カードゲーマー、再び(中)

 空ではバーバヤガーと魔法少女の戦闘が本格的に始まった。


 一手目は死角から片腕を斬り落とすことに成功した冴月晶だが、その存在をバーバヤガーに警戒されてからは一進一退。


 青空に弧を描いた銀剣たちが魔女の左腕に飛びかかる。


 しかしそれを阻むものがあった。巨大な氷塊だ。

 縦横数十メートル――分厚い氷の壁が空中に現れ、銀剣の突進からバーバヤガーを守る。


 ――激突。


 銀剣の群れが次々と氷に突き立ち、次の瞬間、アイスドリルさながらに氷壁を削り始めた。回り道なんて面倒なことはしない。壮絶な威力に任せてそのまま壁を穿つ気だ。


 醜く顔を歪ませたバーバヤガーは再び氷の超常現象。

 冴月晶が氷壁を貫くその隙を突いて、彼女の頭上に巨大な『つらら』を造り出した。


 とはいえ、果たしてそれをつららと言うべきか……氷山を逆さまにしたような馬鹿げた代物だった。


 無造作に出現した巨大質量が、重力に従ってまっすぐに落ちてくる。

 これには銀剣の群れも散開して逃げるしかなかった。


「――――」


 そして俺は、巨大つららの落下に思わず息を止めるのだ。

 少し離れた場所とは言え、あんなものが滑走路に落ちれば相応の衝撃波が発生するだろう。きっと氷片だって飛んでくる。


 防御系のマジックカードを切るべきか?

