第78話 動乱
「さて、準備は整ったようだな。」
レ・ブン商会現会長、サミサ・ブンは、彼の前にひかえる彼の筆頭側近のミモザ・アースに問う。
「はい。王都への侵入、王宮の破壊工作。そして、その後の王宮工作についても、準備整いましてございます。」
「結構。これで我々をないがしろにする王と、我らの商売の邪魔をするマイナミ商会の両方を葬り去ることができる。」
サミサ・ブンは、忠実な側近の働きに、満足げに笑う。
◇◇◇
領事館の建設は順調に進み、あとは内装の仕上げと設備機器の接続を残すのみとなっていた。
照明はマイナミ商会建設の際に、開発した<
躯体の実施設計、監理は小林が行い、設備系の設計、監理は怜奈から作業を引き継いだあかりが行っている。
今回の領事館建設に関しては、異世界側の技術者は一切関わっていない。
これは、六代の建築オーダーの「職員の安全を第一にすること。」の大前提を反映したもので、国同士の関係はどのようなきっかけで変質するかわからないし、敵対することも考慮していかなければならない。
そのため、領事館の間取りはもちろん、設備のレイアウトやシステムについても秘匿するのが大前提だ。
このオーダーを満たすために、いすみと田尾は、この世界のシステムを理解し、独自に資材を調達できる組織を構築し、干渉を受けることのない関係性を構築し、この世界の者に相談することなく、この世界にあわせた設計、施工ができるような仕組みを育成していったのだ。
「建築は建てるだけが仕事ではない。クライアントのオーダーにこたえて初めて、仕事は完了する。」といういすみの考えの下、自ら体を張った現地調査、マイナミ商会の設立、この世界の技術確立と地元業者から直接資材確保をするための信頼関係構築のための住宅建設事業。といった、気の長くなるようなロードマップを得て、この領事館建築は成り立っているのだ。
「リョウジカンもそろそろ完成ね。」
久しぶりに領事館建設の現場にやってきたアウレータが、現場のいすみに話しかける。
「そうですね。あと1ヶ月ってところでしょうか?」
建設を請け負っているゼネコンのヘルメットを脱いで、いすみが答える。
ちなみに、この現場では安全管理は発注したゼネコンの規定に基づいており、ヘルメット、安全帯着用で工事を行い、〈安全魔法〉は使っていない。
ラジオ体操もやっているが、<スタンプカード>の発行は行っていないため、一時は勘違いした王都の住人が集まってしまい、この現場ではスタンプカードの発行はやっていないことを説明するのが一苦労だった。
「怜奈、レ・ブン商会に行ったそうね。」
「・・・そうみたいですね。詳しい経緯はわからないんですが、アウグストさんがらみの案件を解決した手助けを ミモザ・アースという女性の方にしてもらったそうなんですが、アウレータさんはご存知ですか?」
「そうねえ・・・。」
いすみの問いかけに、アウレータは、かたちのいい眉をしかめて、考え込む。
「レ・ブン商会の、幹部クラスの名前なら、大体知ってるはずなんだけど、そんな名前の女は聞いたことがないわね。」
アウレータはいすみにすすめられた、パイプ椅子に座って答える。
「でも、この時期にこっち陣営の怜奈を引き込んだってことは、狙いがあるはずだし、玲奈のことをよく知っていないとできない手口よね・・・。」
度重なる、怜奈からのアプローチを受け続けていたアウレータは、玲奈の移籍は、仕組まれたものに違いないと、衛兵の調査班に調査をさせている。
◇◇◇
六代総理大臣をはじめとする、日本国の代表団は、桜井に伴われ、異世界に再び足を踏み入れた。
「お疲れ様です。六代総理。」
王都に入ったところで、いすみが六代達を迎え、マイナミ自警団に護衛され、マイナミ商会にやって来た。
六代をマイナミ商会一同が迎える。
「本当によくやってくれました。」
六代はマイナミ商会一同と一人一人握手を交わす。
「あなたたちのおかげで、領事館の落成を迎えることができた。本当に感謝しています。」
「トランテスタ王国の皆様も、今まで、ありがとうございました。」
マイナミ商会員一同の後ろに控える、ペペや、アウグスト、メテオス、シェーデルを始めとした、ドワーフ達といった、異世界のメンバーにも、六代は労いの声をかける。
彼が異世界に来たのは、領事館完成の落成式に出席するためだ。
このあと、レイオット王、アウレータも出席する落成式に出席する予定だ。
マイナミ商会のめでたい日とあって、王都の人々も、お祭り騒ぎになっている。
広場には出店が立ち並び、あちこちで空砲が打ち鳴らされる。
「これで俺たちの仕事もようやく終わりだな。」
田尾が華江に言う。
「ええ、そうですね・・・。」
玲奈が出ていって以来、華江は落ち込みを隠せない。
仕事はいつも以上に、きちんとやっているが、彼女のいつもの快活さは見えない。
怜奈に去られたことに加え、自分がよかれと思ってやって来たことを全否定されたことが、どうしようもないくらいの焦燥感を彼女に与えている。
「ねえ、華ちゃん。あっちこっちに屋台が出てて、いろいろ美味しいものがあるみたいだから〈女子会〉のメンツで飲みに行くんだけど、一緒に行かない?」
あかりが華江を誘うが、
「すいません、あかりさん。明日の落成式の準備がまだ残ってるんで・・・。」
笑ってるのか泣いているのか、今までの華江であれば、見せないであろう、複雑な表情で、華江は領事館の現場に向かっていった。
◇◇◇
「ありゃ、重症だね。」
〈女子会〉の席でジョッキを片手に、メテオスが呟く。
「そうね。今まで、自分がよかれと思ってやってたことを全否定されたんだから、無理もないけど。」
デルの実をかじりながら、あかりが言う。
「あたしがもう少し、あの
やけ酒のように、カップを開けながら、ぺぺが嘆く。
「いえ、もとはといえば、私が病気の子供の治療なんかを、畑違いの怜奈に頼んだことがきっかけでした・・・。」
運ばれてきた長瓶に入った蒸留酒に手をつけることなく、いつものように、無表情で、アウグストが言う。
怜奈の嗜好のせいで、なんとなく距離を置いている姿勢をとっていた女性陣だが、いざ、いなくなってみると、彼女の近すぎる距離感が、今ごろになっていとおしくなってくる。
「いい子だったんだよねえ。」とぺぺ。
「いい子だったよ。」とメテオス&あかり。
長瓶をひっつかみ、一気に空けて、「いい
今日の〈女子会〉はため息しか出ない。
◇◇◇
「これで、王宮の<
「ありがとう。怜奈。」
王宮と、最近、怜奈が手掛けた案件の魔法術式。<
「ねえ、ミモザさん。これで、王都の建築行政ってほんとうによくなるんですよね?」
確認するように、怜奈は問いかける。
「もちろんですよ。これでマイナミ商会とレイオット王に牛耳られて、おかしな方向に進んでいた、この国の建築行政を正すことができます。これはそのために必要な資料なのです。」
「それは、そうなんですけど・・・。」
これはマイナミ商会や、今まで、よくしてくれた王宮の人たちへ裏切りではないのか。と怜奈は自問自答する。
「大丈夫です。怜奈はわたしを信じてくれれば、それでいいんです・・・。」
そういうと、ミモザ・アースの手が、玲奈の腰に廻される。
「!」
その後の彼女からの行為への期待で、怜奈の後ろめたさは、消え去っていく・・・。
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