第51話 エクストリームバカ
「おい、何か見えるか?」
「……にゃ。喫茶店は営業してないように見えるにゃ。それで……」
「それで?」
「二階のテラス席に、男が複数人いるのが見えるにゃ」
俺とビーストは偵察組として、アーニャ、ヴィクトーリア、ユウの三人は武器奪還組として、二手に別れて行動していた。
武器奪還用の金をすべて、あの三人に託したので、俺たち二人は完全に素寒貧。
喫茶店がよく見える、小洒落たレストランで、小洒落た料理をつまみつつ、小洒落ながら、小洒落張り込みを――と画策してたが、どうやらそういうワケにはいかなかったようだ。
俺は喫茶店がよく見える、小洒落たレストランの陰で、(ビーストが)どこに持っていたのかわからない、昨日以上にぐずぐずのトマトを口へ運んだ。
――まずいな。
予想以上にまずい。
いや、この状況が……、ということもそうだが、このトマト、相当に不味い。
もはやトマトというよりも、ただのリコピンの死骸。成れの果て。
トマト農家に行って、「トマトください!」と言って、これが出してきたら、その農家及び、近隣の農家、親類縁者諸共、このトマトを顔面にたたきつけるほどに、不味かった。それほどまでに不味い。
あまりの不味さに、なんだか目が
腐ってんじゃないの? これ?
もしくは何らかの要因で、トマト内で即効性の猛毒が精製されているかだ。
ああ、そうか。二日酔いなんだっけ。
そう考えると、すごく気持ち悪くなってきた。
俺は今にもぶっ倒れそうになりながら、このトマトを、笑顔で手渡してきたビーストに向き直った。
「複数……なんで……そんな……とこに……、男がいるんだよ……うぷ……」
「わかんにゃい。けどあいつら……なんだか、そこから動く気配はないにゃ」
「どういう……ことだ……」
「にゃんか……目を瞑って、胸に手を当てて、しきりににゃにかを呟いてるって感じにゃ……」
「なんだそれ……」
「……ご主人? 顔色が優れないにゃ。薄紫色にゃ」
なんで布で顔を隠しているのに、顔色がわかるんだ。――というツッコミは、しんどいからやめておいた。
「ああ……、ちょっと……変なもん……食ってな……」
「拾い食いでもしたにゃ」
「あれを……拾い……食いという……のなら……、拾い食い……なのだろう……。あの……」
「にゃに?」
「なんか……、飲みもの……ない? できれば……、スカッと……するやつ……」
「飲みものにゃか……、スカッとするかどうかは……この際わかんにゃいけど、こんにゃのがあるにゃ」
そう言って、ビーストが取り出したのは、先ほど寄越してきたものよりも、数段グッチャグチャのトマトの残滓だった。
俺はそれを視界にとらえるや否や、口元をおさえ、必死に駆け上ってくるアレを押しとどめた。
やばいな、これは。
ダムは決壊寸前。
俺の精神も決壊寸前。
はやいところケリをつけて、リフレッシュタイムに入らなければ、ポセミトールの街は洪水に見舞われてしまう。
「トマトは水分も多いから、水分補給しようと思えば、できなくも――」
「もういい……」
「にゃ?」
「す、捨てとけ……、とりあえず……、もう突入する……。……いけるか? ……うぷっ」
「……それはこっちのセリフにゃ、ご主人」
◇
吐き気を我慢しながら、俺たちは喫茶店の店内、キッチンへとやってきていた。
ビーストの言った通り、店の扉は開いていたが、店員の影はない。
二階のテラスに男たちがいるらしいが、これまたなぜか動く気配はなく、その間に俺たちは喫茶店の中、すべてをひっくり返す勢いで、手掛かりを探したが、薬の一つ炭酸飲料の一つも出てこなかった。
ビーストは「薬の臭いはするにゃ」と、しきりに言ってはいるが、収穫はなし。
すっかり飽きてしまったのか、冷蔵庫の中のミルクをがぶ飲みしている。
しかし、よくよく考えてみたら、二階の男たち以外に、黒服が配備されていないということは、ここはシロなのかもしれない。
ホテルから俺たちを見張っていた黒服は、ビーストの速さについて来れなかったけど、それにしては少ない気が、しなくもない。
ビーストがのたまっている、薬の臭いも、ただの残り香。