 そう思考したものの、身体の反応速度が追い付かない。


 つららの先端が滑走路に触れたのが見え――しかし俺が恐れた事態は起こらなかった。滑走路に当たった先から、つららがアスファルトに吸い込まれていったからだ。


 何が起きたかはなんとなく想像できた。


 銀剣の上に足を揃えて立つ冴月晶の周囲にいくつか魔法陣が浮いている。何らかの魔法でつららを処理したのだろう。転移魔法でどこか安全なところに飛ばしたのかも。


 さすがはソロモン騎士、冴月晶だ。“光亡の剣 冴月晶”同様、攻守に隙がない。


 ところが――俺がほっとできたのはわずか数瞬。

「っ!?」

 突然の銃声に心臓が止まるかと思った。

 冴月晶から目を離し、身体ごと首を回す。


 そして見た。

 滑走路の外――芝生の方から巨大な何かがこっちに向かってきており、黒服たちのアサルトライフルが薬莢をばらまいているのを。


 ――巨大な腕。


 見間違いではない。多分、幻覚でもない。

 先ほど冴月晶に斬り落とされたバーバヤガーの右腕が、骨ばった指で地面を蹴りながら、縦横無尽にのたうち回っていた。

 なにせジェット旅客機の片翼ほどもある巨腕だ。竜巻のような砂ぼこりが舞い上がる。


 俺は『箱』が新たに排出したカードを掴み取りつつ。

「私も戦えばいいんでしょう!?」

 銃声に負けぬよう声を張った。


 でしゃばったことをしてくれるなと怒鳴られないために、刀根勇雄のうなずきを待ってからカードを切る。

 暴れ回るバーバヤガーの右腕と距離があるうちに魔法で燃やし尽くしてやろうと思ったのだ。


 なんだかんだで前回の事件でも助けられた定番のマジックカード――“氾濫する焔”。


 俺は止まった時の中でダイスを投げた。マジックカードの成否判定だ。

 ――失敗。

 ずっこけそうになった。戦闘開始早々、一発目の魔法発動から不発とは……。


 ……こいつは厳しい戦いになりそうだ……。


 カードが切られたのに何も起きない状況に困惑する刀根勇雄と斎藤弥恵子は放っておいて、俺はマジックカードをもう一枚使った。


 “二冊の魔導書”。


 発動すれば二枚のカードを引ける基本的なドローマジックだ。連続で失敗したら恥ずかしいぞとは思ったが、なんとか成功してくれる。『箱』がカードを二枚吐き出した。


 カードに触れたその瞬間。

「――ひ」

 突然の爆発に引きつった俺の呼吸。


 アサルトライフルでは威力が足りないと見た黒服の一人が、巨大な右腕に向かってロケットランチャーをぶっ放したのだ。


 火薬の塊は前腕部の中程辺りに見事着弾し、芝生と黒煙を巻き上げる。


 初めて間近で見た現代兵器の威力に俺は絶句だ。なるほど、あの火力なら戦車だって潰せるだろう。


 俺のそばに寄ってきた斎藤弥恵子が日本刀を抜き放ちながら言った。

「用心してください。まだ終わっていません」

「知ってます」

 当たり前だ。あれで倒せるなら冴月晶や俺が駆り出されるわけがない。

 現代兵器が怪物に通用しないなど、怪獣映画やアニメならいつものこと。黒煙を掻き分けて無傷の怪物が姿を見せるシーンなんて、嫌ってほど見てきている。


 とはいえ、俺が深い黒煙の向こうに捉えたのは、バーバヤガー右腕の巨大な影ではなかった。


「……人……?」

 ずらりと並んだ人影だ。いくつもの頭がゆらりと動くのを見た。


 一分経過で『箱』が出したカードをドローする。

 当然、お目当てのモンスターカードではない。便利な防御系マジックカード“生き残りの障壁”だった。悪くはないが、良くもない引きだ。


「和泉さん、まだですかね?」

 肩越しに刀根勇雄が俺の手札を覗き込んでくる。


 俺はとっさに身を引いて手札を隠した。

「やめてください。魔王がどこで見てるか知れないのに」


 スカウティング――ゲームのプレイヤー以外が手札やデッキを見る行為。


 今の刀根勇雄みたいな『ゲームに水を差す行動』を魔王の奴は一番嫌うはずだ。カードゲーマーに無礼を働いたこの男を殺してしまう可能性だってあった。

 ……多分俺は今、刀根勇雄の命を救ったのだろう。そんな気がした。


「課長、和泉さん、近接戦闘の心づもりを」


 斎藤弥恵子の声に前を向くと、冬の風に流されて黒煙が晴れていくところ。

 そして――多分、五〇人か、六〇人近く――すぐには数え切れない数の裸の女が、こちらを見つめて口元だけで笑っていた。


「刀根さん。あれは……」

「魔女の分身といったところでしょうな。右腕が分裂した結果かと」

「まずいでしょうか?」

「晶様が戦っている本体と比べれば、まあ、それほどでもないでしょう」


 そう言われて俺は再び空へと視線を送る。


 銀剣の群れがバーバヤガーの右目をえぐったところだった。すると潰れた右目から氷の柱が立ち上がり、銀剣の群れごと冴月晶を飲み込もうとする。間一髪で回避は間に合ったようだ。


「確かに。あれと比べれば、ですね」

 俺は精一杯の強がりで笑みをつくり、緊張に震える右手で一枚のモンスターカードを選んだ。


 バーバヤガーと同じ顔をした裸の女たちがこちらへと走り出したのと同時――召喚条件である手札のマジックカードを一枚捨てて、モンスターを召喚する。

 “ つぐみ さえずりアキム”という名の悪魔を……。


 直後、耳元でキュキュキュという甲高い鳥の鳴き声が聞こえ――気付いた時には、真っ白なそいつが俺の隣に立っていた。


 全長三メートルを超える悪魔だ。

 鳥のような鳴き声をあげたくせに、俺が召喚した“鶫の囀りアキム”は巨大なカマキリのようなシルエットだった。

 翼はなく、ほっそりとした胴体と大きく後ろに突き出た尻が目立つ。

 胴体の中ほどに前脚が二本、そして胴体と尻のつなぎ目に後ろ脚が二本。昆虫のごとき華奢な後ろ脚に比べて、重槍 ランスを思わせる前脚は異常に太く長かった。そのせいで自然と上体が起き上がる格好になっているのだ。カマキリみたいな細長い姿形のくせに脚が四本しかないせいか、なんとなく不安定そうに見える。


