現代の魔法少女
夜の小学校には、子供の味を覚えてしまったおそるべき魔物が潜んでいる。
そして、それを打ち倒す破邪の剣も――
静けさに満ちあふれていた午前〇時〇〇分。
突如として空気を掻きむしったのは、粉々に砕け散った窓ガラスの絶叫だった。
空中に投げ出された大量のガラス片が月明かりを反射し、校舎から飛び出してきた『何か』をあらゆる角度から照らし出す。
真っ白な大外套。
四階の高さから広い空中に現れたのは、まごうことなく人間であった。
小柄な体躯。少女だろうか。
フードを目深にかぶっているために顔は確認できない。
大きくひるがえった白外套の下では、両手に握った細身の双剣がギラリと光った。
白外套の人物は、自身が飛び出してきた校舎の方に視線を向けている。壊れた窓枠の向こうを、フードの奥から睨み付けているようにも見えた。
白外套が身体の正面で双剣を十字に構えたのと同時――
――ゴウッ――
黒く巨大な何かが、突っ込んできた。
まるで大砲の一撃。相当の質量物が、尋常ではない速度で、空中にいる白外套に激突したのだ。
構えた双剣で直撃はさけたものの、常人ならば間違いなく即死している。
白外套が生き延びたのは、おそるべきしなやかさで衝撃のほとんどをいなすことに成功したからだ。張り詰めた緊張感の中で発揮された、熟練の柔らかさだった。
襲いかかってきた黒い何かは――異形の四足獣。
動物図鑑には載っていないだろう。
その全身は青みがかった黒い長毛に覆われており、一見、工業油に浸されたモップのようにも見えた。
とはいえ、なによりも大きさが異常だ。
体長は五メートルを超えているし、その太い脚はライオンすらもたやすく薙ぎ払える。
グロテスクと思えるほどに馬鹿でかい頭部からは、赤黒い角が二本伸びていた。
空中でもつれ合っていた白外套と巨大獣にも、すぐさま重力は襲いかかってくる。
彼らが落下した先は校庭のほぼ中央だった。
先に地表にぶつかったのは巨大獣であり、白外套は獣の横腹をクッションにすることで見事に難を逃れたらしい。
即座に距離を取って剣を構え直した白外套。
ゆっくりと身体を起こそうとしている巨大獣を何一つおそれることもなく、かなり幼さの残る冷たい声でこう呼びかけた。
「聞け。古き神の眷属よ。かつて守護者だった獣よ」
立ち上がった巨大獣は頭を低く構えて、ずらりと並んだ牙を剥いた。
大きな牙だ。
一本一本が赤子の腕ほどもある。あんなものに襲われたなら、脆弱な人類など、たったの一噛みでばらばらに粉砕されてしまうだろう。
しかし白外套はまったく気圧されることなく、言葉を続けた。
「なぜ、無辜の民を……抵抗する力や知識すら持たぬ子供たちを喰らった……? 此岸と彼岸の狭間に生きる獣には、現世の肉は不要なはずだ。よんどころなき事情があるならば、今ここで申し述べよ。さすれば汝の亡骸は正当な手段で取り扱われ、正しく清められた魂は天へと登るだろう」
白外套が手にする銀色の双剣は、分厚い牙と比べてあまりに頼りない。
その細い刀身では、とても巨大獣の命まで届かない気がした。
だというのに――
「真直のみをもって答えよ。いたずらに命を奪ったというならば、戯れに子供を殺したというのならば――その身は、一片たりとも残さぬ。永き命に、無惨な最期を与えよう」
いったいどうして、白外套は堂々と巨大獣に向かい合えるのだろうか。
外套に包まれた華奢な肉体は、間違いなく、年端もいかぬ少女のものだ。馬鹿げた怪物と肉弾戦を演じられるような、恵まれた英雄のものではない。
不意に、フードを持ち上げた白外套。
「我が名はアキラ……ソロモン騎士、冴月晶……人類の安寧を見守り、叡智の光当たらぬ不条理を屠る者。“千刃”の天啓を戴きし女」
そして、月光に晒されたその顔は、空気が張り詰めるほどに美しかった。
くすみのない銀髪を短めに切りそろえ、左耳には小さなクロスの耳飾り。
虹彩はアメジストのごとき紫だ。
世界中の姫君たちが嫉妬しそうな美顔には、年相応の幼さと戦士としての鋭さが同居している。それがまた、少女の美しさを尋常ならざるものへと押し上げているのだった。
この瞬間、天上に座す神々のコレクションに迎えられたとしても何ら不思議ではない美貌。
それは、人外の化け物すらも、わずかに硬直させた。
冴月晶――そう名乗った美少女が一歩前に出る。
両手に双剣を携えたまま唱い出した。
「極北の鋼 白夜の硝子 吟遊詩人は口をつぐみ 天秤は星空をこぼすだろう ロヴンエイルの水面 乙女たちは凍土の剣を掲げ 明星の捕食者へと指を向ける――」
どんなトリックを使っているのか、少女の声が三重の響きを伴って空間を満たす。
捉え所のない言葉の群れは、どこか不気味であり、しかし荘厳でもあった。
危険の気配を感じ取ったのだろうか。
黒き巨大獣が市井の人々には届くことのない咆吼を上げて、少女を威嚇する。
――――――――――
空気を震わせることのない霊的な雄叫びと少女の唇から放たれる呪言が混ざり合い――もはやこの学校は、子供たちの学舎ではなく、超常なる者の戦場と化してしまった。
そして。
「ガアア――――!!」
巨大獣の後ろ足が整地された土の地面を蹴ったのと。
「推して、参る!!」
白外套の少女が、前のめりで飛び出したのは、ほぼ同時――
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