第34話 あっちでもらぶ、こっちでもらぶ

 だし巻き玉子に、箸が入る。あたしの知るそれよりもやや固い手応えを残して、だし巻き玉子は割れた。

 少し焼きすぎたのか、色はまちまちだ。けど、焦げてるワケじゃないので、気にする理由はない。むしろ手作り感がしっかり出てるくらいだ。


 味に関しては問題ない。


 あたしたちは、躊躇なく卵を口にいれた。もぐ、っと、ややしっかりした感触。これはこれで美味しい。

 うんうんと頷きながら食べていると、新庄課長だけは少し表情を暗くさせた。


「うーん、やっぱり茜ちゃんが作った方が美味しいわね。当たり前だけど」

「新庄課長……」


 寂しげな苦笑。あたしは次の言葉を放てない。何をどう言っても、あたしからの慰めは慰めにならない。

 うーん、どういうべきなのか。

 悩んでいると、上道係長は二切れ目の手をつけていた。まだだし巻き玉子は口一杯に入ってるのに。


「ん? そうか? 美味いぞこれ」


 そしてしれっとこのセリフである。当たり前のように上道係長は食べていく。

 とたん、新庄課長が顔を少しだけ赤らめる。


「いや、でも……」

「俺はこれくらいの固さが良い。美味しい」

「そ、そう……」


 新庄課長はドギマギしながら答えて黙りこくった。

 端的。だからこそ、破壊力は抜群だと思う。

 特に上道係長は見た目が見た目だから、このぶっきらぼうな言い方が似合ってるし。


「うん、ご馳走様」

「お、お粗末様」


 一人で平らげた上道係長は、指を舐めながら言う。


「まぁ、あれだな。やれば出来るじゃん」

「そ、そうよね」

「色々とまぁ問題があったけど、慎重にやればなんとかなるってことだろ」


 色々と。まあそうだ。とりあえず暴投とかそういう類のものは防いだし、それら一つひとつを注意すれば、フツーに料理が出来る、はず。後は調味料とか間違えなければ。

 それはレシピをしっかり見て、変なアレンジさえかけなければ大丈夫なはず。あ、これはかなり大きい罠っぽいから言い含めておこう。

 内心で決めていると、上道係長は片付けを始めていた。

 どうやら自分だけ何もしていないので、片付けを率先してやるつもりなのだろう。


「……そうね。ね、また作ったら、食べてくれる?」

「ん? ああ、今日みたいな出来だったらな」

「頑張るわ」

「おい、お前、なんでちょっと顔を反らしたんだ?」


 そんなやり取りを見て、あたしは微笑んでいた。

 いやぁ、まさか、ここにラブが落ちているとはねぇ。



 ◇◇◇◇◇



 ――明日、何を着ていこう。

 なんて、女みたいなことを考えていたら、着信が来た。小田っちからだ。

 うーん、通話は気怠いんだけどな。

 空中に指を踊らせて、ウィンドウを操作する。


「もしもし?」


 だから、出てしまった声がおざなりな感じになったのは、許されて良い。他の誰でもない、僕が許す。


『うわー、のっけから低気圧気味だね』


 やや機械音声になった小田っちの声は、なんだか少し申し訳なさそうな感じだった。

 こういう時の彼がどういうものか、僕は良く知っている。


 お願いごとがあるんだ。


 思わずため息が漏れる。

 正直言って、僕は疲れている。なんてったって、ここ最近、アイっち関連で戦闘を立て続けにしているし、サウザンドドラゴンなんてバケモノとも戦ったんだ。

 もちろん回復してもらったけど、それでも精神的疲労は拭えない。


 それに、明日はやっとこぎつけた、アイっちとの……デ、……――だ。


 少しでも休んで、明日に備えたかった。

 だから僕は先制攻撃を仕掛けることにした。ゲームの世界で、先制攻撃のイニシアチブを取ることは超有利である。


「イヤって言っていい?」

『まだ何も言ってないんですけど!』

「でも、何かお願いごとがあるんでしょ?」


 短く問いかけると、向こうで声が詰まった。

 本当に分かりやすい。僕は相手に聞こえないよう、静かにため息を吐いた。遠慮というやつだ。もしこんな音が向こうに聞こえたら、どうなるか。


 僕は出来るだけ他人に干渉したくない。


 だから、出来るだけ遠ざけたい。それは、アイっちのおかげで少しは緩んだ気がするけど、でも、変わらない。


『そ、それはそうなんですけど』

「だったら、断りたいかな。明日も用事があるんだよね」

『知ってますよ。相沢さんとデートでしょう』


 僕は迷わず通話を終えようとウィンドウに指を伸ばす。


『ちょっと待ってください。今しれっと通話切ろうとしてるでしょう。ダメです、待ってください聞いてください、このお願いは矢野さんにとっても悪い話じゃないんですから!』


