Incident 3. 聖王国

3-01 真名取得の試練

 青の月赤の週黄の日、夏の休みに入ってすぐにそれは訪れた。真名取得の試練である。普段は殆ど人が来ない小神殿に20人近い人が集まっている。年齢も様々だが、殆どが3~4年目の生徒だ。最初の試練として魔力量が規定値を超えていること、というのがあるためどうしても試練を受ける年齢に個人差がでてしまう。軍学校の支援があるとはいえ、試練を受けるにはそれなりのお布施が必要となるため、よほど裕福な貴族家でもなければ1回受けるのがやっとだ。そのため、既定値ギリギリで受ける者は滅多に居ない。とはいえ取得が遅れればそれだけ授業を受け始めるのが遅れるということなので、今度は卒業までに単位の取得が間に合わなくなる。その様な事情から5年生以上では受験者が極端に減っていき、最高学年である7年生に至っては殆ど見ない。


 15で成人と看做されるこの世界では一部の研究機関を除けば学校に通うのは14歳まで。平民の場合はそこから商店や工房に入って働くことになる。軍学校の場合も12歳で卒業なのは変わらない。軍学校を卒業した貴族はその後の2年間、より専門性の高い学校に通うか、見習いとして軍役に就くかのどちらかを選ぶのが一般的だ。当然専門系の学校に通うには上級魔術とその上位となる専門魔術最低2種類の取得が必須となるため、貴族にとっては実質6年生が真名取得のリミットと言っても良い。なお、2年間の従軍を条件に授業料の一部免除を受けている者は、早めに義務を消化しようと従軍を選ぶ場合も多く試練を受けるだけの資金もないため、真名の取得を諦める場合も多い。例外は優秀な魔力を持ち教師に推薦された場合だけだ。


 そう言う意味で、魔力量ギリギリで受験をするシェリー姉様と、免除とは事情が異なるとは言え神殿奨学金で軍学校に通っているエミーが注目を集めるのは必然と言える。ちなみに私は付き添いだ。表向き真名を持っている事になっているのだから当然試練を受けることはできない。なお、エミーの場合は既に通ることが確定しているため完全に茶番である。そう言う意味では、本当の意味で注目されるに値するのはシェリー姉様だろう。わずか一月の間に魔力量をここまで伸ばしたのだから、相当努力したに違いない。ちなみに真名を得る手段は他にもあり、1つは生まれた時から授かっている場合で、もう1つは名神の祝福を受けた場合だ。私の場合は表向きはその両方という事になっているので、かなりのレアケースになる。


「あ、えと、では試練を始めます。」


 瞑想をするように皆が座った所で、リーシアが少し緊張した感じで試練の開始を告げる。彼女もこの仕事をもう何年もしているはずだが未だに慣れないようだ。だが彼女の腕は確かで、神術の発動と共に皆の精神が試練の間へと転送される。そして私も同じ様に神界へと精神を移す。他の皆と違い神術で保護されない身体の見張りは影梟のバーネスに丸投げだ。


『あ、ディーネさんも来たのですね。』


 私が神界に赴くと既にそこにはエミーが居た。神術に割り込んで試練の間ではなく神界へと移動したのだ。この後は適当な時を見て真名を受け取ったフリをして身体に戻るだけである。そう言うわけで、時間を見計らう指標としてシェリー姉様の様子を見守ろうと思う。……決して手助けをしようとかではないからな。レイアには『素直じゃないですねー、うりうり』なんてからかわれたが。まあ、心配なのは事実だけれど。実際今も危うく落とし穴に落ちそうになっていたしな。


「あっぶなーっ!これ、ディーネが教えてくれてた落とし穴の罠じゃない!」


 間一髪で落とし穴の罠を避けた姉様は気を取り直して先へと進む。神術で創り出した空間は想像以上に広い。そして悪辣な罠と悪人を選別するある種の心理テストが仕掛けてあるため、魔力量だけで突破するのはかなりの困難を極める。なにせ、叔母様が監修したのだ。その昔、魔術を悪用して叔母様の逆鱗に触れた魔術師が居たため、試練の内容がアップデートされたのである。そのせいで合格率は半分以下に下がったらしいのだからさすがは叔母様と言ったところか。力を持つと増長しやすい人の性、というのもあるのかもしれないが。その点、シェリー姉様は素直ないい子なので心理テストの類は全てパスしている。


 問題は魔力量を問う試練の方だろう。基準値ギリギリの姉様はペース配分が重要になる。魔力があれば全ての罠をその魔力量で強引に解除していく事も可能だが、シェリー姉様にそんなに無駄に出来るような魔力はない。必要最低限の致命的な罠だけを解除し、その他は避けて回る必要がある。叔母様の罠はかなり悪辣なので、油断をすれば当然足元を掬われるだろう。不意を突いてくる罠をギリギリの所で回避しながら進んでいく姉様。


「うへぇ、ミストサイン様って実は結構意地が悪い?まるで叔母様みたい。」

『うう、風評被害……』


 膝の上でミストサインが苦情を漏らす。まあ、叔母様みたいも何も叔母様謹製なのだが。その昔天才少女軍師と謳われた叔母様の罠は本当に殺意が高いのだ。そんな叔母様に例えられてはミストサインもたまったものではないだろう。嘆きたい気持ちもわからないではないので優しく頭を撫でてやる。この姿ルートディーネの身長だとミストサインの頭がすごく撫でやすい位置に来るのだ。


