シラグカナイ

柊 碧梦(ひいらぎ あおむ)

《第一章》 響 雪夜 27歳

 やめた理由は、上司からの嫌がらせ、世間が言う"パワハラ"だった。

 『そんなこともできないのか』

 『出来損ないがよくこの会社に入れたな』

 

 『何も出来ない人間は要らない』


 時には暴力も受けた。


 限界だった。

 給料が高かったから続けられた。

 でも、


 『何も出来ない人間は要らない____』


 その通りだと思ってしまった。僕は多分、無能だ。

 僕は退職届けを出した。

 ただ、この息苦しく狭い会社、都会、そう、世の中から逃げ出したかった。




 「ここか...。」

 僕は、生まれも育ちも都会だ。そのせいか、田舎に強い憧れを抱いていた。息抜きに旅行に行くときも、田舎に行った。

 「ふぅ...。」

 大きく深呼吸をした。

 都会とは大違いだ。ここでは人目を気にしなくていい。

 風に揺られて鳴る木葉。鳥たちは歌っているみたい。土のにおい。森のにおい。空のにおい。

 (いいね。)


 ここに引っ越すと言ったとき、母は反対しなかった。何も言わず送り出してくれた。それが僕には嬉しかった。

 父は45歳の時に交通事故で亡くなった。正直、母を一人、東京に置いてきたくはなかった。わがままを言ってしまった。


 ここは雪代村(ゆきしろむら)という小さな村。隣の家まで徒歩15分もかかる。スーパーは徒歩30分だ。不便かもしれないけど、自然がとても豊かだ。家の周りには田んぼと畑がある。動物もよく出没するそうだ。

 村の名前に「雪」が入っているのも決めての一つだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る