第6話 困らない人

 本当に石原はわがままを言う。

 こっちは一日中システムとにらめっこして疲れているのに、ものすごくくだらないことを言い始めた。

「なあなあ、昼飯、俺も連れてけ」

「はぁ?」

「今日も二人で出てっただろ。俺にも声をかけろ」

 三人一緒なんて、お前が一番困るんじゃないのか。

「本気か」

「なんかさ、後藤とは普通の先輩後輩でいたいわけよ。二人っきりだと時々妙な間ができるしさ。三人で行動したら、正常な空間が一時的にでも保たれるじゃん」

 …つまり後藤と二人っきりはは異状空間なのか?

「お前はあほか」

「え?なんでだよ。いいだろ」

 俺は盛大なため息をついた。

 そっか、こいつは困らないんだ。そういう性格だった。三人一緒で困るのは俺か後藤だ…。

「三人は俺が疲れるから嫌だ」

「なんでだよ」

「とりあえず今から晩飯付き合ってやるから」

 八時過ぎてる。腹減った。

「二人で今から?…じゃあバッティングセンターも付き合え」

「…嫌だ。俺は疲れてるんだ。飯食ったら帰る」

 もの凄くイヤっそうな顔をして睨んだら、石原は諦めた。

「わかった。とりあえず飯で」


 居酒屋のカウンターに並んだ。腹の足しになりそうなものを選び、生中を注文した。

「はい、乾杯」

 そう石原に言われたが、全く乾杯気分では無い。

「掃除の礼はしたか?」

「家で起きた出来事は一切職場では喋らない」

 やっぱり。

「お前はあの部屋を見て何とも思わないのか」

「付き合うのは無理。家政夫としてなら雇ってもいい」

 まあ…こういう奴だ。そう思いながらビールを喉に流し込む。何もかも、どうでも良くなってきた。

「それ、後藤に言ってやれ」

「言わねぇし。『家政夫になります!』とか平気で言いそうで怖い」

 有り得るなあ。

「俺は無関係だからとにかく巻き込まないでもらいたいんだけど、一つ言っておくと、実は後藤は盛大な勘違いをしている」

「え?何?」

「お前のことを、俺も惚れていると思っている」

 石原が目を見開いた。

「まじ?」

 俺はゆっくり頷いた。

「俺はハッキリ否定したが、あいつはまだ疑っている。それで俺のところにお前が近づいてくるたびに睨まれたり悲しい顔されたりして、疲れた。あまり寄ってくるな。近況報告もいらん」

「何を見たらそんな誤解をするかな」

 …誤解の理由は割とハッキリしているが、それをこいつに言っても伝わらない。

 お前は酔うと誘ってくるんだぞって、言っても納得しない。

 それはもう六年前に諦めたのだ。

「よく分からんが、とにかく後藤はそんなふうに思っている。お前はもう少しあいつを大事にしてやれ」

「大事に、ねぇ…」

 人を大事にするってことも、多分得意ではないだろうが。

「はっきり断れないんだったら、せめて振り回すな」

 何もかも、石原には無理かも知れない。無意識に人を惹きつけ、無意識に振り回し、無意識に傷つけるのが石原だから。




 石原が我流でバットを振り回すのを後ろから見ていた。動体視力が良いので、外すことはなく、ヒットをガンガン飛ばしている。

 俺、石原に甘いな。なんで付いてきちゃったんだろう。

「あのさぁ」

 バットを振り回しながら石原が言った。

「後藤が掃除していったあと、生活しやすい」

「……」

「なんか、物の位置がちょうどいい」

「……」

 それを俺に報告してどうする。

「だからまだ部屋グチャグチャになってない」

 あ…。

 なんか、それは石原にしては良い傾向なんじゃないか。

「部屋、キープしてるのか」

「まあ、完全に、とは言えないけど」

「…そっか」

 後藤が頑張ったことを、石原なりに理解して消化しているんだと思った。言ってやったら喜ぶだろうな…俺から言うんじゃなくて、石原から。でも、無理だな。

「なんでさ…」

「ん?」

「なんで後藤はただの後輩のままでいてくれないんだろうな」


 それはお前がハッキリしないからだ。

 それはお前が酔って何度も誘うからだ。

 お前が優しくて、自由で、顔が整っており、大胆で、繊細で、程よく弱みを見せるからだ。

 石原は、自分の魅力で無意識に人を傷付けている.

 …同時に、自分も傷を負っている。六年前にそのことに気付いてから、俺はただ見守ることにした。

 今回後藤に感情移入してしまったのは俺のミスだ。



 バッティングセンターから職場付近を通り過ぎ、駅へ。

「やっぱ身体動かさないとダメだわ。久しぶりだと肩に違和感」

「じゃあジムに来い」

「いや、ジムは続かん」

 そういや俺、後藤のこともジムに誘ったな。思い出して、少し笑った。

「どうした」

「後藤がさ、あんまりひょろっひょろだから、鍛えろって言って誘ったけど、断られたのを思い出した」

「仲良いな」

 いやいや。

「びっくりするくらい嫌われてるよ。俺は応援したいんだけど」

「勝手に応援すんなよ。丁度いい距離保ちたいって言ってるだろ」

 お前のそういうずるいとこ、な。

 石原だって親友…というか、悪友というか、とにかく友達だと思っているし、思ったように生きて欲しいと願っている。

 でもやっぱりあいつのことはもうちょっと考えてやってほしい。

「後藤、良い奴じゃん」

「分かってるよ。でも無理なもんは無理。絶対…あ」

 あ?

 石原が立ち止まった。何?

 顔をあげたら、すぐ近くで後藤が固まっていた。




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