もう、別の場所に移っているのかもしれない。
「……ビースト、そろそろ引き上げるか」
俺は立ち上がると、ビーストを振り返った。もう幾分か、吐き気もマシになってきていた。
「にゃして?」
「これ以上続けても、意味がないからだ」
「でも、まだニオイは残ってるにゃよ?」
「おまえの鼻がイカレたんだろ。トマトの食いすぎで」
「それはにゃーよ。村を出てから一切食ってにゃーもん」
「……なんで?」
「あんなグズグズなトマト、食えるはずが――ハッ!?」
「おまえ……もしかして、みっちゃんのときも、さっき俺に寄越したも、ワザとか!?」
「にゃ……にゃんのことかにゃー?」
「白々しいやつめ! このエンドタヌキが!」
「いやあ、食べ物を粗末にするのは、ニャーの良心が……」
「じゃあ、おまえが食ってろ!」
俺はさきほど、ビーストから渡されたグズグズのトマトを、そのまま強引に口内に捻じ込んだ。
「食え! 咀嚼しろ! 飲み込め! そして味わえ、罪の味を!」
「にゃ……、こ、こんにゃのフツーにゃ……もむもむ、うんうん、今日もトマトがうま――にゃろろろろろろろろろろろろろろ……!」
ビーストはそのまま綺麗に、口からリバースした。
「報いだな」
「……お、おそるべし、トマトの呪縛……にゃ」
「自業自得だっての」
「ぺっ、ぺっ、……とりあえず……、帰るのはまだ待ったほうがいいにゃ」
「なんで?」
「にゃんでって、調べてないところがあるんにゃが……」
「おまえ、それって……」
「二階にゃ」
「マジかよ。人いっぱいいるじゃん。……なぜか微動だにしてないけど」
「罠という可能性も、無きにしも非ずにゃが……、あれくらいにゃら、ニャーがどうとでも出来るにゃ。大船に乗った、猫の気持ちでいるにゃ」
「ワケが分からんが……、みっちゃんの手掛かりにつながるかもしれないからな。あんまり派手にやるなよ?」
「にゃあ、わかってるにゃ」
「フリじゃねえかな? 五行後に場面飛ぶけど、これ、フザケてないからな?」
「……そんなにしつこいと、逆にフリにとられるにゃ。ご主人……」
◇
「おらおらおらー! にゃにゃにゃにゃにゃーん!」
まるで埃のように、大の男たちが舞い上がっては落ち、舞い上がっては落ち、を繰り返している。
案の定、間抜けなビーストは俺のアレを、フリだと捉えてしまったらしく、喫茶店二階のテラスは戦場と化していた。
いや、戦場というよりも、もはやそこは、トランポリン全国大会の会場と形容したほうが近い。
俺が男たちの飛びっぷりを採点していると、いい加減、勝てないと悟ったのか、リーダー格の男が、俺の足元にしがみつき、泣きながら『あのケダモノを止めてくれェ』と懇願してきた。
俺は男を強引に引きはがすと、ビーストにかけていた付与魔法を解除し、昨日と同じようにテラス席に座った。
ビーストはそれ見て察したのか、暴れることをやめて、俺の隣にドカっと、ふてぶてしく座ってきた。
俺は男に座るよう促すと、男はまるで、はじめてバイトの面接に来た人のように、おずおずと座ってみせた。
「えー……」
実質、何が起こったかわかっていない男を前に、親切にも、俺が口火を切った。
「君たちは、昨日、僕に会ったことがありますね?」
「あ、はい」
「それで、ここには何しに?」
「あ、仕事です。昨日、あなたが組の、秘密の取引を見てしまったので、その後片付けです」
「しかし、昨日、僕にまんまと逃げられましたね?」
「え? あれ? そうなんですか?」
ちょっと待て、俺は昨日、まんまとこいつらから逃げおおせた。……けど、こいつらは俺を取り逃がしたと思っていない……?
「……ちょっと待ってください。あなたたちは、さっきまで、ここで何をやっていたのですか?」
「えっと……あなたに言われて『詫びを入れる前にやること』について考えてました」
「も、もしかして、アレから一晩中……!?」
「ああ、もうそんなに経ってましたか。道理で長かったはずだ」
「……ご、ご主人、こいつぁ……」
「ああ……こいつは……」
トンデモない馬鹿だ。
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