2-04 傭兵

 こう言うのもお約束、というのだろうか。傭兵協会の前を通り過ぎ、暫く進んだ所で私達の前に男が2人立ち塞がる。所謂、『ならず者に絡まれるイベント』と言うやつだ。傭兵協会の前でやらない辺り大した強さではないのが見て取れる。


「お嬢ちゃん達、こんなとこまで子供だけで来ちゃ駄目じゃないか。俺たちが家まで送ってやるよ。」


 言ってる内容はまともに聞こえるが、喋り方と表情が完全にアウトだ。いや、本当に居るんだな、こういうチート主人公に絡んでくる残念な男。まあ、普通6歳の娘が傭兵章を持ってたら親のものを勝手に持ち出して探検気分で傭兵協会に遊びに来たと判断するのは間違いではない。が、明らかに下心が見え見えだ。どうせ目的は身代金だろう。エミーの傭兵章は2級治癒術師なので、上手くやれば大金が手に入るとでも思ったのだろうか。


「不要だ。」


 そう言いながら伸ばされた手を跳ね除ける。全く、面倒極まりない。少しばかり強く叩いてやったら、一瞬痛みに顔を顰め、見る間にその表情が怒りに染まる。まるで茹で蛸のように真っ赤な顔で武器に手をかける。子供相手に大人気ないことだ。


「躾がなってない子供にはちょっとばかしお仕置きが必要なようだな!」


そう言いながら、鞘に入ったままの剣を振り上げる。どうやら剣を抜かない位の理性は働いたようだが、それだけだ。いくら鞘とはいえ、そんな物で殴られれば6歳児には危険極まりないだろう。こちらとしても素直に殴られてやる道理はない。剣を躱して蹴りを叩き込む。一般的な姫としてはあるまじき行動だが、軍人たれ、との家訓がある我が王家にとっては問題はない。そのままの勢いでエミーに向かおうとするもう1人の男も蹴り倒す。


「こ、このっ!……がふっ!?」


 続いて鼻から血を流しながら起き上がろうとした男の頭を上空から蹴り下ろす。その頃には周囲も騒ぎに気付いたようで、誰かが呼んだ衛兵が駆けつけてきていた。だが、衛兵が事情の説明を要求する段になって、男たちは有ろう事か私達が一方的に暴力を奮った、と主張し始めた。呆れ果てた所業である。


「それで、この男達を殴ったのは君で間違いないかな?」

「ああ、間違いない。」


 そう訊いてくる衛兵に素直に答える。先に殴りかかってきたのは男達なのだから、たとえ向こうが一方的に怪我をしていたとしても、それを咎められる謂れはない。そう考えたからだ。だが、それを聞いた衛兵が困った顔になる。どうやら、怪我をしているのが向こうだけなので、一方的に私が暴行をした、という扱いになるらしい。流石にそれは納得できない。


「とりあえず、親御さんを呼んでくれるかな。流石に子供である君だけで話を済ませるわけにはいかないからね。」


 そう衛兵に言われ、どうしたものかと思案する。流石にこの場に両親を呼ぶのはまず無理だ。一応、軍学校に通っている間は寮監が私の保護者代わりという事になるので、呼ぶならそちらになる。それを伝えると、男達と衛兵の顔色がさっと変わる。軍学校ということは貴族である可能性が高いからだ。まあ、実は貴族どころではなく王族なのだが。


「な、名前を聞いても?」

「ディーネ。」

「い、いや、フルネームで。」

「言わないと駄目か?」

「……」


 ここで家の名前を出すことは簡単だ。そうすれば不敬罪でこの件は収まる。王族に手を上げたのだからその時点で死罪は確定だろう。だが、流石にそれは気が引ける。衛兵は私の名前を聞いて何かを察してしまったのだろう、あちゃーという顔になっている。その眼が『なんで護衛も付けずに出歩いてるんだ!』と雄弁に語っているのが判る。それを決めたのは叔母様なので、私に文句を言わないで欲しい。


「ディーネ・ミスト。」

『っ!!?』


 とりあえずここは貧乏旗本の三男坊よろしく偽名を名乗っておくことにする。それを聞いたミストサインが声にならない悲鳴を上げるが、ここは涙を呑んでおいてもらおう。とっさに思いつかなかったのだ。許せ。明らかに偽名を名乗っていることが判ったものの、穏便に済ませようとした私の意図に気付いたのだろう、衛兵は今回は双方に非があり、と言うことで不問にしてくれる。男達も私を貴族か何かだと思ったのか、それに異を唱えることはしなかった。


 そそくさと立ち去る男達の代わりに、私達は見物に集まっていた傭兵たちに囲まれていた。衛兵が微妙な顔をしているが、私が偽名を名乗った以上は彼にできることはない。せいぜい、怪我をさせないように見守るのが関の山だ。とはいえ、流石にいつまでも路上で会話をするわけにもいかない。仕方がないので一旦傭兵協会支部に移動することになった。


