野生のOLとゲーオタ公務員の異世界恋愛(?)日記

しろいるか

第1話 起きたらそこはウゴッホ

 いやもう、本当に、どうしてこうなった。

 あたし――相沢あいざわ あかねは半分泣きそうになりながら、自問自答した。


「……ウゴッホ! ウゴッホ!」

「「「ウゴッホ! ウゴッホ!」」」


 サバンナか、果てはアマゾンの密林の原住民か。もう絶対戦闘民族だろって恰好をした、長槍標準装備な長身の男どもに囲まれ、あたしは深紅の旗を掲げながら叫ぶ。

 ……ボロボロのOL姿の女子が、である。

 もう自棄だ。自棄になるしかない。いやほんと、どうしてこうなったんだろう。


 それは、今朝のことにさかのぼる。


 週末、彼氏に振られた衝撃からアホほど飲み歩き、酒飲みの同僚を全員酔い潰して尚、ぐっだぐだに飲み歩いたあたしは、始発で家に帰るなりばったんきゅーした。

 後は、この世の終わりかと思うような二日酔いで目が覚めるだけ、だったのだが。

 どうしてか、起きたら草原に寝転がっていて、しかも何でか燃えまくっていた。


 ジーザス。


 っていうか本当に何が起こったのか分からないで混乱して、とにかく逃げ惑っていたら、どう見ても危ない感じにしか見えない、背中に悪魔の翼を生やしたマッチョマンに遭遇した。

 この辺りから、既視感があったのよ。

 で、その悪魔は、見るからに戦士っぽい格好をした人を一撃でぶっ飛ばし、そして満足したように立ち去った。

 黒い、粒子の残滓を残しながら。


 それで、どうして既視感を覚えるのか思い出した。

 ゲームだ。

 少し前、ひっそりと始まってひっそりとサービスを終了させたMMORPG――FFWフリーフロンティアワールド

 それのオープニングムービーそのまんまなのよ。

 あれはクォリティが異様に高かったから良く覚えてるわ。


 つまりこれは夢か、と一瞬疑ったけど、周囲の炎の熱は本物だ。実際呼吸するのも辛いし、髪の毛先は焦げてるし、服もボロボロだし。染み出る汗は止まらなくて、明らかにメイクが崩れてるってのも分かるぐらいだし。

 何より逃げ惑う時にコケてあちこち痛い。ストッキング破けて膝頭赤いし!

 この圧倒的なリアリティは脳を活性化させてくれて、色々な状況から一つの可能性に行き着いた。


 もしかして、ゲームの世界に転移した?


 ありえないけど、そんなの。ネットで流行ってる小説じゃあるまいしって思ったけど、事実は小説より奇なりとも言うし。

 そんな風にぐるぐる思考を巡らせていると、いつの間にか私は赤い旗を手に持っていて、周囲を屈強な戦士風の男連中に囲まれ、「「「ウゴッホ! ウゴッホ!」」」と吠えられていた。


 いやもうホント意味不明だし勘弁してほしいし。

 なんだその原住民的な雄叫びは。っていうかゴリラか。あたしにゴリラになれってか。


 ツッコミは色々と出てきたのだけれど、とりあえずそれは飲み込む。

 落ち着いて考えれば、私の今の状況はゲームと同じだ。FFWでは、確か村が焼き討ちされてしまったから、新天地を探すところから始まる。

 そして村を一から興すのである。

 FFWの目的は、村の繁栄。プレイヤーの行動で村が色々な可能性を選択して発展していく。冒険者となって勇名を轟かせてもいいし、スローライフ送ってもいいし、言い方は悪いけど犯罪シンジケートにだってなれる。


 つまり。

 今、あたしはこの戦闘以外何も考えてなさそうな部族を率いて村を興さないといけないの?


「いや無理だろっ!」

「「「ウゥゥ──ゴッホ!」」」


 思わず叫ぶと、何か雄叫び変形バージョン来たし! なんだあれか、言語能力ないなりのコミュニケーションか! 異文化どころか異次元コミュニケーションやんけ!


 いや、落ち着け。言語はゴリラだけど、あたしの言うことは伝わるのかもしれない。

 ゆっくりと深呼吸して、あたしは連中を見渡す。


「……ねぇ、あたしの言うこと、分かる?」

「「「ウヴァゴルッホ!」」」

「じゃあ、とりあえずみんな座ろう?」

「「「ウヴォゴッホ!」」」

「ダメだ通じねぇ!!」

「「「ウゴッホウゴッホ!」」」

「ちょっと待て、それなのになんだその足並み揃えてるくせにウズウズさせてかつキラキラした眼差しは。あれか、私に先導切れって言ってるのかもしかして」

「「「ンヴォォォノォォ────っ!」」」

「それは美味しいって意味だァァァァァ!」


 いつからイタリア人になった貴様ら!

