8 独立の夢
「独……立?」
この国ではあまり聞き慣れない言葉に、彩音は、ぽかんとした。
思わず横を見るが、彩音でさえそうなのだ。翔真も優菜も同じように呆けたような顔をしている。
しかし、潮見は決してふざけた様子ではなく。
その隣の三戸住職も唇を結んで厳かな顔だ。坊さんがそう易々とは人を騙すことはないだろうと考えれば、冗談を言っているのではないらしい、と理解出来るが……。
「智峰島には、長い歴史と固有の文化があり。常に島内で自然と文化が安定して循環するよう、人口も一定数から上下しないよう、外部との血の入れ替えを定期的に果たしてきました。ある程度の年齢で、智峰の若者のほとんどが、一度は本土に出ることになります」
彩音は思わず翔真と優菜をちらり見た。
「智峰の若者は優秀ですから、本土からすれば引く手あまた。そのままでは過疎化してしまいますから、流出には常に調整がかけられています。外からの移住者とのバランスで調整。一度出ていった者も、必要によって戻ってくる。結果、離島でありながら智峰島は過疎化も高齢化も進んでいません。常に年代別人口比率はほぼ一定。世帯数も、記録がある千年近くほぼ変わっていないのです」
「……千年!?」
翔真が上ずった声を出して、すぐに口を押えた。
翔真の驚きももっともだ。
千年前といったら、いったい何時代だろうか。鎌倉時代? 平安時代?
「僕の代になってからは、資源開発も一気に進めまして。教育・医療・文化・資源、何もかもこの島だけで循環可能」
「あんたの力だよ、ボス。だから権現様なんて言われるんだ。あんたは特別だとも」
住職が、そう率直な言葉で潮見を誉める。
「ありがとうございます、オーナー。他の離島はどうです? 人口減少、放置された空き家、雇用もなく、市町村合併に頼らなければ破綻寸前の財政」
潮見は肩をすくめた。
「さらに世界に目を向ければ、本土そのものが大陸に対して離島である、と解釈することも出来ますね。そう考えると本土は、末期症状。超高齢化社会、少子化、格差の再生産、医療と社会保障制度の崩壊、政治家や富裕層の腐敗。さらに見渡せば、それはこの国固有の問題ですらない。発現の仕方や度合いは違いますが、これは世界規模です。もはや人類社会が変革を必要としているのです。この地球そのものが、宇宙全体の中では孤立した離島的存在ですから」
彩音はまた眉をひそめた。
潮見が言うことは突拍子もないが、面白さも感じる。
しかし、先ほどからちょろちょろと妙な言い回しを使っている、と感じた。
人類、とか、宇宙、とか。
大袈裟ではないか?
「まあ、ざっとそういうわけです。仮想空間内では、四月一日をもって『ちみね国』として独立国を宣言する、という設定です。独立に際して、どうしてもシミュレーションが必要とされる問題が残っているもので、テストプレイヤーのお二人と、マスターの杉山さんの出番、となったわけで」
「四月一日!? って、もう、すぐじゃないか……!」
難しい内容の会話だったのだろう、ずっと腕組みをして黙っていた翔真が、そこには食いついた。
「シミュレーション内のカレンダーの話ですよ。シミュレーション自体は、皆さんのご準備さえ整えば明日からでも始めたいぐらいで」
「明日? 早いなあ。でも、俺はすることなんか決まってないし、いつからでも……」
「あたしも。VR体験って、一回やってみたかったし」
翔真と優菜は無邪気なものだ。プレイヤー側なら、そんなものだろう。
「つまり、マスターの私次第、ということになりますか?」
彩音は訊ねた。
「はい。もちろん、マスターとは、さらに専門的なやり取りをさせていただくつもりですし、条件面も、出来る限り配慮させていただきますが、明日からでは、さすがに早いですか?」
「……どうでしょう。まだ曖昧なことが多すぎて。あとでもう少し、専門的なお話をさせてください。それから判断を」
「よろしいですとも。きっと、杉山さんは、一緒にやっていただけると信じていますよ」
潮見は、早くも彩音には見慣れたものになった、あの独特の笑みを浮かべて、そう請け合った。
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