第50話 グループ分け
「ごめんにゃ!」
突然、ビーストが上半身を、きっちり九十度に折り、俺に陳謝してきた。
俺たちはすでにホテルを出て、アーニャとユウの武器を探しに行くところだった。
「……なにが?」
あえて訊き返す。
こいつに謝られなければならないことは、山のようにあるからだ。
それほどまでに、こいつは俺に迷惑をかけている。
とはいっても、いまさら責めることも面倒くさいので、放置していたが……。
ここでの俺の問いに対する答えが、今までの――全ての事に対して、だった場合、俺はビーストの評価を改めなければならない。
俺は謝っているビーストを尻目に、止めていた足を再び動かした。
「あの筋肉ダルマのことにゃ」
「そっちか……」
ビーストの評価は上がらず下がらず。
ちなみに、すべての事に対して謝っていた場合、俺はキレていただろう。
一つの罪に対して、一つの謝罪。
まとめて、ひっくるめて謝っても、その謝罪にはなんの気持ちも籠っていないし、それだと、なんの意味もないからだ。
それは謝罪ではなく、ただ、赦しを乞うているだけ。
紙よりもうすっぺらい謝罪など、しないほうがマシ。むしろ、精神を逆なでしかねない。
そう、俺は狭量だったのだ。
「ホント使えねえな、おまえは。……でもま、気にすんなよ。言ってなかった俺にも非はある。おまえはおまえの仕事を精一杯やっただけだ。だから――」
狭量だったとしても、最低限、相手はフォローする。
それが
「だから、ここでモタモタしてないで、さっさと行ってこい! お前の目的地はあの喫茶店だろうが!」
「えー? ご主人たちだけずるくにゃい? ニャーが武器集めするから、ご主人たちが行ってきにゃよ」
最初会った時に比べてこいつ、だいぶ馴れ馴れしくなってるな。
なんだ?
威厳が足りていないのか?
いや、そんなバカな……。
俺の威厳はまさに、天を貫くが如し。
普通のやつだと、俺を遥か地上から仰ぎ見るしかできないはず。仰ぎ見すぎて、首が痛くなってしまうはず。
……だというのに、なんだこれは。なんだこの気安さは。
「……それだと順序があべこべだろ。俺たちはいま、もしもの時のために武装しよう! そうしよう! ……って感じで、武器を取りに行ってる最中だろ。おまえはそれまでの場つなぎだ。みっちゃんがいたら確保して、いなくても、なにかしらの証拠を確保する。それがおまえの確保道だろう」
「ひとりだと寂しいにゃ。せめて誰か一緒についてきてほしいにゃ」
「あまりにブーブーと、ぶー垂れるな。エンドポークって呼ぶぞ」
「にゃんで
「いや、ユウト。ビーストの言う通りだぞ。敵の本拠地真っ只中と思しき施設に、ひとり……もとい、一匹しか兵を送らないのは、まさに愚の骨頂だ。いくらビーストが強いといっても、限度がある。罠があるかもしれないし、とっさのときに連絡もとれない。ドツボにはまるだけだ」
「だから言ってるだろ。危ないと思ったら引けって。べつにひとりで……もとい、一匹で組織を壊滅させろとか、みっちゃんを奪還してこいなんて言ってないってば。要はその場にいて、状況を把握する役割が必要だって言ってんの」
「じゃあ訊くが、わざわざ四人でかたまってまで、武器を取りに行く必要があると思うか?」
「ぐ、ぐぬぬ……! それは……ないのかもしれない……!」
「だろう? それなら、その場つなぎ任務がうまくいくように、ここは人員を割り当てるべきだ。ちがうか?」
「お、おのれ……! ヴィクトーリアの分際で……! 俺に意見するとは……!」
「ち……、違うかァ! ユウトォ!」
「ぐ……、ヴィクトーリアのくせに……今日はやけに冴えてやがる……!」
「へ、返事はァ!?」
「はぁい!」
「ふ……ふふ……ふふふふ……、ようやくユウトを言い負かしてやったぞ。いままで散々、言われ放題だったからな……」
くそ、いままでのお返しだといわんばかりに、無理に大声でまくし立ててきやがる。
そのせいで多少、声が上ずったり掠れたりしているが、それがより、迫力を増長させている。
それに、元々の顔がキツイ系だからか、なんだか言い返すこともできない。
「わ……、わかったよ。それならおまえの言う通り、そっちのほうに人員を割くよ」
「にゃ? いいのにゃ?」
