第2話
―〈夢〉・・・それは物理的に掴むことの出来ない空想の世界。
その世界を現実のものへと昇華させようと、ある者は研究を、ある者は努力を、ある者は祈りを繰り返し、日々夢の世界の実現を目指している。
しかし人の理想というものは、とてつもなく高い壁。
夢に近づけば近づくほど、人は更に夢を見る。これが出来ればあれも出来る、ここまで来ればあそこまで行ける、と。
故に完全な夢の実現というものは存在しない。
もし「夢が叶っている」と自負する者がいれば、それは心のどこかで目指す夢を妥協しているに過ぎない。
出来ることなら先へ、先へと本心は思っている。
妥協し、本心を閉じ込める事はお勧めしない。
その鬱憤はいずれ身体を、心を支配し、やがて一匹の獣と成るだろう。
そして獣は欲望のままに進み続ける。叶うことない夢の世界へと、永遠に。―
◆
「こっち、こっちよ新人君!さっさと歩きなさい」
「ちょっと待ってくれよ」
先程出会った不思議な少女の小さな掌に引かれ、不思議でも何でも無い普通の新社会人・八瀬穂は、ズンズンと見慣れない路地裏を進んでいく。
ただでさえ馴染みのない街の、更に路地裏の真っ只中に来れば普通の人間は多少なり不安に陥ることだろう。
普通の生活から抜け出したいと上京していた八瀬穂は、この時ばかりは普通の感性を持っていて良かったと小さく安堵した。
八瀬穂はグイグイと手を引かれながら先頭を歩く少女に尋ねた。
「しかし、一体どこへ連れて行くんだ。集合場所はさっきの所じゃないのか?」
「まだまだね、新人君。貴方はこれから何処に務めるのかしら?」
少女はフフンと鼻で笑い返した。
「探偵事務所、だったな」
「そう。探偵は正体も本拠地も知られてはならない。これ常識よ」
んなわけあるか、とツッコミを入れそうになったが少し考え躊躇った。
先程の、彼女の不思議な力。そして対峙していた謎の怪物。あれらが公になれば大騒ぎになるだろう。
そしてそれが仮に日常茶飯事だとすれば街中で同じような怪物が暴れていてもおかしくはない。
ついでに今、八瀬穂を半ば強引に引っ張る自称・赤ずきんを名乗るこの少女が八瀬穂に自身とは関わらないように距離を取ろうとしていた事を考慮すると、彼女の言う「正体を知られてはならない」という常識とやらも納得できる。
「いや・・・でも本拠地くらいは公開するのでは」
「“ウチは”しないの」
良いからつべこべ言わず歩きなさい、そう彼女に言われ、八瀬穂は渋々と路地裏を進み続けた。
◆
八瀬穂がこの夢見街に入り、シンボルが無い集合場所に着き、謎の怪物に襲われ、謎の少女に救われ、謎の少女に連行され、謎の路地裏を彷徨い始めてからおよそ1時間弱。
ようやく辿り着いた場所は、デカデカと『赤ずきん探偵事務所』と看板が掲げられた小さな建物の前だった。
「“正体を隠す”とか言ったな。その傾向が見当たらんが」
「うん、さぁ入って。この中だから」
八瀬穂の指摘に何も答えず、赤ずきんは八瀬穂を促すように建物の中へと入って行った。
建物は2階建てで、外装やら内装やらが全体的にこぢんまりとしており、絶妙なバランスに仕上がっている。中に入っていくと、最低限仕事に必要な物は揃っている事が分かり、働くには充分過ぎるほどの設備が施されていると八瀬穂は確信した。
赤ずきんは自室かと思われる所へ八瀬穂を案内すると、部屋の中心に立ち、腰に拳を乗せ、得意げな顔で八瀬穂に向かって堂々と言い放った。
「コホン。それでは、気を取り直して」
「え」
「ようこそ、新人君。赤ずきん探偵事務所へ!」
探偵とは思えない探偵の少女に歓迎され、八瀬穂はここに来てようやく新入社員としてデビューすることとなった。
本来ならば、よろしくお願いします、これから頑張ります、などの新社会人特有の「これからの抱負タイム」が始まるところだろうが、八瀬穂はそんなことよりも色々と気になる事案が多すぎて、それどころじゃなかった。
「ありがとう・・・と言いたいところだが、その前に聞かせてほしい」
「良いわ。分からないことがあったらドンドン聞いて」
「じゃあ単刀直入に聞くが、キミは一体何者なんだ」
先程、怪物との戦闘が終わったときに同じ質問を少女にした時は答えてくれなかったが、八瀬穂は今は同じ事務所に構える、謂わば関係者だ。八瀬穂には彼女のその力を知る権利があると自信を持って質問した。
赤ずきんはまたもやフフンと鼻で笑うと、得意げに話し始めた。
「いいわ、教えてあげる。私が何者なのかを」
途端、赤ずきんの胸元が赤く光り出し、彼女の金の髪が、服がユラユラと靡き始めた。
リアじゅ~探偵 赤ずきん 升宇田 @tepitepen
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