 あたしは頭を抱えて座り込む。もう涙が溢れてきて仕方がない。

 なんで、どうして、あたしが。


 我慢しきれなくなって、ぽろぽろと涙がこぼれて、嗚咽が漏れる。


「ふぇ、ええ、うええええっ」


 一度こぼれると、もう止まらなくて。

 あたしは、もうただただ泣いた。


「……ウゴッホ?」

「ウ、ウウウ、ウガヒロッホ!」

「ウヴォゴッホ!?」


 すると、だ。一瞬で周囲の屈強極まりない連中があわてふためいた。

 何よ、なんなのよ、あたしより絶対年上で、それも男の癖に、なんでそんなみんなしてオロオロしてるのよ。そんなの、あたしがしたいわ!


 ワケが分からなくて、また涙が溢れて──理解はやってきた。


 視界に、赤い旗が見えたからだ。

 そうだ。なんでか知らないけど、あたしはこれを持っていて、これは部族の長を意味するものなんだろうと理解していて。

 彼らからすれば、あたしは長だ。

 そんなのがいきなり泣き崩れたら、そりゃオロオロするわ。でもあたしは女の子なのだ。たった一人、いきなり戦闘民族(勝手に断定)の長に就任させられても無理がありすぎる。


「…………もうっ!」


 けど、けど。

 あたしは悟った。泣いてても何も解決しないってこと。

 この世界で、あたしは一人なのだ。いや、どうしてか分からないけど、あたしは彼らの未来まで背負っているのだ。


 筋骨隆々な連中が本気で困っている姿を見て、あたしは覚悟を決める。

 導いて、やらないといけないんだろう。


 ああ、ホントお人好しだなぁ。


 なんて苦笑しつつ、あたしは息を吸う。

 もヤケだ、ヤケクソだ! やれるとこまでやってやる!

 とりあえず、FFWの通りであれば、村を興すのにちょうど良い場所がある。そこへ移動しよう。

 そこで拠点を設定して、木材とかを調達して家を建てていって、で、まずは言語教育から始めないと。

 いつまでもウゴッホ言われてたらゴリラになる。あたしが。

 そんなの願い下げだ。


 そうプランを構築しながら焼け野原になった村を後にして、あたしは野郎連中を率いてひた進む。


 道中は楽だった。

 魔物が出てくる森を抜けなければいけないんだけど──ゲームならここで戦闘チュートリアルが入るんだ──、部族の連中があっさりとぶちのめしてくれたのだ。

 やっぱり戦闘民族か。

 なんて思いつつ、予想以上の早さで森を抜けると、そこにはありえない光景が広がっていた。


「なんで町がありますのん」


 ゲームにおける村の建設地は、川にほど近くて、ちょっとした高台にある。まさに好立地なのだけれど、どうしてかそこに町があるのだ。

 それもあたしからすればすごく見慣れた、ビルとか駅とかがある。なんだったら、遠巻きだけどアスファルトの道路まで見える。


「「「ウゴッホ?」」」


 ぴたりと足を止めていると、後ろの彼らが訊いてくる。

 けど構ってあげられる余裕はない。


「いや、これはどういうことなの……」


 もしかして、予め用意された町? だとしたら、それこそ嬉しいことはない。家を建てる方法なんて知らないもん。

 ちょっとほっとして一歩踏み出した瞬間、ポップアップがいきなり現れた。


 ……──へ?


 初めての現象に戸惑いつつも、あたしはその内容に目を点にさせた。


 《クエスト:町の強奪(襲撃しますか?)※これはバンデッドクエストです》


 いや待って意味不明。

 あたしはいつ蛮族バンデッドになった。力の限り突っ込みを入れつつ、振り返る。

 そこには常に戦闘モード全力の野郎連中。

 うん、これは蛮族バンデッドだわ。


 理解してから、あたしはさらに自棄になることにした。半分泣きそうになりながら。


 ──こうして、冒頭に戻る。


「ウゴッホ!!」


 森を抜けたせいで髪もばっさばさだし、アサシンフェイスペイントが自然とついてるし、もうOLらしさなんてどこにもない。

 だったら吹っ切ってやる!


「ウゴッホウゴッホ!!」


 あたしは叫んで、据わった目で町を睨んでから突撃を開始した。


「「「ウゴッホウゴッホオオオオオオ!」」」


 背後で雄叫びが轟き、連中がついてくる。

 ただあたしたちは夢中で走って。


 気が付いたら、仰向けにぶっ倒れていた。


 …………へ?

 全身が軋むように痛くて、遠くなっていく感覚の中でも焦げ臭い。

 な、何が……?


 理解がやってこない。

 けど、気配というか、足音がやって来た。それも幾つも。


「野生のOL、発見。ちゃんと生きてます」

「じゃあ保護するってことで」

「こっちはどうする?」

「まとめて保護しましょう。たぶんも何も、彼女の部下ですし、こっちとしてもメリットはあると思うわ」


 保護?

 ああ、ダメだ、意識が持たない。


 けど、悪い予感はしなかった。


 だって、保護するって、あたしだけじゃなくて、みんなを。

 きっと悪いようにはされない。


 そっか、助かるのか……──あたし。

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