式からすると【神罰】と言ったところだろうか。だが【神罰】は最高神には効かない。


「俺に刃向かった事を後悔させてやる!」


 ゴルザインのそんな叫びと共に放たれた【神罰】の神術は、当然私の前であっさりと霧散したのだった。

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