第98話 臀部
「しゃべ――!?」
喋った!?
と、呑気なただの感想を言いかけて、あたしは口をつぐんだ。
ここは技術の国ネトリール。
機械が喋ったからと言って、いちいち驚いていられない。
それよりも、あたしが口をつぐんだ理由は、目の前の機械が、おもむろに、なんの脈絡もなく、拳を突き出してきたからだ。
以前のあたしなら、このよくわからない行動に対し、正面から突っ込んでいっていた。けど、おにいちゃんの付与魔法がかかっている状態ならともかく、いまの状態で
「――だったら……!」
あたしは身を屈めると、すこし助走をつけ、機械めがけて正面から突撃した。
……やっぱり。
これが人間とか、魔物だったら多少怯んだりするんだけど、やっぱり機械はそうもいかないみたい。だけど、あたしの狙いは
あたしはさらに身を屈めると、その勢いのまま、すべり込むように機械の股下をスライディングで
あとはこのまま、背後に回り込んで対処すればいい。
……だけどこの機械、振りかぶるでもなく、なぜ拳を突き出していただけなのだろう? 警告のつもりだったのだろうか?
でも、警告はもうすでに――
そう考えた次の瞬間、背後からドズン、とおなかの底まで響いてくるような重低音が鳴った。あたしは急いで振り返ると、すぐさま背後を確認した。
「え――!?」
その破壊力に、おもわず息を吞む。
機械の背中に隠れて、何が起こっているか、その詳細までは確認できなかったけど、今いる操作室のおよそ半分が吹き飛んでいた。まるで突貫工事でも行ったかのような巨大な穴が、壁にぽっかりと開いていた。
これも、魔法の類か何かだろうか?
あんな攻撃を受けていたら……考えただけでゾッとする。なんだかよくわからないけど、避けていて助かった。
……なんて、安心している場合じゃない。
まずは、この機械を止めなければ。そのためには、故ジョンさんから授かったこの警棒で、まず、あたしの認識を変えるところからだ。
「え、えっと……」
あたしはしばらく、手元の警棒を見ながら、あれこれと考えを巡らせてみた。
――けど……何も思い浮かばなかった。
「あ、あれ……? えっと、どこ押してたっけ……な、なにもわからない……!」
そうやって、あたしがモタモタと狼狽えている間に、機械がゆっくりと振り返る。
そして、あたしから見て右。
機械は振り返ると同時に、その巨大な手で、あたしの体を捕まえようとしてきた。
だけど、それは見てからでも対処できる。
あたしは先ほどと同じように、機械の股下を潜り抜けて回避した。
……なんだろう。
股下を潜り抜けるとき、機械とはかなり接近はしている筈なんだけど、警棒の機能が発揮しされている感じがしない。
これは……えっと、どういう事なんだろう?
操作方法が違うからかな?
うん。
考えてもさっぱりわからない。
だったら、もう、当たって砕けてもらうしかない。この機械に。
「な、なるようになってください!」
何故か口を突いて出た敬語。
半ばヤケクソになったあたしは、持っていた警棒を振りかぶると、思い切り、機械の臀部(局部)に突き立てた。
警棒は風魔法の加護を受けていたので、メタリックなボディに、面白いようにズブズブと沈み込んでいった。
「ど、どうだ……!」
深々と警棒が突き刺さっている臀部からは、バチバチと電流が流れている。
それはまるで……ううん、今言うべきことじゃない。自重しよう。
というか、元々動きが緩慢だったから、違いがよくわからない。
止まった……のだろうか?
おしr……臀部に警棒を突き立てることで、あたしに対する認識を変えられたのだろうか?
機械は、ゆっくりとした動作でこちらを振り返ると……あたしの顔をじっと見つめてきた。
そして、おもむろに腕を振り上げると……拳を握り……そのまま……振り下ろしてきた!