 姿といえばエミーの姿も変わっている。地上ではリーベレーネの祝福を受けていることになっているので緑髪緑眼だが、この世界では私の眷属神の身体を使うため黒髪黒眼になるのだ。もちろん身体を用意したのはレイアなので色々とお察しいただきたい。まあ、エミーの年だとそれが普通という気もするが。私と違ってエミーの姿は元の年齢と同じなので髪や目の色だけが変わった感じである。もともとエミーは黒眼に灰色の髪だったので、若干元に戻った感じだろうか。


 シェリー姉様に視線を戻せば、既に試練の半ばまで進んでいた。魔力の消費的にはぎりぎり間に合うかくらいだ。ここまでは上出来、最適解を引いているに近い。既に半数が脱落しているのだから、ギリギリの魔力であることを考えればこの時点で半分残していると言うだけでも優秀だ。さすが私の姉様。ミストサインは今にも祝福を与えたいというほどにウズウズしているが、それは止めてほしい。姉様が王位を継げなくなってしまう。


「うう、あのトラップずるいよぅ……」


 途中までは順調だった姉様だが、進むに連れてだんだんペースが乱れていく。罠が段々と悪辣になっていくのだ。特に、凶悪な罠に見せかけた無意味な魔術陣等は本当に酷いの一言に尽きる。解除した時の徒労感が半端ないのだ。その様な罠を幾つも突破した結果、最後の部屋にたどり着いた時には姉様の魔力は5%を切っていた。最後の部屋を考えればかなり厳しい数値だ。この試練の最後の部屋は……凶悪な霊獣が守っているのだ。


 最後の扉を開けるとそこには1体の獣が居た。扉を守るように立ち塞がる、虎の頭と亀の甲羅、鳥の翼に竜の尻尾を持つ怪物。私の記憶にある中ではキマイラが一番近いだろうか。それも神話に出てくる方ではなくゲームとかに出てくるやつだ。構成物だけ見れば四神とかの方が近そうだが。そして、それが二足歩行をしている。見た目の怪獣感が半端ない。


『あ、あれ、ミスクアーレですよ!古代王国時代の生物兵器ファクティカの!流石に、アレは酷いのではないですか?』


 エミーの顔が真っ青になっている。ファクティカ、というのは古代王国時代に作られた人造生物兵器だ。エミーの中のクリスキリエの記憶にあったのだろう。確認した所、割と駄目な感じの兵器だ。叔母様、容赦ないな。いくら試練の間で死ぬ事がないからと言って、明らかにやり過ぎである。シェリー姉様もそれを見て固まってしまっている。


「っと、うわあっ!?」


 姉様が再び動き始めたのはミスクアーレの口から火球が吐き出された直後だった。それを紙一重で躱す。今まで姉様が居た場所……火球が直撃した地面が抉れている。改めて言うが叔母様は容赦ない。姉様が避けた事に苛立ちを隠せないミスクアーレ。姉様を一睨みすると翼をはためかせ、宙に浮く。そして次の瞬間には一気に距離を詰めてきた。慌てて避けた姉様だが、完全には避けきれずに肩を軽く斬り裂かれる。


「っ!?」


 残りの魔力を防御に回しているため攻撃に回す余裕がない。回避と魔力障壁で致命傷を避けるのが精一杯だ。そうしている間にも魔力はだんだんと減っていき危険域に入る。このままでは失敗は確実だ。手助けに入りたい衝動に駆られるのを必死で抑える。……私とミストサイン、それにエミーの3人ともだが。


『全く、倒す事ばかりを考えているからそうなるのよ。』


 眺めていた叔母様がそう評する。どうやら叔母様も心配で見守っていたらしい。手の辺りがうずうずしている辺り叔母様も助けに入りたくて仕方が無さそうだ。だが、それをするわけにもいかないのだ。この試練は姉様が一人で乗り越えなければならない。それに、姉様が叔母様のアドバイスを思い出すことができればまだ勝機はある。そう、倒さなくてもこの試練は突破できるのだから。


「そうだ!扉っ!」


 姉様もやっとの事で気付いたようだ。ミスクアーレの攻撃を避け扉まで駆ける。残り魔力は2%。本当にギリギリだ。逃げる姉様をミスクアーレが追い縋る。空を飛ぶミスクアーレと姉様ではやはり速度が違う。あっという間にその差は縮まっていき、その爪が姉様の背中に迫る。


「【解錠】!」


 間一髪姉様の手が扉に触れ、【解錠】の魔術が発動する。開かれた扉に姉様が飛び込んだその瞬間、ミスクアーレの身体は光の粒子に分解されて消滅した。姉様の勝利だ。姉様の前にミストサインの分体が現れ、真名を授ける。そうして姉様は真名取得の試練を突破した。


 姉様が戻るのに合わせて私達も地上へ戻る。私とエミーが目を覚ますと、残っていたのは姉様とリーシアだけになっていた。真名を得た者も、得ることができなかった者も、もうそこには残っていない。シェリー姉様が最後だったのだ。


「あ、えと、無事、真名を得た、ようですね。」

「はい、大丈夫です。」

「うん、なんとか、だけどね。」


 2人がそれに答える。これでエミーは魔術を使用しても問題なくなった。私も姉様と一緒に上級魔術の授業を受けることが出来る。私は姉様とエミーを抱きしめ、喜びを表現する。姉様もエミーも抱き返してくれる。こうして真名取得の試練は無事終了したのだった。

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