第55話 みっちゃんは弟が気になります



「『ビト組三代目組長襲名披露』……、ねえ」



 ビト組本部前。

 門の横にある、装飾過多な立て看板をじっと見つめがら、みっちゃんがぽつりと呟いた。

 襲名披露――それにしても、早い。

 あまりにも早すぎる。

 みっちゃん失踪から、丸一日ほどだ。

 まるで――



「まるで、予めあたしが死ぬのが、わかってたみたいだね」


「だよね……」



 これも、テッシオさんのやったことなのだろうか。

 ということは、やはり、テッシオさんは本気でみっちゃんを……?



「ねぇ……あたしが、組長に就いてから、組の皆になんて言われているか、知ってる?」


「……マザー?」


「えー? はっはっは、ちがうちがう。呼び名とかそういうんじゃなくて、陰口的な事だよ」


「アネゴ、悪口言われてるんにゃ……」


「悪口じゃなくて、陰口ね。……うん。まあ、女だし多少はあるよ。保守的だとか、欲がない――とか、とにかく、ヤクザらしくないんだってさ。やってることが。……自警団みたいだって、言うやつもいる。……それで、ときどき、わからなくなるんだ。線引きってやつがさ。ずっと近くで、お父さんの背中を見てきてはいたけど、やっぱ見てただけなのと、やってみるのとは、ほんと、ぜんぜんちがくてねぇ……、周りのやつも、ああしたほうがいいかも、こうしたほうがいいかもって助言するよりも、女だから……とか、素質がなかったから……だとか、ハナからあたしを見てくれるやつは少なかった。失敗する前提でダメ出ししてきてた。……まあ、最近になって、何とか持ち直してきてはいるんだけど……、そんな折に、これだからねえ、参っちゃうよね、ホント」


「みっちゃん……」


「おっと、すまないね。……愚痴ぽくなっちまった。要するに、あたしが言いたかったのは、しびれを切らしたテッシオのやつが、ヒヨッコなあたしに、とって代わろうとしてるんじゃないか……、てことなんだよ。事実、ビト組がここまで大きくなったのは、お父さんとアイツの功績がデカい。だから、アイツがあたしのすっトロいやり方が気に食わないってのも、なんとなく理解できるし、アイツなら事実、あたしとはまた違った方向……本来の、ビト組があるべき方向に持っていける。アイツはそれができる」


「じゃあ、どうするにゃ? このままテッシオっておっさんに、ビト組を奪われていいのかにゃ?」



 以前の――数時間前のみっちゃんなら、どう言っただろうか。

 ただ、いまのみっちゃんにはもう、迷いなんかない。

 さっきのも、感傷に浸ってたのじゃなくて、ただの何気ない昔話だ。状況の整理……とでもいうのだろうか。

 みっちゃんは、いたずらっぽい表情かおをビーストに向けて、言い放った。



「……冗談! ビト組は、あたしのモンだ。誰にも渡さない。テッシオ派だろうがなんだろうが、全部まとめて、黙らせてやりゃあいいんだよ!」


「じゃあ……どうする、みっちゃん。このまま乗り込む?」


「いいや。それもまた一興だけども……、ここは一旦、冷静になって考えたほうがいいね」


「そ、そんな悠長なこと言ってる場合かにゃ! この場所を見るにゃ!」



 ビーストはそういって、俺たちの足元に、大量に転がっているヤクザを指した。

 みっちゃんは手に持っていた刀をブンと、勢いよく振ると、刀に付いた血と油を飛ばし、そのまま鞘に納めた。



「死屍累々。もうすぐ、騒ぎを聞きつけたヤクザがやってくるにゃ!」


「いーや、それはない。静かに殺ったし、なにより、助けを呼びに行こうとしたヤツらも斬り捨てた」


「でも、連絡が取れなくなったら……」


「それも問題ない。こいつらは連絡される・・・側じゃなくて、連絡する・・側だろうからね。見張りの交代でも行われない限り、このフザケた式が終わるまで、連中、気づかないだろうさ」


「にゃ……」


「……でも、意外だったのは、こいつら……、みっちゃんの顔を見ても、容赦なく攻撃してきたってところだよね。どうなってんの? みんな、みっちゃんのこと忘れたとか? 催眠状態とか?」


