就活中だけど、好きな人がいて集中できない

姫島

第1話 私のはなし

私は、就職活動中の大学四年生だ。


都内の四大に通っている。ちなみに学部は法学部。でも法学部だからって弁護士になるとか、司法試験受けるとかっていうのは少数派だと思う。これを読んでいる人は、周りの法学部生に「弁護士になるの?」と聞くのは即刻やめてほしい。

まあ、そんなことはどうでもよくて、四年生になった今、私は大学にはもうあまり行っていない。

……というか就活で行ける余裕もない。これまでの三年間で真面目に単位を取得してきたので、四年生ではあと数単位取れば良いわけだし。


このように大学はほぼサボっているのだが、就活が何よりも辛い。しんどいという他ない。

サークルの先輩がスーツ姿で大学の構内にいるのを見かけたり、街中でスーツ姿の就活生を見かける度に、大変なんだろうなというのが容易に想像できていた。真夏の暑い中、真っ黒なスーツを着て走り回る就活生の顔はみんな暗かった。だから就活を始める前に、かなり大変なんだろうなと想定はしていたのに、想定を上回る辛さだ。まあ、想定していたからといって、辛くなくなるわけではないだろうけど。


こんなに辛いのは、私の心が弱いからというだけだろうか。

しんどい、いっそ死にたいとさえ考えてしまう。疲れているからなのか、それともホルモンバランスが崩れているだけか。頭の片方で色々な理由を考えるけれど、考えたところで何にもならない。わかっている。特に死にたい時には、こんなことくらいで死にたいと思ってしまう自分が嫌になる。こんなことを考えてしまう自分だからこそ、就職先が決まらないのだ。

……などと、こんな風に悪いループにハマってしまうことさえある。



でも、私には希望がある。生きる希望がある。好きな人がいるのだ。

彼氏でもないし、一緒に遊びに行ったこともないし、ほぼ知り合いレベルなのだけど、とにかくあの人のことが好きなのだ。

好きという気持ちは、偉大だ。好きな人がいるというだけで、毎日が少しだけ輝く。着ているスーツは真っ黒だけどな!


好きな相手は私のバイト先の、社員の人。歳は、確か36歳。いや、37歳だったかも。今ふと、どちらにせよ干支が一周以上違うことに気がついた。でも年齢なんかどうでも良いのではないだろうか。相手が先に死ぬかも、などという意見もあるが、どうせ人間いつ死ぬかわからないし。気が合えば、年齢なんかどうでも良いと思う。あと、みんなが想像するであろう36歳よりはずっと若い。若く見える方だと思う。年齢を知った時に驚いた。30はいかないけど、20代後半かな?と、てっきり思っていたので。


そんな若見えする彼の連絡先は知っているけど、連絡はできない。だって恥ずかしいから。でも一度だけ業務連絡をしたことはある。何の内容だったかは覚えていないくらいの業務連絡だけれど。


ちなみに私のバイト先とは、ちょっとだけ高めの焼肉店で、私はホールでウエイトレスをしている。至って普通のウエイトレスだが、少しだけ時給が良い。高級店なので、バイトの給料にも反映されているのだろうか。焼き肉屋特有の、網や机周りの掃除が面倒くさいのだけど。

そんな私のバイト先の焼肉屋のキッチンに、好きな人がいるというわけ。その人は、お店の中でかなりベテランのほうだとか。でも、ウエイトレスとキッチンは分業なので、あまり接点がない。接点は少ないけど、私はたぶん彼のことが好きだ。彼とか言っちゃった。


見た目に関しては何といえば良いのだろう、少しくたびれたオードリー春日みたいな感じ。私以外のみんなにとってかっこいいかはわからないけど、私にとってはかっこいい。顔から好みなのだ。そういうのってあるよね。他の人には理解され難くとも、自分の本能が良いと告げているから、自分にとっては最高なの。そういう自分だけの好みってあるよね。


くたびれたオードリー春日の名前は、


冬木さん


という。


季節が春じゃなくて冬だった。惜しい。

あと、昔見たカエルみたいな生物が出てくるアニメで聞いたような苗字だ。


今から私は、冬木さんの魅力について語る。好きなだけ語る。

冬木さんは、まず鼻が良い。横から見るとモアイ像の鼻のようで、しっかりとした骨格をしている。でも顔がめちゃくちゃ濃いわけではない。目は少し細めで、切れ長で、目力はそこまで強くなくて、意外と色素の薄い茶色の綺麗な目をしている。

鼻はアジア人離れした骨格で、それ以外は日本人らしい和風の顔なのだ。私好みにもほどがある。鼻がしっかりしているので、横顔が美しい。Eラインが鼻のせいで強制的に出来上がるという感じだ。

それから、冬木さんは身体のバランスが良い。身長はおそらく175あるかないかといったところで、驚くほど長身というわけではないのだけど、頭身が高めというか、身体のバランスが素晴らしい。その上、肌質がきめ細かく、ツヤツヤとしている。身長の割にとても手足が長く、すらっとしている印象があるので、冬木さんは本当に素材が良いと思う。ガリガリではないが、ムキムキでもない、丁度良い塩梅の筋肉質さ。顔も私好みだし。

そんな素材が最高の冬木さんは、きっとファッションに無頓着なのだと思う。本当は普通の人と比べても足が長いというのに、それを覆い隠すかのような、冬木さんの体のサイズに合っていないジーパンをよく履いている。冬木さんは真面目に普通に、ジーパンを履いている。だがサイズが合っていないのと、幅が広いパンツなので無駄にダボダボとしており、冬木さんの素材の良さを殺している。

でも、一周回ってそこも良い。冬木さんのような人がオシャレにばっちり決めていたら、何だか少し残念な気がする。この人は女性からモテたいんだろうか、と冬木さんから感じられた瞬間に、私の中の冬木さんへの好意は減ってしまうだろう。さっきから勝手なこと言ってごめん、冬木さん。

そう、冬木さんからはモテたいという意志がまるで感じられないのだ。大学生をやっていると、周りの男子大学生はそうはいかない。種を残す本能とでも言うのだろうか。そんな本能だとかモテたいだとか、よくわからないけど、周りの大学生の恋愛模様を聞いているとヘドが出る。

かといって私が、男子大学生がモテたいという意志を見せる対象になることもないので……え?表現がわかりにくい?

つまり端的に言って私はモテるわけでもないので、単なる負け惜しみだろうかと悲しくなることもあるのだけど、それは置いておきたい。


ひねくれ女子大生の私の話なんかどうでも良いので、冬木さんの話に戻そう。

冬木さんは、とても無口だ。いつも黙って仕事をしている。ウエイトレスなので、料理を取りに行く時だけキッチンを覗くことができる。いつも冬木さんを見ていて思うけど、自分の世界がある人なのだと思う。侵されたくない自分の世界、精神的パーソナルスペースがある人だ。誰にだって触れられたくない領域はあるのだろうけど、冬木さんはそういう気持ちがきっと人よりも強い。だから私は冬木さんと接するときに、そういうことばかりを考えている。どこまでは不快だと思われないのかな、どこまでは私でも許されるのかな、などと。健気なものだと自分でも思う。

冬木さんは私がここまで考えているなんて、絶対気づいていない。私のことなんて、なんとも思っていないだろうから。そもそも好きな人と話すことの難しさったらない。こだわりが強く、自分の世界を持ち、どこか繊細そうな冬木さんと話すことは、リスクが大きすぎる。一度でも侵されたくないパーソナルスペースを侵してしまったら、二度と冬木さんから許されない気がする。だから私はあまり冬木さんと自然な会話をしたことがない。最低限の当たり障りのない会話しかしていない。冬木さん以外の、どうでも良いバイトの人となら、驚くほど何も考えずに話せるのに。ペラペラ話せるのに。

他の人と私がペラペラ話している場面を冬木さんが見て、誤解されてしまったら嫌だな。まあ冬木さんがそこまで私のことを気にしているとは思えないけども。



私はここまでずっと冬木さんのことを話してきたけれど、これを読んでいるあなたはこう思っているのではないか。

(冬木さんのこと見すぎ、観察しすぎ。)

だとか。

これは、私も自覚している。わかってる。


さらには、

(やたらと見た目が好みで、ちょっと独特な雰囲気を持つ年上の男を好きだと言われても、いまいち好きの理由が見えづらいわ!)

とは思ってはいないだろうか。


もしそう思われていたとしたら、恋は理屈じゃねんだぞ!とキレ気味に宣言したいところだが(ごめんなさい)、好きになったきっかけはハッキリとあるから安心してほしい。聞いてほしい。



あれは去年のことだったか、私がお客様の服にウーロン茶をこぼしてしまい、その事態に上手く対応することもできず、店長にも少し叱られ、精神的に参った私はその後も凡ミスを繰り返し、予定より早い時間に上がることとなった。

もう上がって良いよ、とお姉さんみたいに慕っている社員さんから優しく言われたのが辛かった。本当に優しく言われた。この人にも怒られた方が気が楽だった。でも店長に既に叱られていた私を気遣って、バランスをとってくれたのだと思う。

私はどんよりとした顔で、周りのみんなに謝ることしかできなかった。

今日は、これ以上店にいても迷惑をかけるだけだし……と帰ろうとしたところ、休憩室にいる冬木さんと目があった。

「……お、お疲れ様です、お先に失礼します。」

「お疲れ様です」

なんの感情も含まれていない挨拶の声。冬木さんは、わりと私に敬語を使う。

「あ、あの、今日は料理とか間違えて入力してしまって、冬木さんたちにもご迷惑おかけしました。本当、すみませんでした」

「…………」

休憩室の入り口で、頭を下げたままの私を見て、何も言わない冬木さん。

……いや、そうだよねー!

冬木さんにこんな長いセンテンスで話しかけるのも初めてだし、急に私に話しかけられても反応に困るよねー!わかってる、冬木さんのキャラもわかっているし、私もテンパっているし。誰も悪くない、100年後には誰もいない、テンパっているだけで私も悪くない!もうこのまま帰っちゃうしかないなー!くそー!泣きそうだー!

と、頭の中で絶叫しながら、その場を後にすることにした。





「……待って」

「へ?」

冬木さんに背中を向け、足を一歩踏み出したタイミングで冬木さんに呼び止められて、さらにテンパる私。

「え、えっと……?」

「俺、もっとヤバい失敗したことあるから大丈夫」

「…はい?」

「そんなに落ち込まなくても、大丈夫だから」

目を合わせずに言う冬木さん。

……も、もしかして冬木さんは今、私のことを励ましてくれている?

「あ、ありがとうございます……」

「気をつけて帰ってね」

ここで冬木さんと、やっと目が合った。薄茶色の、綺麗な目だなと思った。男の人に対して、綺麗な目だなと思ったことなんて初めてだった。


その後、休憩室を後にして、更衣室に向かう私の心の中は決して穏やかじゃなかった。

ひええええ〜〜!?好きになってしまうやろ!?

冬木さん、普段は誰かにこんなに長い言葉話しているの見たことないのに、私が弱っているときにだけ、ほしい言葉をくれるなんて、惚れてまうやろ!?



……というわけで、

私は冬木さんのことが好きなのだ。

できれば誰のものにもなって欲しくないのです。

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