第95話 下水を征く
ネトリール中央発電所。
ここではネトリール全域で使用されるエネルギーの生産、供給を行っている。
巨大な浮島、ネトリールのエネルギー供給を、一手に担っている施設だけあって、その規模は相当なものだった。施設内には使途不明な巨大機械群が乱立しており、お腹の底に響くほどの重低音が、絶えず施設の外部にまで漏れ出ていた。その他にも絶え間なく蒸気を噴出している機械、線のようなものが張り巡らされた機械等々、あたしの理解が追い付かない機械たちが、遠目からでも確認できた。。
一方で、セキュリティの方面もかなり徹底されていた。
施設の周囲は高い網のフェンスで囲まれており、そのフェンスにひとたび触れれば、一瞬で黒コゲになってしまうほどの電圧が
当然、消し炭になるのは嫌だったので、あたしと鼻に詰め物をしているジョンさんは別のルート――つまり、地下からの侵入を試みていた……はずだったんだけど……。
「……ジョンさん……! なんですか……ここ……!」
「なにって、下水道ですが……なにか?」
ジョンさんはあたしの問いに、トボケた表情でそう返してきた。
下水道。
現在、あたしたちは発電所地下にある円筒状の下水道内を歩いていた。
正攻法で入れないのなら、こういった場所から入るしかない……というのはわかるけど、ここまでの悪臭はさすがに想定外だ。
鼻孔から脳髄までを貫くような悪臭が、辺りに充満している。
鼻を強くつまんでも焼け石に水。
目を3秒以上開けていると、じわりと涙が染み出すほど。
幸い下水道内には、左右に人ひとりが通れるほどの道が確保されているため、下水の中をザブザブかけ分けて進むという行為はしなくていいんだけど――
「これ……けほ、けほ、……通風孔とかからのほうがよかったんじゃ……?」
「いえ、これで丁度良かったんですよ」
「は? 丁度いい? 何がですか?」
「丁度今、何故かオレの鼻からは赤い絵の具が出てますからね。嗅覚が縛られているんですよ。だからオレはこうして、平然と下水道内を歩くことが出来るんです。この機会を逃す手はないでしょう?」
「……怒ってるんですか?」
「いいえ? 貴女があの後、パトリシアさんを呼びに行き、パトリシアさんと貴女が戻ってきたとき、オレのこの情けない顔を見て『へ……変態! ユウさんに何をしたんですの!?』と罵られたことについては、なんとも思っていませんよ」
「思い切り根に持ってるじゃないですか……。それに、臭いを感じないっていっても臭い自体がなくなるわけじゃないですから、あとで服が臭くなっても知りませんからね」
「構いません。どうせ今後も鼻は使えないでしょうから」
「なんでそんな拗ねてるんですか……。というかあたし、そこまで力込めてませんけど」
「それは貴女の裁量の問題でしょう。あなたは大した力を込めていなくても、現にオレはこうして負傷したわけですから」
「負傷って……鼻から絵の具を出すことが負傷って言うんですか? それはおふざけと言うんです」
「こ、このアマ……!?」
「とにかく、あたしの服に悪臭が染みついて、おにいちゃんに『臭い』なんて言われたら恨みますからね」
「大丈夫です。貴女のおにいさんはもう目を覚まさ――」
ジョンさんが言いかけて口をつぐむ。
どうやら、あたしの握りこぶしが視界に入っていたようだ。
「覚まさ……なんですか?」
「あー……こほん。シー!」
突然、ジョンさんが人差し指を唇に当て、『黙れ』というジェスチャーを送ってくる。
あたしはとりあえずその指示に従い、出かけていた言葉を飲み込んだ。
ジョンさんはこの下水道の先、曲がり角に視線を送っている。
……なんだろう。
おもわず指示に従ってしまったけど、こんなところで立ち往生している暇はあたしたちにはない。
ジョンさんも勿論、それはわかっているはず。
それでもここで立ち止まっているということは……追手か何かだろうか?
そういえばジョンさんが、発電所の周りにいる兵士の数が多いって言っていた。
……ということは、あたしたちが牢屋から脱獄したことがバレたのだろうか……?
「ユウさん。なるべく足音を立てず、そーっとこちらへ来てください」
いつの間にか、曲がり角まで移動していたジョンさんが、ちょいちょいと、あたしに手招きをしながら小声で話しかけてきた。
あたしは小さく頷くと、挙動を最小限に抑えたままジョンさんに近づいていった。
「……なんですか」
「あれ、見えますか?」
そう言ってジョンさんが指さした先。
そこにいたのは――
「犬……?」
4足歩行で歩いている、犬のような生物……なのだろうか。
それが3匹。
しきりに地面に鼻を擦り付けるような動きをしている。
生物かどうかに疑問を持ったのは、ちょっと見たぐらいではわからないけど、なんというか……あの3匹からは生気が感じられなかったからだ。
地面に鼻を擦り付け、頭を左右に3度振り、ぐるぐると同じ場所を巡回する。
そんな決められたルーティーンを、犬が、ただ淡々とこなすことが出来るのだろうか……と思ってしまったからだ。
勿論、訓練をすればある程度までは、命令し、実行させることが出来るかもしれない……けど、あの動きには無駄が
生物がする無駄な動きの一切を排除し、『効率』のみを突き詰めたような、そんな動き。
もしかしてこれは――
「どうやらあれは、機械で出来た番犬ですね」
「機械の……」
「ええ。犬のようにも見えますが、動力は完全に電気だと思います。生物ですらない。それと、外部から命令を受け取る機関も見当たらない。ということは恐らく、あれは自律思考型の犬型機械ですね」
「じりつ……なんですか?」
「まあ簡単に言ってしまえば、ともかくアレは犬のようなものです。姿形こそ多少の差異はあれど、根本的には同じような物です」
「どういう意味ですか?」
「番犬というのは、外部からやってくるイレギュラーに対しての防犯装置。セキュリティです。あの機械も恐らく、こうやって侵入してくる者に対しての抑止力として置かれているのでしょう。そういう意味では、本物の犬とは大差はない……んですけど」
「どうしたんですか?」
「決定的な違いがあるのなら、付け入る隙が有るか無いかです」
「……というと?」
「そうですね。生身の犬であれば懐柔や誘導等が出来るのに対し、アレはあくまで機械。感情を持たず、ただ命じられた事にのみ従う。悪く言えば、融通が利かない。よく言えば、与えられた命令をエネルギーが尽きるまで完遂するということ。ちなみに、あの一連の
「では、こちらから先に仕掛ければ……?」
「それは厳しいです。敵は機械だ。普通の犬や犬型の魔物と戦うのとは勝手が異なる。そして何より、それで仲間を呼ばれでもすれば、よりややこしくなる」
「だったら喉笛を潰せば……」
「機械に喉笛はありません。それに、たとえ発声器官を潰したとしても、無線か何かを使われれば意味がないですからね」
「じゃあ、どうすればいいんですか?」
ジョンさんはあたしの問いに少しだけ、間を空けて考えるような素振りをすると、おもむろに口を開き――
「……認識を歪ませます」
「認識……? ということは、あたしたちを敵じゃないと思わせるとかですか?」
「さすが察しがいいですね。その通り。オレたちをあの機械に
「でも……どうやって? あの機械犬には近づくことすら難しいんですよね?」
「なに、簡単な事ですよ。コレを使うんです」
そう言ってジョンさんが取り出したのは、さきほどの戦いで騎士から奪取した警棒だった。
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