「違うね。こいつらは、ウチのモンじゃない」


「あれ、そうなの?」


「ああ。あたしはいちおう、組の皆の顔と名前憶えてるから、顔見たら一発でわかるんだよ。こいつらはビト組のモンじゃない……って」


「す、すごいな。組の構成員って、何百何千もいるだろ……それを全部って……、俺はもう、さっき会った人の名前さえ出てこないのに……」


「ははは……それはそれで、問題だとおもうけどね……」


「それにしても……どうなってんだ、これ。こいつらが全員、ビト組の構成員じゃなかったら、ビト組の人やテッシオさんはどこに……?」


「うーん……やっぱり、このまま乗り込むしかないかねぇ……」


「……どういうこと?」


「いや、じつはね。今回の事件、あたしの中ですでに、黒幕候補の可能性は三人いるんだ」


「三人?」


「ああ。まずひとり、テッシオ。これはさっき言ったね? その考えられる動機も」


「うん」


「で、つぎのひとりなんだけど。ほかの組のやつ……」


「それって、さっき俺が……じゃなくて、ビーストが殺した、あの組長?」


「にゃ!? あれはご主人の命令でやったのにゃ! ニャーに責任はにゃーよ!」


「黙れ実行犯。自分の意志で断らなかった、おまえが悪い」


「そ、そんにゃあ……」


「……話を戻すよ。あれは組長って肩書を持ってはいるが、あたしらんトコにちょっかいかけてくるほど、度胸はない。せいぜい、自分のシマでちまちまやってるのが関の山の、小物さね。……けど、事実こうして、ちょっかいを出してきた。とすれば結論、あれを裏で操っているやつがいる。そいつがふたりめだ」


「仮にも、ヤクザの組長を裏で操れる人物だよな……、見当はついてるの……?」


「バッジーニ組。ビト組とタメ張れる五大勢力の一角だ」


「それって、さっきのテッシオさんの話でも出てた?」


「そう。うちのお得意先……にして、ソン兄さんを殺させた張本人」


「ま、マジで!?」


「ううん。直接的な証拠はないけど、お父さんが言ってた。薬をビト組のシマで流通させるために、おびき出されて、罠にはめられて殺されたって」


「それで、おっちゃんは報復しなかったのか?」


「ああ。それはまあ、色々な理由があって……て、いまはこの話をしてる場合じゃないわな。……とにかく、あたしの予想だと、バッジーニの組長が、ビト組を……正確にいうと、ビト組の持っている土地や金……とにかく、ビト組すべてを手中に収めようと画策していた。それで、乗っ取るうえで、障害であるあたしを殺そうとした。……今だからこそ言うけど、そもそも、ユウくんたちにお願いした、『失楽園』の出どころ調査は、『バッジーニとどう結び付けられるか』を探るものでもあったんだ。まあ、結局、直接的な証拠は見つからなかったけど……」


「もしかして、それってお兄さんの仇討ち?」


「そうとも言えるし、そうじゃないとも言える。つまるところ、両方だね……」


「……それで、三人めは?」


「これが、一番可能性の高い話だよ。……可能性の高い話……なんだけど」


「にゃ? 早く言うにゃアネゴ」


「――このふたり……、バッジーニとテッシオが裏で繋がっている、ということだ」


「……おいおい」


「つ、つにゃがってるって……もも、ももも、もしかして、テッシオの兄貴って、ソッチ系――」


「アホ猫。おまえは黙ってろ。話をややこしくするな」


「いや、その可能性は無きにしも非ずだね。なにせ、あの年で浮いた話の一つも聞かねえうえに、結婚までしてないときた。こりゃ……あるよ……!」


「あるよ……! じゃ、ねえよ! ただ単に独り身が楽だとか、結婚するのが面倒だとか、そこらへんでしょ!」


「それは、ご主人のことを言ってるのにゃ?」


「言ってねえよ! だいたい俺にはまだ早すぎるんだよ! 結婚っていうのはもっとこう……なんかホワンホワンとした、神聖な儀式だろうが」


「童貞発見にゃ」


「ちげェよ!!」


「アネゴぉ、おたくの弟さん、童貞みたいですぜ?」


「は……はぁ? ちち、ちっげえし! 俺はほら、おまえ、息をするようにやっから! まじで!」


「そ、そうなんだ……ユウくんも……」



 みっちゃんは俺の話を聞かずに、俯きながら、ぽつぽつと呟いている。

 心なしか、頬は紅潮し、仕草も、もじもじしている。



「……アネゴ? 口調が元に戻ってるにゃ……」


「ハ!? ……こ、こほん、では、本題に戻ろうかね。……これまでの事を鑑みれば、これが一番現実的で、一番最悪パターン。だけど、すべての事柄に納得できる。なぜ、テッシオがこんなことをしたか? ビト組の頭になるため。なぜ、テッシオはそれが可能だったか? 裏でテッシオに手を貸した人物がいるから。なぜ、バッジーニはテッシオに手を貸したのか、恩を売り、ビト組を御しやすくするため……みたいなね」


「ほんまにゃ……説明がつくにゃ。にゃんてこったにゃ……」

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