第29話 合言葉はウゴッホ
町の入り口まで戻ると、ちびっこ二人の両親が揃っていた。
あら、あらあらあら。
すでに二人はこっぴどく叱られた後なのか、目が真っ赤だし、まだぐずってる。
「あの、本当に、申し訳ありませんでしたっ……!」
さっと頭を下げてきたのは、悠一くんのお母さんだ。せっかくメイクしてるのに、ぼろぼろ泣いたせいで崩れてる。
よっぽど心配だったのだろう。さもありなん。
こんな異世界で迷子になられたら、たまったもんじゃないだろう。この子たちからすればちょっとした冒険くらいのノリだったんだろうけど。
「いえ、無事で何よりでした」
「ウ……ウゴッホウゴッホ (長、すみませんでした)」
誤魔化すように手を振っていると、マチェンタが同じように頭を下げた。
ええい、もう。あたしは王様か何かか。
助かったのだ。そりゃ傷つきもしたし服もボロボロだし、女子力が引きずられ過ぎてくたびれてるけど。それでも、助かったのだ。
それを何よりと思わないで、どうすんのさ。
お人好しというのであればそれで構わない。あたしはそれでいい。
だから、謝罪はいらない。感謝は受け取るけど。
「とりあえず、会場に戻りましょ? 今日は交流会ですし。是非来てくださいね」
あたしはそう言ってから、会場へ戻ることにした。
報告は簡単だけど既に済ませてある。
新庄課長、今回はちゃんと大人しくしていたらしく、ちょっぴり心配だった料理の方が無事のようだ。ただ、割とギリギリっぽい。
これは急いで戻らないと。
そう思って、眠たがる矢野を引きずりながら会場へ移動すると、まず着替えを要請された。うん、確かにひどい格好だったわ。鏡の前に立って思った。
っていうか誰か指摘して!?
割と胸元とか、足とか、悲しいことになってるんだけど!
仕方なくジャージに着替え、あたしは会場に戻って作業に入った。
「ねぇ茜ちゃん、カレーはこんなものかしら?」
「ありがと。……うん、ちょうど良いわ」
「サラダ仕上がったさね」
「ありがとう。うん、おばあちゃん、この錠剤はいらないかな?」
「そうかい? 元気になるのに」
「違う意味でそうなりそうだから、ダメ」
キッパリと言い切って、あたしは上道係長が準備してくれたドリンクを確認し、セッティングに入る。
焼き上がった芋パンも上々だ。
後は辛さを調整できるスパイスソースと、甘くできるハチミツソース。
うん、良いわね。
テーブルクロスを並べて、あたしは満足げに頷いた。
振り返ると、みんなもいて、頷いてくれた。
◇◇◇◇◇
人がそれなりに集まれば、やっぱり賑やかになるもので、あたしは久々に人の喧噪――がやがやとした空気に包まれていた。
普段はあまり良いとは思わないけど、久々となると悪くない。
駅前の広場は、久々に活気づいていた。
町の皆に、ウゴッホ族もウポッキャ族もいるから、もはやそれだけで異様だったりするんだけど、案外馴染んでいる感じだ。
簡単な言葉しか通じなくても、握手をしたり、笑い合ったり。ボディランゲージでやり取りして、意思疎通をはかっている。
けどこれにもちゃんと努力がある。
日本語学習を少しずつさせているウゴッホ族と違って、ウポッキャ族には何もない。だから、ミランダと小田くんだ。二人でみんなに簡単な言語を教え込んだのだ。
後は、町の皆が好意的だったってとこかな。
ここはたぶん、町長を始めとした役場のみんなの努力なんだろうけど。
お互い生きていくために身を寄せ合う。これって大事。
事実、ウゴッホ族もウポッキャ族も、集落でしかなかったので、魔物の襲撃には日々悩まされていたし、この町で生活するならそういう心配もなくなる。
他にも色々と生活事情も向上するし、お互いwin-winなのだ。
もちろん目の前にはまだまだ解決しないといけない問題も多いし、障害もあるんだろうけど。けど、そのためには、まず。
『はいはいはーい。皆さんの人気者でアイドルな町長だよー』
僅かなハウリングと共に、台に昇った町長が挨拶をする。あ、おめかししてる。
「おいおいおーい、誰がアイドルだって?」
「人気者?」
「ちょっと冗談はやめなさいよねー」
「寝言は寝て言わなきゃ意味ないんだぞー」
次々に飛んでいくヤジ。
どっと笑いが起きて、町長が苦笑する。その台の下で、副町長が大きくため息をついてから項垂れて、こめかみ辺りをさする。
ああ、きっと、これがこの町のいつもの情景なんだろうなぁ。
なんて近いんだろう。
あたしの育った町の町長なんて、テレビでしかたまに見なかったし、なんだったら怖かったし。けど、そういうのが無いのね、ここは。
冗談を言い合えるぐらい、距離が近いんだ。それが町長のやり方なんだろう。
『ちょっとみんな僕のことイジメすぎてない!? 泣いちゃうぞ! いい大人したオッサン、泣いちゃうぞ!?』
……たぶん。
本気で泣きそうな町長を見て、あたしは顔をひきつらせながら、ちょっと思っていたことを覆しそうになった。
危ない危ない。
しばらくのんびりとした雰囲気を楽しんでいると、町長が話を切り替える。
『まったく。町長らしく堅苦しい挨拶して全員寝落ちさせようと思ってたのに、スピーチの時間が無くなっちゃったじゃないか。仕方ないね。まぁ、僕から言えることは一つ』
町長はすっかり乱れた髪を元に戻しつつ、人差し指を立ててから一回転した。
あ、また髪が乱れたし。
『苦しいけれど、辛いけれど、何を願っても今は叶わないけれど、それでも僕たちは今を生きている。だから、今を楽しもう。そして、そのために出会った、共に生きていく仲間を歓迎しよう』
あ、いいこと言った。
ぱちぱちぱち、と拍手が送られる。なんだかんだと人気者だし支持されてるんだなぁ。
『それでは、今回の交流会において、主任を担当し、また、今回共に暮らしていく仲間を取りまとめる長でもあり――ええ、これ本当に言うんですか? あ、はい』
あれ。なんだ。今、すっごい不穏な言葉を聞いたぞ。司会の人から。
『我らが町の誇れる野生の女傑――最強のOL、相沢 茜さんにスピーチをお願いしたいと思います』
「ちょっと待って。色々と待って、何がなんでも待って。むしろ時よ止まれ。っていうか戻れ戻ってくれ!!」
あたしは力の限り訴えるけど、神様は聞いてくれやしない。ちくしょう、どこにいったあたしの神様っ! いないか最初から、そんなもん!
また笑いが起こる。
く、恥ずかしすぎる……っ!
赤面して顔を覆っていると、背中をそっと撫でられた。
「アイっち、大丈夫?」
「矢野……」
「代わりにいってこようか?」
「……何言うつもり?」
「え? えっと、失礼な、最強のOLじゃなくて、最強の野獣OLって訂正しぎゅっ」
ぐい、っと、あたしは矢野の襟元を締め上げながら持ち上げる。
「んな訂正いらん」
「ちょっ……わ、わか、わかった、か、ら、は、なし、て」
手をぴしぴしとタップしてくる矢野を解放してやると、矢野は大きく咳き込みながらその場に膝をついた。当然の罰だ。
そこで、あたしは思いっきり視線を浴びていることに気が付いた。
……はっ! もしかして、今、あたし自爆したか!?
自分の反射的行動を確認して、くすくすと笑い声を聞いて、あたしはがっくりと膝を折った。こ、これはっ……! やってしまったぁっ!
くそう。こんなんじゃないのに。
うん。たぶん。いや、確かに小学校の頃、掃除をサボって遊んでる男子を箒で叩きまわして泣かせたり、中学校の頃は大人しい子をイジメるアホな連中をドツき回して土下座させたり、高校の頃は痴漢してくるオッサンの指をへし折り……
あれ?
いやダメだあかん、考えたらあかん!
あたしは首を左右に振った。じっと視線に耐えつつも、これは逃げられないことを悟る。
諦めて、あたしはとぼとぼと壇上に上がった。
町長からマイクを直々に渡されて、ぽんぽんと肩を叩かれてウィンクを送られる。
「こんなの、聞いてませんけどっ!?」
即座にあたしはマイクをオフにし、小声で抗議を送る。
すると、町長は驚くくらい爽やかに笑った。
「うん、サプライズってヤツ。サプライズ。どう? 頑張って原稿まで考え」
「あんたかっ! あ・ん・た・が・あたしに不名誉をっ!」
「ま、まぁまぁほらほらほらほら、とりあえずスピーチ終わらせちゃって? 今ここで僕をぶっ飛ばすのは良くないからね?」
「自分の立場と現状を理解した上でそういう悪戯仕掛けたってワケですね。分かりました。上等です。……月夜ばかりと思うなよ」
思いっきり睨みながら言っておいて、あたしは何度か深呼吸してからマイクをオンにした。
『あ、あー……』
マイクテストっぽいことをしてから、あたしは気合を入れる。
『み、皆様。今日はお集まりいただいて、ありがとうございます。その……こういうトコ、あんまり慣れてないので、上手く言えないんですけど』
で、ででで出来るだけ短く簡潔に、簡潔に。
ああ、もう、ガッチガチになってるの自分でも分かる。頭がぼーっとするくらい。
『皆さんと仲良くなりたくて、美味しいもの、たくさん作りました。一緒に歩いていけることを願って、ここに。……え、えーっと、難しい話はこれくらいにして』
あーもうだめ。無理。終わらす。
『――楽しくしましょう! ウゴッホぉおおお!』
「「「「ウゴッホ――――――――っ!!」」」」
し、ししししししししししししししししまったぁぁぁぁぁ――――――――――――っ!?
あたし今なんでウゴッホって言ったんだ!?
実は心のどこまで侵食されてんだあたし!
がっくりと、あたしは膝を折った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます