3 ミッション

 彩音は苦笑いを浮かべた。

「そうとも知らずに私は……。まあ、怒りはしません。私は自分の気持ちで、潮見さんと智峰島がいいと思ったから、ここにいるんです。でもそうすると、もうラビットは安泰というわけですか? 翔真君達がやっているミッションにはどういう意味が……」


「最後の検証ですね。何者かが物理的にラビットに接触し、ネットワークから離されている暗号鍵を奪い返そうとする行動のシミュレーション」


「つまり翔真君達はこのVR空間内で、何かを盗むなり攻撃するなり、そういう行動をとる……?」


「そうです。そこをゲーム的なミッションとして置き換えています。島内にいくつか、暗号鍵に見立てたチェックポイントを設けました。VR空間上での陣取りゲームだと考えてください。プレイヤーは、暗号鍵を奪う代わりにチェックポイントを制圧する。いっぽうマスターは、あらゆるリソースを使ってプレイヤーを阻止する」


「あらゆるリソース?」

「ええ。彩音さんはマスターですから、このVR空間に管理者権限を持ちます。つまり、プレイヤーがいる場所をリークしたり、NPCを向かわせて妨害させたり……指示次第で、なんでも可能です」

「それじゃあ、随分とマスター有利じゃありませんか」

「そこで、ハンデとしてプレイヤーを先行させているんです。アスリートとノベリストが動き出してから、すでに数時間経過しているというところ……」


「数時間……。歩いても一周一時間ぐらいの島ですよね。だいぶ出遅れていませんか?」


「チェックポイントは複数あり、すべてのチェックポイントを制圧しないと暗号化は解けません。プレイヤーに奪われたチェックポイントを奪い返すことも可能。つまり、相手に渡っていないチェックポイントが一つでもあれば、お互いにいくらでも挽回出来る。いたちごっこも有り得るわけです」


「なるほど。時間差ハンデも一理ある考え方ですね。確かに、セキュリティリスクなんて水際作戦が基本。既知のものをどれだけ跳ね返せるかの勝負で。未知のリスクは、発見したときにはもう侵入されているなんて当たり前……」


 自らの言葉でまとめていきながら、彩音は素朴な疑問も感じていた。

 ミッションとやらの仕組み、ルールはそれなりに呑み込めた。


 しかし。


 彩音のキャリアに対して、あのプレイヤー二人は、明らかに素人だ。

 ドクターやロイヤーのほうが、まだプレイヤーとしての適性はあるように思える。


 アスリートやノベリストと似た才能の持ち主にしても、もっと運動能力に長けている者、調査や捜索に向いている者など、いくらでもタレントはいると思うが。


 


 なんなのだろう、この違和感は。

 あの、気のいい二人のことを思うと、何かが痛むように感じる。

 きっと、母性を感じるというのはこういうことなのだろう。


 昨日、潮見が突然、河童の話を持ち出してきたときにも、微妙な違和感はあった。


 そんな違和感には目を瞑るのが、今の彩音にとっては正しいのだが。

 しかし、気に留めておくことは、おそらく間違いではないだろう。

 潮見もといラビットは、まだすべてを彩音に明かしたわけではないはずだ。


 お社にあるというラビット本体に接触する機会があるまでは。

 必要な程度には、ラビットを疑っていたほうがいい。

 彩音はそう考えておくことにした。

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