 一気にまくしたてられ、僕は指を止める。

 この部屋、監視カメラか何か仕掛けられてるんじゃないだろうか。気になって《サーチ》を仕掛けるけど、反応はない。

 ということは、気配的な何かで僕の行動を悟ったってことか。うわぁ。


「その話は気になるんだけど、今は小田っちがちょっと怖くてキモいから通話終えて良い?」

『なんですかそのヒドい理由っ! とにかく話を聞いてくださいよ。悪い話じゃないですからぁ!』


 まるで何かの勧誘商売の文句のようだ。泣き落とし系みたいな。

 何度か遭遇したことがあるけど、僕にその手の攻撃は通用しない。無視して通り過ぎるだけだ。けど、小田っちは一応友達だし。


「……話を聞くだけなら?」

『ありがとうございます。実は、僕を鍛えて欲しいんです』

「鍛える?」

『そうです。僕を強くしてください。お願いしますぅ』


 しれっと言われ、僕は意味が分からず怪訝になる。

 どうして、今更。

 小田っちは情報解析屋アナリストだ。それだけで価値があるんだから、別に強くなる必要はないんだけど。


「なんでまた」

『強くなりたいんだ』


 端的に、すごく端的に小田っちは答えた。


『あの人を……ミランダを守れるくらいに強くなりたいんだ』

「ミランダ? ……ああ、あのウゴッホ族のサブリーダーか」


 思い浮かんだのは、女傑の顔だ。アイっちより勇ましい面構えの彼女だ。いかにも戦士らしい。そうか、小田っちはそういう女性が好きか。

 女々しい感じなのに、意外。いや、案外その通り? でも守りたいって言ってたから、やっぱりちょっと違うか。ああ、難しいな人は。


 頭がこんがらがって、僕はがりがりと頭をかきむしった。


 こんな分からないのは、苦手だ。

 でも、そうも言ってられない。


「まぁ強くなろうとするのは悪いことじゃないけど、でも、それがどうして、僕にとってメリットになるの?」


 こういうとトゲが立つから言わないけど、ゲームをしてる方が良い。

 誰かと関わって心が乱されるくらいなら、誰とも関わらずに過ごしたいんだ。その方が、心が落ち着くから。僕は静かに暮らしたい。


 ――出来れば、アイっちと。


 本来ならもう会話を切って終わらせているのに続けているのは、そこが大きいんだろう。

 これが誰かを好きになるってことなのかどうか、分からないけれど。

 どうしてか、アイっちのことは――。


『ありますよぉ。僕が強くなって、それを矢野さんのおかげだって、それとなく相沢さんに言い含めます。そうすれば、好感度アップ』

「……他には?」

『相沢さんの好きな格好とか食べ物とか、デートに関して重要な情報の提供』

「のった」


 僕は即答した。


「いつからやるの? 今から?」

『いや、さすがに夜ですし、疲れてますしね、お互いに……次の出勤日の朝とかどうですかぁ?』

「良いけど、それまでに出来ることはあるよ」


 僕はさっと提案する。

 僕の頭の中には、FFWの情報がこれでもかってぐらい入ってる。


「サブ職だ」


 FFWは、本職とは別に、もう一つ職業を重ねることが出来る。この組み合わせで、色々な戦闘パターンが生まれる。アイっちなら、ヒーラーと戦士を兼ね合わせてる。


「いい? 情報解析屋アナリストの最大の武器は、相手の情報を即座に手に入れることにある。弱点の属性や部位、敵の現状など。そして、それらの情報を活用して、その弱点に的確な攻撃を入れられる職業がいい」

『的確な攻撃……ですか』

「それと、情報解析屋アナリストはどこまでいっても、紙装甲な上に体力が少ないという弱点を抱えてる。これを解消しつつ、それが可能になる職業――つまり、ガンナーだ」


 ガンナー。

 それは、弓よりも射程と命中精度で劣りながらも、威力と連射性に優れた職業。それだけでなく、戦闘用職業なので、ステータスも高い。

 弓職が徹底的に使えないポジションに追い込んだ職業でもある。


 僕はそこまで説明すると、小田っちも納得してくれたようだ。


『なるほど。それなら、確かにいけそうですね』

「サブ職を手にして、銃も手に入れないといけないけどね。そのためには、町を移動しないといけない」

『それは覚悟の上ですぅ』

「それじゃあ、次の出勤日、それが出来るようになんとか手配しておいてね」

『出張ですね、分かりました』


 通話の向こうで、キーボードを叩く音が聞こえた。

 早速言い訳を何か作って、出張を許可させようとしているらしい。こういう時の行動力はさすがである。僕ならメンドくさがる。いや、実際メンドくさい。


「じゃあ、目的も決まったし、ある程度役にも立ったよね。というわけで報酬」

『分かってますよ。今、ファイルに纏めてメールしましたから。確認してくださいねぇ。ということで、デートの成功、祈ってます』

「余計なこと言うなし」


 僕は冷たく言い放ってから通話を一方的に終えた。

 デート、デートって。

 いや、うん。そうなのかもしれないけど。


 ちらつくのは、あの時のやり取りと、アスラ。


 あいつはどこまでも真っすぐにアイっちを手に入れようとしていて、どこまでも真正面だ。僕は、アスラほど、アイっちのことを好きなのか分からない。

 でも、――でも。

 この気持ちには、たぶん、嘘はつけないから。

 アイっちが、茜のことが好きってことは、本当なんだ。


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