「お嬢ちゃんすごいな!とても子供とは思えないぞ。ぜひ、うちの団に来ないか?」

「ば、バカ!相手は軍学校の生徒だぞ!」


 エミーはついでだからと傭兵章を更新することにしたようで少し席を外している。その間に空気を読めない男が私を傭兵団に誘い、隣の男に窘められる。他にはその様な短慮な者は居なかったが、それでも将来を見据えて知己を得ておこうとする辺りはしたたかだ。私は丁寧にお断りしつつ、周囲の質問に答える。どこかお祖父様に通じるところのある生暖かい視線に少々苦笑する。どうやら、ここの支部には割と気のいい者達が集まっているようだ。


 例の男達は傭兵仲間の間でも評判が良くないようで、それを撃退した私の様子を皆が褒め称える。流石にこうも持ち上げられると恥ずかしい。このままだとなし崩し的に傭兵登録させられてしまいそうだ。どうしたものかと思案している所にエミーが傭兵章の更新から戻ってくる。軍学校にいる間はこちらでも活動できるように第二拠点に登録したらしい。


「これでこちらでも活動ができます。」


 そう話すエミーを見て、傭兵登録をしておくのも悪くないと思い直す。だが、念のために叔母様に伺いを立てておこう。念話を叔母様に繋いで確認すると、『それも良いかもしれないわね』と快諾してくれる。そしてすぐさま王城に向かい、紹介状をしたためてくれた。共有アイテムストレージ経由でそれを受け取った私は早速受付に向かう。


「傭兵登録ですか!?」


 私の年齢を見て驚く受付係に紹介状を渡す。彼女はそれを見て再度驚愕の表情を浮かべた。それもそのはずだ。なんせ、紹介状の主は傭兵軍師……国軍の筆頭軍師なのだから。傭兵軍師との異名を持つイスメリオは12年前の戦争でランサット共和国の雇われ軍師だった男だ。当時若き天才と称されていた彼はしかし、6歳も下の叔母様の策により敗軍の軍師となる。傭兵であった彼はランサット共和国が解体した際に叔母様と入れ替わるように国軍の筆頭軍師として召し抱えられた。共和国とはただの雇用関係でしかなかったため、問題ないと判断されてのことだ。


 そんな人物からの紹介状であるのだから、驚かれるのも当然だ。未だに叔母様に負けたことを引きずっている彼だが、根が真面目なのでその方向は自らの研鑽に向けられている。叔母様に事ある毎に挑んでは負け越しているがその関係は良好だ。そんな関係だから、神殿に移った叔母様とも交流は続いており、今回紹介状を書いてもらうことが出来たのだ。『貸しはまだまだあるから問題ないわ』という呟きは聞かなかったことにしよう。


「では、ディーネさんは7級魔術師、ということでよろしいですね。」


 紹介状はあくまで年齢のハンデを超えるためのものだ。ランクは当然最下級からのスタートになる。エミーは2級……上から2番めなのでずいぶんと差が開いている。だが、組む分には問題ない。1級の上には0級もあるが、今までそこに名を連ねた者は居ないそうだ。ちなみに組んで仕事をする際には等級は平均値になる。数値は切り上げになるので、私達は5級までの仕事が受けれるというわけだ。エミーは治癒術師で戦闘能力は乏しいので、普通は上限ではなく幾つかランクを下げて受けることになる。私単独であれば実はもっと上でも何ら問題はないのだが。


 ディーネ・ミストと書かれた傭兵章を受け取る。ミストサインからは『その名前、確定……?』と言う愕然とした念話が届いたが、まあ、もう手遅れだ。既に登録してしまったのだから、名神としては素直に祝福してほしいものである。いや、実際にここで祝福されても困るわけだが。ともかく、これで有事の際はエミーと一緒に依頼を受けることが出来るようになった。


 しかし、見事に後衛だらけだ。私が前衛も出来るので2人で依頼を受ける場合は私が前衛となるだろう。まあ、依頼を受ける機会があれば、ではあるが。そもそも私達は学生なのだから、まずは学業が優先である。その上で、休日に予定が合えば依頼を受けてみるのもありかもしれない。それから私達は暫く商店街を回って寮に戻った。


『ずいぶんと楽しそうですねー』


 夕食を終え、いつもの祈りも終えて眠りに就くタイミングでレイアが話しかけてくる。エミーとの外出の件を話すのかと思いきや、本題は別にあるようだ。どうやら、世界管理協会との話し合いの日程が決定したらしい。日時は次の白の日の深夜。内容は例の侵獣についてである。私はそれを予定表に記入し、その日は眠りに就いたのだった。

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