第10話 幸せになりたい

ビルの屋上に強い風が吹いた。

丁寧に折りたたまれた封筒がひらひらと舞っていく。

「あ、待って。」

封筒は私を遊びに誘うように不規則に地面を滑った。

捕まえた、淡いピンク色の可愛らしい紙は中を見ずとも夏乃子からのメッセージであることがわかる。


沙緒李へ 


最近パソコンで何やってるの?

なんか怖そうなことやってるならもうやめてほしいんだ。

ごめんね。ずっと付き合わせちゃって。

ほんとうは夏乃なんてほおっておいてくれていいんだよって言いたいんだけど

なかなか言い出せないからこうしてお手紙にしました。

だから、これみたらすぐにやめてね。

夏乃は一番大好きな沙緒李に幸せでいてほしいんだよ。

ほんとうにわがままでごめんね。

大好きだよ。 


親友の夏乃より


もっと早くみつけておけば、あの時走り出したりしなかったのに。

嫌われたっていいから、しがみついていたのに。

いや、訂正。嫌われるなんて絶対に嫌。


なによ、最後のさいごまで大好き、とか、親友、とかさ。

私だって大好きだよ。夏乃のこと。

だから夏乃のためならなんだってできた。

大丈夫、あなたの言うとおり私はとてもとても幸せです。


感慨に浸っていたそのときだ。

背後で扉の開く物音と大勢の人間の足音が聞こえた。

「大橋沙緒李、殺人容疑で逮捕状が出ている。もう逃げられないぞ。手を挙げて抵抗はよせ。」

ぎらついた瞳。

極悪人を前にした冷やかで恐ろしい威圧感。

「都内男性4名の殺害とそれに伴う死体遺棄容疑。防犯カメラに映像もあがってるんだ、さあこちらへ。ちゃんと罪を償いなさい。」

現実なんてこんなもんか。

私はただの殺人者でしかない。

自分のエゴで人をあやめたにすぎない。

相手がなにをしていようとも、あいつらが彼女を殺したようなものだったとしても

強姦か、傷害か、その程度でしか訴訟できない

あいつらよりも私のほうが極悪非道、重犯罪者だなんてなにかが間違っていないか


罪を償う?誰への罪を

私の罪は夏乃を救えなかった、それだけだ。


だからその償いはちゃんと果たしたよ

あなたの笑える世界を創った


それなのに、肝心のあなたがいないのなら意味がない


あいつらの血で染まったこの手で彼女の手紙を握りしめる。

可愛いあの顔に、華奢な腕に、柔らかい髪に、小さな肩に

触れたくても触れられない

こんなに汚れた私はもう彼女に近づくことさえできないの


悔むか、己を

否、それはない

だけど

愛していたの あなたを

親友として いいえ それ以上に


一番大好きな沙緒李に幸せになってほしいだなんて


「もう遅いよ」


小さく呟いて、ビルの屋上から身を投じた。



ごめんね

ずっと側にいるっていったのに。

わたしはきっと、地獄に落ちる。

でも、あなたは天国にいるよね?

だから、もう会えないけど、きっと、天国なら前みたいな眩しい笑顔を取り戻せるよね?

最期は辛かったから、せめて、

今だけは幸せで・・・・・。



テレビ画面にニュース速報が入った

『逃亡中の容疑者、死亡。投身自殺として調査中。』


「へぇ、よかったね。」

「そうだね、殺人犯が逃げ回ってるなんて怖いもんね。」

ニュースをみた誰かがそう言って笑った。



end

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