「きゃあ!?」
おもわず声が出てしまうほど危なかったけど、辛うじて避けることはできた。
……けど、今度は一発だけではなく、何度も何度も、あたしめがけて拳を振り下ろしてきた。
ズガン、ドガン、ズガン、ドガン。
拳が床と激しく接触するたび、床が拳の形に抉られていく。
やっぱり止まらなかった……というか、さっきよりも拳を振り下ろす速度が速くなった気がする。相変わらず機械は無表情だけど、もしかしたら、怒っているのかもしれない。
そもそも、おしr……臀部に警棒を突き立てられて怒らない人なんて、まずいないよね。まあ、機械は人じゃないけど……。
でも、これで少なくとも、『あの機械の認識を変えることは出来ない』という事がわかった。
こうなってくると、もう、正攻法で倒すしかなくなってくるけど……どうだろう。
確かに攻撃に破壊力はある。
だけど、その動きは直線的で、緩慢で、読みやすい。
あとは、あの装甲をどうやって破壊するかだけど、装甲自体をあの警棒で突き立てられるなら、鎧の隙間を狙えば問題なく刃は通る。
……うん、そこまで難しい事じゃない。
それに、この機械を破壊さえすれば、ヴィッキーたちの救出も格段にやりやすく――
ピタ。
突然、拳の嵐が止まる。
もしかして、今頃になって、その、突き刺さっている警棒が効いてきたのだろうか?
それとも気分が悪くなってきたとか……?
――いや、違う。
さきほどまでとは、まるで感じが違う。
あたしが、機械から受けるプレッシャーの量が、倍になった気がする。
『侵入者ノ脅威レベル、最大ト認定。サプレッションモードヘ移行シマス。周囲ニイルネトリール人ハ直チニ避難シテクダサイ』
「……え?」
機械は一方的にそう告げると、視界から一瞬にして消えてしまった。
そして次の瞬間、あたしの背後へと回り込んできていた。
「……くっ!?」
あたしはその場で前転回避をして、機械との距離をとったが――
ドズン……!
再び、さきほどの轟音が鳴り響き、風圧のようなものがあたしの背中をドンと押す。あたしは体勢をくずすと、這いつくばるようにして、べたっと床についてしまった。
はやく立ち上がらなければ、やられてしまう。
あたしは腕に力を込め、急いで立ち上がると、後ろを振り向――
「いない……!?」
壁を破壊され、部屋が多少広くなったとはいえ、あれほどの巨体を見失うはずがない。
しかし、上下左右……いくら部屋の中を見回しても、確認できるのは、機能していない壊れた操作盤や、配電盤などの雑多な機械のみ。あの機械は、またしても視界から忽然と姿を消したのだ。
……どこだ?
早く見つけなければやられてしまう。
だけど、あたしには機械を視認することすらできない。
もしかして、今も目で追いきれないほどの、超高速で動き回っているのだろうか?
そうなってくると、これはあの
そのうえ、なにかよくわからない、ものすごい破壊力のある技もある。
うかつに動いて攻撃されれば、それこそ、一巻の終わりだ。
一応、さきほどの攻撃は躱す事が出来たけど、はっきり言ってまぐれに近い。
何度もあれを躱し続けられる自信は、正直言って、あたしにはない。
でも、だからって、ここで諦めるわけにもいかない。
考えるんだ。
おにいちゃんみたいに頭を使って。
おにいちゃんはまずこういう時、必ず敵を観察していた。
だから、あたしも敵を観察………………したいけど、そもそも敵が見えない。
「うう……」
あたしの口から、おもわず情けない声が洩れる。
こんな敵が現れるなら、どう対処するか、あらかじめおにいちゃんに聞いておけばよかった。
せめてこんな時、おにいちゃんが二人いてくれたら心強いんだけど……て、ダメだ。おにいちゃんはあたしのせいで怪我をしてしまったんだ。これ以上、おにいちゃんに負担をかけたらダメ。おにいちゃんが二人いたらなんて……いたら……なんて……。
二人……いる……?
そういえば、もし本当に機械が高速で移動しているなら、それなりに音が出るはず。
なのに、今聞こえるのはブザーの音だけ。
たしかに他の音が聞こえづらい状況ではあるけど、あれだけの巨体が高速で移動しているのだ。それなりの音が聞こえてきていても不思議じゃない。
むしろ、聞こえてこないと色々とおかしい。
それが聞こえてこないとなると……やっぱり、確かめてみるしかない。
あたしは使い慣れた剣の柄を握ると、ゆっくりと鞘から引き抜いた。
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