第84話 吠える王女


「処刑!? ヴィクトーリアを!?」



 あまりに突然なことに、おもわず声が上ずってしまう。



「はい」



 無断で王女アーニャを連れ出していたのか、あいつは。

 それは、大事になるに決まっている。

 ……だけど、いくらなんでも、死刑はさすがにやりすぎだ。

 そもそも、ヴィクトーリアがアーニャを連れ出したのは、アーニャのためを想っての事。

 アーニャの体を元に戻したい。

 その一心で、ヴィクトーリアはアーニャを連れ、殆ど未知である地上世界へと旅立ったのだ。

 大した成果こそ上げていなかったとはいえ、それを責められる謂れはない。

 そしてなにより、旅を楽しんでいた。

 何はともあれ、ヴィクトーリアに対してこの仕打ちはあまりにも、あんまりだ。

 



「それで、その刑の執行は?」


「明日の早朝でございますわ」


「ちなみに、いまって、どれくらい……?」


「深夜の日の出前……、もうそんなに、時間はありませんの」



 ここに入れられてから、もうそんなに時間が経っていたのか……。

 たしかに、いつの間にか、この牢屋に陽光は差し込まなくなっていた。



「もちろん、わたくしはあなたがたに協力は惜しみませんわ。しかし、それもこれも、まずはアン様のご友人を救出してからです。ネトリールによる地上制圧は、まだ先……時間的には猶予がありますが、こちらのほうはありませんの。その前にどうか、お願いします」


「姫様。悪いですが、俺には関係のないことです。他をあたってくださ――」


「おまえは黙ってろ。王女様、もちろん俺だって、そのためには協力は惜しまない。けど……」


「けど……? どうかなさいましたか?」



 助けたいのはやまやまなんだけど、今の俺は魔法をまったく使えない。

 こんな状態では助けるどころか、むしろ、足手まといになってしまう。

 だったら、ここは少し遠回りしてでもやるべきことがある。



「あのさ、王女様。じつは俺たち、いま、魔法は使えないんだ……」


「魔法……ですか?」


「そう。あ、自己紹介が遅れたけど、俺たちは魔法使いで――」


「存じ上げておりますわ。えっと、ユウト様……でよろしかったですか?」


「そ、そうだけど……でもさっき……」


「も、申し訳ありません。名前は伺っていたのですが、こうしてご本人を拝見するのは、初めてなので……、それに、アン様のお話に出てきたユウト様とは、姿形が一致せず……」


「そ、そうなんだ。ちなみに、アーニャからはどんなふうに聞いてたの?」


「えっと、頼りがいがあって、優しくて、妹さん想いで……」


「まじかよ。その通りじゃないか」


「……ユウト。あなた、その人に洗脳かなにかを施したのですか?」


「なんでだよ! ありのままの俺じゃねえか! ……ていうか、アーニャはいまここにいるってことでいいんだよね?」


「はい。アン様は現在、ネトリールにて、とても大事な任務をこなされているところですわ」


「任務……?」


「はい。……あ、申し訳ありません。任務の内容については、私も知らなくて……」



 これでアーニャがネトリールに戻ってきていた、という事が分かったけど、任務……?

 任務ってなんだ?

 アーニャは、その任務のために帰ってきたのだろうか……。

 一緒に旅をしていた時は、そんなことは、何も言っていなかった。

 まあ、ここで考えていても、結論が出来るわけじゃない。

 けど、ヴィクトーリアを置いて、黙って出てくるくらいだ。

 かなり重要なことなのだろう。

 それに、いまはヴィクトーリアを助けるために、何かしらの行動は起こしているだ。

 だったら、俺も俺で行動するまでだ。



「話を戻そう。俺たちもいますぐ、ヴィクトーリアを助けたい」


「俺は別にどうでもいいのですが……」


「だけど、それだと、助けるどころか、コッチが逆にやられかねないんだ。魔法が使えない魔法使いってのは、それくらい脆い。だから、急いでいるのはわかるんだけど、ここは一旦、この原因を解明したい。つまり、魔法を使えるようにしたいんだ。いいかな?」


「はい。そうしたほうが動きやすいのであれば、そのようにしていただいて構いませんわ」


「うん、ありがとう。それでさっそくなんだけど、なんでネトリールで魔法を使えないかわかる? 前に一度来たときは、普通に使えてた筈なんだけど……」


「も、申し訳ありません。それは……私にもわかりかねます……」


「そっか……、じゃあ、質問を変えようか。ネトリールで一番、魔法に詳しい……魔法を研究しているような施設とかってあるかな?」


「す、すみません……わかりません……」


「えっと……、じゃあ……なんか、『魔法』について最近何か聞かなかった?」


「ご。ごめんなさい」


「そ、そうだね。……ここ最近、なにか変わったことはあった?」


「変わったこと、ですか?」


「そうそう。変わったこと」


「最近でしたら、その、私の体重がすこし増えたぐらいで……」


「え? ああ、ちがうちがう。そういうのじゃなくて、たとえば……そうだな。ここにはいま、地上人がいないけどさ、その人たちがどこに行ったか……とか?」


「ご、ごめんなさい……それも、わかりません……!」



 パトリシアはそう言うと、悔しそうに唇をかみしめて、ポロポロと涙を流し始めた。



「え、ちょ、え? なんで……?」


「ううっ、申じ訳ありまぜん……! 私、ごんなにも役立だずで……ひぐっ! 王女なのに、何も知らなぐで……! 不甲斐ない……!」


「い……いやいやいや! こうやって助けに来てくれただけで、すごい役に立ってるから! 俺たちだけじゃここから出られなかったから! だよな、ジョン!?」


「さあ?」


「そうなんだよ! ……ええっと……」



 どうする?

 この感じだと、本当になにも知らなさそうだし、これ以上なにか訊いても火に油。

 というよりも、泣きっ面に蜂。

 さらに追い詰めてしまうことになる。

 でもまさか、ここで泣かれるとは思ってもいなかった。

 はやく泣き止んでほしいけど、今この状態で外に出ていって見つかったら、問答無用で処されるだろう。

 魔法が使えない理由はわからない。最近起きた出来事もよく知らない。

 だとすればもう、ここは、奥の手を使うしかないか。

 すこし気乗りしないが、あいつを解き放つしかない……。



「あのさ、パトリシアちゃん?」


「はい……! なんで……じょうが……!」


「こことはべつに、女性用の牢獄があるとおもんだけど、そこに案内してほしいんだけど……、わかる? その場所?」


「了解じまじだ……! 案内じまず……!」


「あと、その……、泣き止んでくれると嬉しいかな……なんて」


「ゔゔ……、わがりまじだ……!」

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