第94話 元を断つ
「あの、ちょっと待ってください。それは今、ネトリールの四方に張り巡らされているという魔法を無力化する機械は、『ネトリールにいた魔法を使える地上人を触媒として設計されている』……という事ですか?」
「オレの予想が正しかったら。という話ですが……順序立てて考えていけば、この結論はまず間違いないでしょう。すこし……いえ、かなりえげつないですが、やれないことも、そうさせる動機もあります。不思議な事じゃありません」
「だったら、パトリシアさんを退室させた理由って……?」
「そのことですか。……それについては、勘違いしないでいただきたい。たしかに、貴女の考えていることはわかります。しかし、ここに至るまで、オレは何度かパトリシアさんに対しゆさぶりをかけていました」
「ゆさぶりって……?」
「まあ、色々ですよ。『何も知らないフリをしてトボけているのではないか』とか『オレたちを一網打尽にする為に演技をしているのではないか』等々ですよ」
「じゃあ、つまり……」
「ええ。パトリシアさんは間違いなくシロです」
「シロ……」
「はい。彼女は本当に何も知らないでいる。人柱機械についても、このネトリールの現状についても……そして、地上世界の事についても。なぜ
「りよ……?」
「いいえ、何でもありません。つまり、オレなりの気遣いですよ。パトリシアさんのあの様子を見たでしょう? いま、パトリシアさんに真実を告げてしまうと、大なり小なり精神に傷を負うことになる。そんな状態でこの状況を切り抜けられるほど、パトリシアさんの精神が強そうに見えましたか?」
「い、いいえ……?」
「この戦いが簡単そうに見えましたか?」
「いいえ……。でも――」
「それは、いずれパトリシアさんも真実を知らなければなりません。ですが、それは今じゃなくてもいい。いずれ負う傷なら、立ち直りやすい時期を見定めればいい。ただその時期が今じゃないと思った。……それだけです」
「は、はぁ……」
なんということだろう。
普通じゃない。
言葉がうまく出てこない。
ネトリールの人たちがまさか、
――ということは、アーニャがあたしたちのパーティを離脱した理由って……。
ううん。
ダメだ。
滅多なことを考えちゃいけない。
おにいちゃんが連れ戻すって言ったんだから、アーニャを連れ戻すのは絶対にやらなくちゃいけない事。
アーニャを連れ戻せと言われたら連れ戻す。そこに疑問や議論を挟む余地はない。
たとえアーニャがどんな考えを持っていて、どんな事をしていたとしても、あたしはおにいちゃんの意志を何よりも優先する。
だから、あたしがまずやるべきこと。
それは――ヴィッキーを救い出す事。
そのためには、あたし以外の戦力を確保する必要がある。
つまり、ジョンさんの魔力を取り戻すことだ。
「さて、パトリシアさん談義はこのくらいにしておいて、本題に移りましょう」
「本題……ですか……?」
「ユウさん、あなたはあの腰抜……ユウトを救いたい。そして、現在進行形で死にかけている、ヴィクトーリアとかいうネトリール人も救いたい。そうですよね?」
「はい」
「だったら、オレの作戦に協力してもらえませんか?」
「作戦……ですか?」
「はい。……ああ、いえ。そんな不安な顔をしなくても大丈夫です。決して、危険なことではないので」
「そ、そんなにあたし、不安そうな顔してました?」
「ええ。初めて見た時より、だいぶ
「な……!? 亡くなっていません! 大怪我を負っているだけです!」
「グハァッ!?」
熱いものを触ったら思わず手を放してしまうように、ほとんど脊髄反射に近い速度であたしの手が出る。勢いよく、それでいて体重の乗ったあたしのパンチが、ジョンさんの顔面を綺麗に捉えた。
「あ! ご、ごめんなさい!」
「ぐぉ……っ! な、ないすぱんち……!」
ジョンさんは苦しそうな表情で鼻を押さえている。
心なしか、指の隙間から、ぽたぽたと赤い液体が滴っているような気がするけど、たぶんあれは絵の具か何かだろう。そういうことにしよう。あたしは悪くない……と思いたい。
「と……というか、そもそも、ジョンさんも悪いんですよ……!? おにいちゃんが亡くなったなんて言って……! だから、鼻から絵の具なんて……!」
「え……絵の具……!? と、ともかく、これからはアイツの軽口は言わないようにしましょう……それで、話を戻しますが――」
「……鼻血を出したまま続けるんですね……。ああ、いえ、絵の具でしたね。なら、なんの問題もありませんね」
「……話を続けても?」
「どうぞ?」
「協力してほしい作戦というのは……まあ、作戦と呼ぶほど大仰なものではないのですが、ユウさん、あなたには人柱機械の機能を停止させてもらいたい」
「……言いたいことはわかります。たしかに人柱機械を破壊すれば、ジョンさんが魔法を使えるようになって、戦力は増えるでしょう。ですが……パトリシアさんの話では、
「ええ。我々でひとつずつ破壊していけば、早くても今日の昼……最悪、一日以上はかかるでしょうね」
「はい。だから――」
「ですが、オレが言ったのは
「……どういう意味ですか?」
「そのままの意味ですよ。ここはオレたちがいる魔法の世界とは違って、科学が支配する世界です。当然、人柱機械も魔法ではなく科学で動いている。電気や、それに準ずるエネルギーを糧として動いている。だったら、そのエネルギーの供給源を断てばいい。動かせなくすればいいんです」
「なるほど。手足を
「な、なんですか、その物騒な例え方は……。ですが、概ねその通りです。つまり、オレたちが狙うのはひとつ。ネトリール全域のエネルギー供給を担っている電力炉。そこを叩きます」
「そこを活動停止させれば……?」
「はい。オレの魔力が復活します。……その後でいいのであれば、オレの魔法でここのやつらを蹴散らせます。死刑寸前のお友達を助けることも容易いでしょう」
表情、仕草からも、ウソを言っている雰囲気は感じ取れない。それに、あたしがあの兵士たちと戦ったあとでのこの発言だ。……ということは、この人はそれほどまでに、自分の魔法に自信を持っているという事。
頼もしいと思う反面、その状態だと、いつ手の平を返されるかわかったもんじゃない。
戦力として信用できるかもしれないけど……警戒は怠らないほうがいい。
「……ちなみに、その場所はわかるんですよね?」
「もちろんです。以前、ネトリールについて調……観光している時に、色々と聞かされましたからね。主要地域や施設の類は織り込み済みです」
ジョンさんはそう言って、こめかみをトントンと、ドヤ顔でつついてみせた。
あたしはその仕草に多少の不快感を感じながら「わかりました。今すぐにその施設へ向かいましょう」とだけ答えた。
……あたしがその受け答えをした時、一瞬だけジョンさんの顔が歪んだ気がした。
――――――――――
読んでくださり、ありがとうございました!
モチベーションアップにもなるので、よろしければ評価や登録していただけると嬉しいです!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます