第91話 K.B
飛びかかってきたほうが持っていたのは一見すると、ただの警棒にしか見えない。
俺の隣にいたユウはすでにこれを迎撃すべく、敢然と立ち向かっていった。
俺は俺で、腰に差してあった拳銃を抜こうとするが……、その瞬間その騎士の腰に、拳銃が差してあるのが見えた。
……なぜだ?
なぜ警棒なんだ?
この対面、魔法が使える分、ユウが圧倒的に有利に立っていると思われる。たしかに相手の動きは素早く、明らかに素人ではないとわかるが、それと同時に、洗練されたものでもないと感じてしまう。
ビーストの攻撃や、
あれと比べてしまうと、どう見ても見劣りしてしまう。敵の一連の動きが、児戯が如き、幼稚に見えてしまう。
振りかぶって、振り下ろす。
ビーストや筋肉ゴリラならまず、振りかぶらない。
その理由としてはふたつある。あの一匹と一頭には、そのような予備動作などなくても、十分威力が出せるから。それと、そんなことをしてしまえば、敵に攻撃の軌道を読まれ、反撃するチャンスを与えてしまうからだ。
故に、あの一匹と一頭は、そんな動きはしない。
一瞬で間合いを詰め、一瞬で蹴散らす。それがあいつらの戦闘方法。
しかし、目の前の
たしかに相手からすれば、ユウが魔法を使えるなんて知らないだろう。
……だけれども、だ。
だからといって、それが拳銃を使わない理由になるのだろうか?
俺だったら、ここは絶対に警棒で殴りかかったりはしない。
迷わず、腰にある拳銃で攻撃するだろう。
そしてもちろん俺にでも避けられるのだから、ユウが避けられないはずがない。現にユウは、もうすでに、相手の警棒を受け流す構えを取っている。
このままいけば、警棒で顔面を砕かれるのは、ユウではなく目の前の騎士のほう。
あとはこいつの後ろにいる、すこしお喋りな騎士をゆっくり処理すればいい……はずなのだが……、どうもあの警棒からはなにか、嫌な感じがする。
なんのロジックも明確な根拠も、ましてや、アイツの使っている警棒について、詳しくわけでもない。
あえていうなら、俺の経験則からくる警鐘。
あいつの振りかぶっている、あの警棒。
あれはなにか
「……くッ!!」
しかし、時すでに遅し。
俺の言葉は、アイツの警棒よりも速く、あいつの耳へと到達できない。
仮にここで「避けろ!」や「受けるな!」などと叫べば、俺の言葉に気を取られたユウが、直撃を喰らってしまいかねない。
なら、ここで俺のとる行動はひとつだ。
警棒の一撃をもらう覚悟で、ユウの腰を蹴飛ばす方法。
「あぶねえ……!」
俺はそう叫ぶと、左脚を軸に身を反転し、ユウの横っ腹より下。
俺の貧弱な蹴りでも、痛くなりそうにない部分を押すように蹴った。
「え――」
案の定、ユウは思わぬ方向から来た蹴りに、戸惑いの声を上げる。しかし、俺はそれでも構わず、ユウを思い切り蹴り飛ばした。
体重が軽いのが幸いしたのか、火事場のバカ力なのか、ユウの体は、俺が蹴った方向へ大きく飛んでいった。
これでなんとか、あいつを妙な攻撃から避難させたわけだが、敵の攻撃は未だ続いている。
警棒の軌道上には、ユウを蹴り飛ばした俺の脚が残っていた。
急いで脚を引っ込めようにも、この態勢でそんな芸当が出来るはずがない。
自分の脚を強化しようにも、自身には付与魔法は使えない。
というか、いまはそもそも魔法を使えない。
だったらどうするか?
……どうしようもない。
ユウを助けたんだ。そのうえ、俺まで助かろうってのはさすがにムシがよすぎる。
脚の骨が折れるか砕けるか……、どのみち無事では済まないだろう。
そうこうしている間にも、警棒は俺の脚に迫っている。
覚悟を決めろ。
せめて、どんな攻撃かは知らないが、覚悟を決めればなんでもでき――
バツン!
という音が俺の脳内に響き渡る。
まるで太い縄を、特大のはさみで一気に裁断したような鈍い音。
その音が俺の脳を揺らし、何度も何度も目前の事が事実であると告げてくる。
俺の脚は、警棒によって切断されていた。
切断された俺の脚は宙を舞うと、そのまま地面を転がった。
警棒……棒だぞ? 刃物でなければ、切断用の武器でもない。
だが事実、俺の脚は俺の体から離れたところに転がっている。
どういうことだ……?
いや、これは……魔力か……?
微かにだが、あの警棒から魔力の残滓が感じとれる。
ということは、いま、ネトリールで俺たちが魔法を使えないのは――なるほど、すべてに合点がいった。早くこの事を、ユウかクソ魔術師に伝えないと……。
でも、思うように声が出ない。
というか、さっきから悲鳴……が聞こえる。
誰のだ……?
