第13話 冷たくする人

 後藤の希望どおり、石原と後藤の件について介入しないように気をつけることにした。

 ただし、俺の希望を少しは大切にすることにして、昼休みは隙を見ては後藤を誘う。

 先輩の俺に『なんなのお前』と啖呵を切った勢いは日中は消えているが、昼休みに誘う時には復活する。

「後藤」

 近付いたら、もの凄くイヤそうな顔をして俺を見上げる。

「メシ、行く?」

「…はい」

 しかし何故か後藤は断らない。



「もしかして、俺が昼飯誘うのってパワハラか?」

 だから断れないのか?

「いいえ」

 後藤はツンケンしている。

「嫌だったら断ってくれ」

「…はい」

 どうして付いてくるんだろう。後藤って、よく分からない。

「そういや今朝のクレーム電話、うざかったな」

「ええまあ…ちょっと緊張しましたけど…」

 午前中に、後藤が受けた電話が支離滅裂系クレーマーからの電話で、後藤はたまたま出てしまっただけのようだったが、小一時間対応していた。

 なんといっても後藤は新人なので、心配なのか石原も周囲をウロウロしていた。いつでも代われるようにと考えてのことだろう。

 社内の電話は録音されている。後藤の接客はいつも真面目で親切で冷静なので、実は俺は心配はしていなかったのだが、長時間になって可哀想になり、時々聞き耳を立てていた。

「後藤は対応上手だから心配ないな」

「そうですか?」

「ああ」

 新人の時の石原よりずっと上手だと言いそうになって、やめた。

「今週、後藤たちの係って何やってんの。外に出てないな」

「課長が来週名古屋へ行くんで、みんなその資料作ってますね」

「ああ、あの説明会の説明会みたいなやつ」

「それです」

 他愛も無い話。いつもの定食屋。今日の靴は茶色。

 思い切って言ってみた。

「なあ、次の土日のどっちか、お前と遊びに行きたい」

「は?」

 後藤が、想像通りの反応をした。

「どっか、行きたい」

「行きませんよ」

 やっぱ駄目か。

「正直、今だって話題が無いって思ってるのに。俺、佐々木さんと長時間は持ちません」

「はっきり言うなぁ」

「今さら良い後輩の顔をしても仕方がありませんから。思ったことは言います」

「…うん」

「佐々木さんも、その方が良いでしょう」

「うん」

 その通り。そういう聡いところが…いや、やめておこう。

「そのさ、思ったことを思った通りに言うってスタンスでいいから、お前とどこか行きたい」

 石原を抜きにしたときの、この興味の先が知りたい。

「困った人だな。ほんと俺ら共通の話題ないでしょ」

 石原のこと以外はな。

 それは、お互いに分かっているから言わない。後藤も、俺があれ以来石原の話題を一切出さないのに気付いているのだ。

「共通の話題を作るために行きたい。職場だけだと話題が広がらないから」

 そう言ったら、後藤は俺を見上げた。

「…本気で言っています?」

「うん。後藤の行きたいところでいい」

 その言葉に、後藤の表情が崩れた。

「佐々木さんって…思ってた以上に変ですね」

 そう言って、後藤が今日初めて俺に笑った。

「日曜日ならいいですよ。一人でエッシャー展行く予定だったんで。黙って付いてくるだけなら一緒でもいいです」

「行く」

「当日券全然あると思いますけど、前売り買っとくと確実ですよ」

「買う」

「返事即答過ぎ」

 後藤がもう一度笑った。

 単純に嬉しかった。


 後藤たちの係が室内作業をしているので、見ようとしなくても二人のことが見えてしまう。

 石原は、前は「後藤、後藤」と面倒くさいことをなんでも手伝わせているように見えたが、最近それが減っているのに俺は気付いている。

 もちろん、後藤だって分かっているはずだ。

 今日も、主任が「例の六ページの差し替え、時間が無いが必ず午前中に完了させてくれ」と石原に言った時だった。

 後藤がパッと顔をあげた。

「あ、そのページは俺がやります」

「そうか、じゃあ後藤…」

 主任が、後藤に仕事を振ろうとしたが、石原が止めた。

「俺、今そのページ開いてるんでやります。後藤はこのメモ三部コピーしてきて」

 そう言って、石原は後藤の顔を見もしないで、薄っぺらいファイルを手渡した。それは多分超簡単な用事。

 後藤は『え?』という表情をしてそれを受け取った。

「あ…はい…」

 少し暗く沈む表情を見ていると、俺も辛い。後藤は、石原の役に立ちたいのに、石原は今それを拒絶している。

 そういうのを見ると俺もモヤモヤしてしまう。が、あの日以来、俺は石原との間でも、後藤の話をするのをやめている。

 石原には石原の考えがある。口を挟むまい。



 日曜日のチケット…。

 仕事終わりに、デスクでスマホをいじって前売り券を買おうとしていたら石原が来た。

「何してんの」

 わっ。

「後ろから近付くな」

「見られちゃマズイもん職場で見るなっての」

「…別にマズイわけでは」

 後藤に関係することだから、さりげに石原に見られたくないというだけだ。

「佐々木さぁ、次の日曜空いてる?」

 いいえ。

 首を横に振ったら、石原は意外そうな顔をした。

「珍しいな、何?実家帰るん?」

「なんで実家に帰らねばならんのだ。用があるんだ」

 そう答えたら、石原が思わぬセリフを口にした。

「へぇ…デート?」


 ん?


 あれ?

 デート…?

 デートなのか?


 石原は冗談で言ったんだろうと思う。

 でも、俺にはすごく刺さる言葉だった。 

 思わず石原をじっと見た。

 デートって…なんだっけ。

 その定義は。



「え?何お前マジでデートなん?」

「いや…」

 向こうは、そうは思っていないだろう。

 じゃあ、俺は…?



「あの、とにかく日曜は用があるから。土曜なら空いている」

 頭の中がいろいろ、ぐるぐるしているが、とにかく石原にそう返事をした。

「土曜は俺がダメなの」

 また石原が偉そうに勝手なことを言っている。

「…そっか」

 でも、今の俺にはぐるぐるが大きすぎて、強めの返しをする余裕が無い。すると、石原がいつも通りもっと自己中な提案をしてきた。

「なあ、佐々木の用事は土曜にずらせないのか?」

 そう言いながら、俺のスーツの袖を引っ張った。けど、その日は駄目だ。

「うん。その日は」

 だって、後藤と約束したから。

 俺、後藤と約束したんだ。

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