 ……カードイラストはそうでもなかったが……こいつ、実物はめちゃくちゃ怖いな……。


 不規則に並んだ眼球のすべてが俺を見下ろしてくる。黄色い眼球で埋め尽くされた“鶫の囀りアキム”の小さな顔……口はなく、鼻もなく、耳だってなかった。


 とにかく不気味な多眼の悪魔は――キュキュキュ――鳥のように小刻みに首を動かしながら、俺の命令を待つのだった。


「和泉さん……それは……」

 異形すぎる悪魔の登場に斎藤弥恵子が声を失っている。


 俺は『箱』からカードをドローしつつ苦笑した。

「攻撃力三、防御力三。一分間に二回攻撃できるんで、乱戦に向くかなと思いまして」


 重なる銃声。

 方円陣形の一番外側にいた黒服たちが裸の女と交戦し始めた。

 アサルトライフルの銃口が細かく光るのが見えた。


 しかし俺はまだ“鶫の囀りアキム”への攻撃命令を下さない。戦場の様相をじっと見定める。


「いったい何人……? さすがに多すぎだ……」


 アサルトライフルを構えた大柄な黒服が魔女の眉間を撃ち抜いた。そのまま心臓と腹部に鉛玉を打ち込み、さっそく一人目を無力化する。裸の魔女は血を流すこともなく、砕けた氷となってアスファルトに散らばった。


 しかしすぐさま別の魔女が彼に襲い掛かる。右腕を氷のサーベルに変形させて、ほとんど真上から飛びかかった。黒服は反応が遅れた。


「あれだ!」

 俺の指差しと同時、隣から悪魔が消えた。


 五〇メートル近い距離を瞬間移動で潰し、黒服を狙った魔女の腹を鋭利な前脚で貫いたのである。


 攻撃命令を下した俺自身もさすがにちょっと驚いた。

 ……あの悪魔、瞬間移動できるのか……足の速そうな奴だとは思っていたけれど……。


 そのまま乱暴に投げ捨てて、一瞬で俺の隣に戻ってくる。腹を貫かれた魔女はやはり砕氷と化して地面に落ちた。

 あれぐらい綺麗な死に様なら、後腐れなく攻撃できるな――そう思った。


「刀根さん」

 果たして、強大な悪魔を従える俺はどのように見えるのだろう。

「私のモンスターが助けられるのは三〇秒に一回です。それ以外は、社会維持局の皆さんに死なないよう踏ん張ってもらうしかない」

「え、ええ……承知しておりますよ。なあ斎藤くん」

「………………」

 俺に目を向ける刀根勇雄と斎藤弥恵子が実に微妙な顔をしていた。恐れのような、怪訝のような、嫌悪のような……。


「さあ。ネビュロスが来るまでがんばろうじゃありませんか」

 白々しくそう言って『箱』からカードをドローした瞬間――“鶫の囀りアキム”が動く。


 おお、と思った。

 死角から裸の女が来ていたことに俺はまったく気付いていなかった。

 アキムの前脚が氷のサーベルを防いでくれなければライフを一つ失っていただろう。


 振り返れば、眼前には満面の笑みの女。


 しかし俺は。

「アキム!」

 即座に戦場を見回して、絶体絶命の危機に陥ってる黒服の元へと悪魔を送るのだった。

 彼らにも家族がいる。見捨てることはできなかった。


「ちょ――アキム早く――」

 瞬間移動を駆使する悪魔はどれだけ離れていても二秒で魔女を殺して戻ってきてくれるし。


「即座に敵に背を向けて逃げようとするとは……これが、魔王召喚者……」

 悪魔アキムの前脚が再び氷のサーベルを受け止めたその隙、斎藤弥恵子の日本刀が魔女の首をはねてくれたから。


「たっ、助かりましたあ」

「気を抜かないで。また来ますよ」


 見れば、方円陣形はもうほとんど崩れていた。

 原因はバーバヤガーの右腕から生まれた魔女たちの数とその速さだ。

 大量の裸の女が、常人の数倍の速度で走ってくるのである。

 アサルトライフルの弾は当たらないし、なんとか一人倒してもその隙に横を抜けられる。

 もはや広い滑走路はしっちゃかめっちゃかで、黒服と女の白い肌が入り乱れていた。


「ちょっとまずいかもな」


 片腕を斬り落とされた恨みだろう。魔女たちの狙いは冴月晶の仲間である俺たち全員だ。奴ら、数と身体能力に任せてこっちを押し潰すつもりらしい。


「刀根さんっ。全員を撤退させてください!!」


 俺は手札を睨み、人死に出る前にこの劣勢を立て直すには……と覚悟を決めた。

 先ほどドローした“生き残りの障壁”のカードを切る。

 分の悪い賭けだとは思いながらも――発動成功。発動確率二分の一の賭けに俺は勝った。


『このカードを発動したプレイヤーとその支配モンスターは、六〇秒の間、攻撃を受けず、相手の効果も受けない』


 一分間の完全防御だ。

 無敵になった俺は、「刀根さんたちも下がっててください! ここは私は引き受けますから!」声が引きつるほどに叫びながら走り出す。

「こっちだあああ!! 俺はここにいるぞお! ここだああああ!!」

 魔女たちの間を突っ切って、一番の密集地帯に飛び込んだ。


 当然、俺と、俺に付き従う悪魔に攻撃が集中する。

 無論、悪魔アキムが負けることはないが、たった一匹の悪魔で捌き切れる数でもなかった。悪魔アキムの前脚をくぐり抜けて、いくつかの氷のサーベルは俺に届いた。


 だが、大丈夫だ。この時のために俺は“生き残りの障壁”を使っていたのだ。

 不可視の障壁がキラキラと光る氷の刃をことごとく弾いてくれる。


「相変わらず強い……このカードは……」


 この魔法が発動している間は、ソロモン騎士が五人集まっても俺に傷一つ付けることはできなかった。一分間だけなら、こんな非力な化け物たち、少しも怖くない。


 俺はカードをドローしつつ、辺りを見回した。


 笑う裸の女だらけだ。のこのこと出てきた俺たちを最優先で殺すことにしたらしい。もしかしたら“鶫の囀りアキム”を脅威に思ったのかもしれないが。


 近い距離に黒服たちはいない。

 刀根勇雄がうまく伝達してくれたのだろう。かなり離れた位置で新しい陣形を組んでいた。


 あれだけ距離があれば大丈夫、そう見当をつけた俺は。

「あとはダイスの出目次第だが――」

 怪物たちの只中でマジックカードを切った。


 “喰らい尽くす大口主”なるマジックカードは発動失敗。


 どうせ一枚は失敗するだろうと思っていたから、まだ大丈夫だ。焦っていない。

 すぐさま二枚目のマジックカードを使った。


 “足元にご注意”――これは発動成功。


 かわいらしいカード名だが、その効果は割といやらしい。

『相手モンスターに【水流:四点ダメージ】を与える。その後、ダメージを受けた相手モンスターは三分間攻撃できなくなる』

 それなりのダメージを相手モンスターに与え、仮に生き残ったとしても行動を制限するのである。


 マジックカード“足元にご注意”が発動した次の瞬間。

 ――――――

 俺の周りにいた裸の女たちがいきなり地面に沈んだ。まるで水に落ちるかのごとく、実にあっけなく姿を消したのだ。ドボンッという大きな水音が聞こえただけだった。


 そして一向に姿を現さなくなる。


「え? もしかしてこれだけ?」

 不安になって女たちが消えた先の地面に触れてみた。しかし指先が感じるのは何の変哲もないアスファルトの路面だ。


 ……あれが【水流:四点ダメージ】ってことか?

 妙な腑に落ちなさを感じつつも、俺は裸の女の大部分を処理できたことに安堵する。

 奴らが俺たちに群がってくれたおかげで、ほとんど全員がマジックカードの効果範囲内にいたのである。


 三人ほど“足元にご注意”で流し漏らしていたが、それはすぐさま駆け寄ってきた黒服たちがアサルトライフルで始末してくれた。


「いやはや、見事に救われましたな」

 苦笑いの刀根勇雄が乱れたオールバックヘアーを撫でつけながらやって来る。


 そして日本刀を鞘に納めつつの斎藤弥恵子。

「奴らの脚を見誤りました。もっと前面に火力を集中させるべきだったかと」


 その後ろに砂ぼこりまみれの黒服たちがぞろぞろと続いた。


 俺はその様子を見てホッとする。

 ……よかった……同僚に肩を貸される怪我人はいるが、死人は出なかったらしい。


 また『箱』からカードを一枚ドローだ。

 マジックカード“雷雲の落とし子”。

 また目当てのカードではない。俺は嘆息しつつ、手札に加えるのだった。


 そろそろ来てくれてもいいはずだが……デッキのどの辺に眠っているのだろう、“冥府喰らいのネビュロス”……。


「ふむ……和泉さんは本当にカードゲームで戦うのですねぇ。嘘だと思っていましたよ」

 刀根勇雄にそんなことを言われて俺は思わず。

「はあ?」

 いったい何を――と眉をひそめてしまう。

「報告では知っていましたがね。まさか、そんな変な能力者が、あの妙高院静佳を下したとは思えませんで。てっきりソロモン騎士や我々を欺くためのカモフラージュかと」

「……あのですねぇ、私がそんな狡猾な人間に見えますか?」


 そりゃあ俺だって、なんでこんな能力……とは思っている。


 素早く呪文を詠唱して、颯爽と悪魔を召喚する――どうせ戦わなければいけないなら、そんな感じのダークヒーローがよかった。


 でも、徹頭徹尾カードゲーマーなんだから、しょうがないじゃないか。

 いつもの日常だって、こうやって命を懸ける場面だって、俺は祈りながらカードを引くのだ。引いたカードで必死こいて戦うしかないのだ。

 俺の人生は、なんか、そんな感じなのだ。不服ながら。


 ザ――


 かすかな耳鳴り。

 なんだ? と思ったら耳元に色気のある声が広がった。かなり息の上がった、冴月晶の声。

『はあ、はあ――和泉様、申し訳ありません。大魔法の使用を許しました』


 俺は特別な通信機器なんて装備していない。きっと魔法で声を飛ばしているのだろう。

 冴月晶の声は刀根勇雄たち黒服全員にも届いているようで――誰もが耳を押さえながら、バーバヤガーに攻撃を仕掛け続ける銀剣の群れを見上げるのだった。


 唐突、バーバヤガーの全身に刺青みたいな奇妙な模様が浮かび上がる。ジェット旅客機と同化した巨体が青白い光を放ち始めた。


 なにかやばいことが起きようとしているのは誰だってわかる。

 冴月晶の言った『バーバヤガーの大魔法』が如何なるものかは知らないが、ここにいる俺たち全員の命が危機にさらされているのは間違いなかった。


『和泉様。相当の脅威がそちらに向かうと思われますが……ご対応は可能でしょうか?』


 きっと、冴月晶はそんなこと絶対に言いたくなかったはずだ。

 ――あなたたちを守る余裕がないから、なんとか自力で助かってもらえないか――

 だが、そう言わざる得ないほど、歴戦のソロモン騎士はバーバヤガーに苦戦している。


 手札のカードを一瞥し、俺は叫んだ。

「や――やってみましょう! 冴月さんはっ、自分と基地の外だけ守ってください!」


 すると安堵したような深い吐息があり、短く一言「助かります」とだけ。


 冴月晶の大魔法が発動したのはその直後だった。


 ――剣の王国の召喚――

 横田基地の外周に沿って、ずらずらと銀剣の隊列が召喚され始めた。


 驚くべきはその数だ。

 数千、数万じゃきかない。おそらく数十万は並んでいる。

 なにせ一列だけではないのだ。天空に届きそうなぐらい高く、縦にも列を重ねていった。


 ……彼女は、剣の結界をつくろうとしている……。

 横田基地の外――何も知らぬ一般市民たちがいつも通りの日常を送る市街地に被害が出ないよう、横田基地の敷地すべてを自身の魔法で取り囲む気だ。

 バーバヤガーの大魔法とやらを完全に抑え込むつもりだ。


 なるほど。俺たちを守っている余裕などあるわけがない。


 思わず苦笑いの俺は、刀根勇雄と斎藤弥恵子に目配せしてから、手札から一枚のカードを抜き取るのだった。


 今、バーバヤガーの脅威から黒服たちを守れるのは俺しかいない。

 時にはソロモン騎士すらも凌駕する――そんな冗談みたいな力を、魔王の奴に押し付けられた俺しか。


「といっても……あまり自信はないが――」


 緊張と不安に震える俺の右手が握るカードは、“燃え盛る聖女レディ・フランメ”。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る