ユウではない、パトリシアのものでもない……クソ魔術師が悲鳴なんか上げるわけがない。だったら、これは……俺のか……。
ダメだ。
意識が――せめて――
◇
~ユウ~
突然、腰に重い衝撃があり、体が宙に浮いたかと思っていたら、おにいちゃんの脚があたしの目の前を転がっていた。
脳が視覚から入ってくる情報を遮断しようとするが、嗅覚が、聴覚が、それを許さなかった。
響き渡っているのはおにいちゃんの悲鳴。
鼻孔をつくは、血の臭い。
嗚呼、
あたしは
そこまで考えたところで、あたしの視界が黒ずんでいく。狭まっていく。沈んでいく。ずんずんずんずんと、深みへとはまっていく。
またあの時みたいに――
「ボケーっとしないで、立って、戦ってください」
あたしを呼ぶ声。
沈みかけていたあたしの意識を、どこかの誰かが掬い上げてくれる。
顔を上げてその声の主を見るけど……わからない。だれだっけ。
あたしたちにずっと付いてきていた人なのはわかる。だけど正直、おにいちゃん以外の男の人に興味なんてなかったから、名前も聞き流してた。
「……えと……、誰……ですか?」
だからおもわず、その言葉が口をついて出た。
「ハァ……。やれやれ、ほんとうにあなたがたは、どうしようもないですね……。ともかく、二度目の自己紹介は後回しです。まずはあの二人を倒しますので、手を貸してください」
「二人……?」
二人って……だれ……?
その人に問いかけようとして、あたしは言葉を飲み込んだ。
まとまっていなかった――さっきまでバラバラだった考えが、段々とまとまってくる。
そうだ。
あたしはあの二人を倒そうとして、それで、おにいちゃんに助けられて……それで、おにいちゃんはいま――
「へへ、まずは一人だな」
おにいちゃんの脚を切断した騎士が、不快な笑みをこぼしながらおにいちゃんを見下ろしている。その光景に、グツグツとはらわたが煮えくり返っていっているのがわかった。
「その人に、触るな――」
あたしはそのままその騎士に突っ込もうとするが、一緒に付いてきてた人に道を塞がれた。そしてその手には警棒を持っていて、先端はあたしに向けられていた。
「邪魔しないで! あいつがおにいちゃんを!」
「落ち着いてください。いまこの状態で、あなたまで戦闘不能になってしまえば、俺の身の保証は誰がしてくれるんですか」
「知りません! いいからそこをどいて――」
「第一、いま突っ込んでいっても、頭に血が上った状態で、あの二人に相手に勝てるワケがないでしょう。そこに転がっているバカは、貴女をかばって死んだのです。貴女がここで冷静にならなければ、あのバカは浮かばれません」
死んだ。
その一言で、視界から色が消え失せる。白黒になり、チカチカと点滅する。
口が渇き、脚は震え、呼吸が乱れる。
それでもなんとか、おにいちゃんの体を見ようとするが……見ようとするが――その肩は微かに上下していた。
辛うじて生きている。
「し、死んでません! まだ、生きています!」
「……チ」
「い、いま、舌打ち……?」
「いえ、どのみちあの出血量です。もう助かりません」
「助けます!」
「どうやって?」
「見様見真似で、治癒魔法を使えます。なんとか応急処置なら――」
「ダメです。いまあのバカは、騎士の足元に転がっている。そんなところへ駆けつけたら二次災害を引き起こしてしまいます」
「いまはそんなの関係ない! あたしはおにいちゃんを、それであの二人を――いたっ!?」
あたしに突きつけられている警棒をどかせようと、その警棒を勢いよく掴むが、手に鋭い痛みが走る。
見ると、手のひらに刃物で切られたような、赤い一文字傷が入っていた。
傷が入った手のひらからは、ぽたぽたと血が零れ落ちた。
「すこし、頭が冷えましたか? いま、ここであなたが命を落とせば、それこそあのバカは助かりません。そして、この状況を打開できるもの。そう。これが、敵の攻撃の正体。魔法です」
――――――――――――――――
ここまで読んでいただきありがとうございます。
ふと、一話前の話を読んだのですが、終盤のほうに取り返しのつかないミスを発見したので、急いで修正させていただきました。
混乱させてしまって申し訳ありません。(というか、後で読み返してみて誤字脱字が多すぎるということに絶望しました。いちおう何度も読み直しているのですが、そのたびになにか発見してしまう…)
ここでお知らせというか、現状報告というか、更新間隔が長くなっている現状について説明をさせていただきますと、これは単純に忙しいからです。
はい。
ほんと身も蓋もないです。
更新を楽しみにしていただいている方には、本当に申し訳ないかぎりです。しかもこの忙しさ、じつはまだ少し続きそうなんです。決して、全裸で紅葉を鑑賞しているからとか、そういうことはないのですが、なんというかほんともうすみません。改善するよう心がけます。
とまあ、そういうわけで、前作(憑依転生)は九十二話で完結(?)しましたが、こっちはまだまだ完結しそうにありません。ですので、長い目で温かく見守っていただければ…と思っている次第です。ここまでありがとうございました。また次話よろしくお願いいたします。
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