「ああ……、たしかに俺の配慮も足りなかった。だから、連れていきたいやつは、おまえが選んでくれてかまわない」
「にゃ。わかったにゃん」
ビーストが品定めをするように、皆を見渡していく。
……ここは、普通に考えたら、戦力的にユウだろうな。
ユウとビースト。
こいつらが基本的に一緒になったら、向かうところ敵なしだ。
連携もとれるようにすれば、さらに怖いものなしになってくる。
完全武闘派コンビ。
ただ、難点を挙げるとするなら、暴走したときに止めるやつがいないことだろう。
アーニャを連れて行くセンも、ありといえば、ありか。
アーニャがいるだけで、作戦の突破力が段違いになってくる。
戦術的にも、物理的にもだ。
立ちはだかるものは、人間だろうが、魔物だろうが、壁だろうが、難なくぶち破っていくだろう。
速やかな作戦遂行を望むのなら、アーニャを連れて行くのもいいかもしれない。
最後にヴィクトーリアだが、こいつを入れるだけで作戦に応用が利くようになる。
最初のころは使えない女戦士……といった印象だったが、錬金術師になってからは、見違えるようになった。
最近になり、以前にも増して、さらに錬成できるものが増えてきたようだ。
なにかが足りなくなれば、急ごしらえではあるが、すぐにでも錬成してもらえる。
戦闘面でも、自前の銃を扱えるので、基本、戦闘においても問題はない。
痒い所に手が届くとは、まさにこのこと。
錬金術師はヴィクトーリアにとって、天職だったようだ。
さすがはクリムトの見立て通りである。
難点を挙げるとすれば、ヘタレなところくらいか。
――さて、ビーストはこの中から、だれを選ぶか……。
「にゃ。ニャーが連れていきたい仲間はもう決まっているにゃ」
「ん、そうなのか?」
「にゃんにゃん」
ビーストは得意げにそういうと、俺の真ん前まで、小走りで移動してきた。
心なしか、目はいつもより、キラキラと輝いているようにも見える。
……ん?
俺は振り返って背後を確認した。
誰もいない。
なんだ、こいつ、なにをやって――
「さあ、行くにゃ! ご~しゅ~じんっ」
ビーストはそう言うと、半ば強引に俺の腕をとってきた。
その勢いから、図らずも、俺の腕がビーストの胸にあたってしまう。
なんて弾力だ。俺は本当に、この胸を昨晩……じゃなくて――
「お、おまえな! なにやってんだよ。フザケてる場合じゃないぞ」
「フザケてにゃんかにゃいにゃ。ニャーはいたって真剣にゃよ」
「いやいや。俺を連れて行っても、なんもメリットはないだろ。無難にユウでも選択しとけ」
「メリットはあるにゃ。よく考えてみるにゃ」
「どこにだよ。俺自身、戦闘はできないし、おまえみたいにキビキビ動けもしない、ましてや、戦闘はできないし、やっぱり戦闘はできない。……逆にできる事と言えば、おまえを付与魔法で強化して、筋力増強させて爆発力を上げたり、脚力強化して速度上げたり、逐一おまえに指示を出したり、おまえが暴れて相手を引き付けている間、隠者の布をつけている俺が、潜入出来たり……アレ? 俺、ピッタリじゃね?」
「……にゃ? 誰が一番適任か、わかったにゃ?」
「わ、わからないニャ……」
「にゃあ……往生際が悪いにゃ、ご主人。さっさと片付けに行くにゃ」
「い、いやだ! だっておまえ……俺、武器ないし……」
「べつに、奪還から壊滅まで、全部やらにゃくていいって言ったの、ご主人にゃ。それに、さっきも見たと思うにゃが……、ご主人の武器はただのガラクタにゃ。粗大ごみにゃ。ご主人の魔法は、本当は、杖にゃんか必要にゃいのにゃ」
「んなワケあるかァ! おま、あの杖はなァ……ユッキーの加護があるんだぞ、すごいんだぞぅ!?」
「それがゴミだって言ってるのにゃ。……ふむぅ……あえて言うにゃら、ご主人が装備していた武器は、
「だれがうまくまとめろっつったよ!」
「よかったぁ。話がまとまったようでなによりです、ユウトさん」
「その
「うにゃ。観念するにゃ」
「ゆ、ユウ……! 助けて……!」
「おにいちゃん!」
俺はビーストという名の奔流に飲まれながらも、必死に、ユウに向かって手を伸ばした。
ユウもそれに気づいたのか、俺に向かって、必死に手を伸ばしてくる。
お互いの手が触れるまで、もう少し。
「――うお!?」
不意に俺の体が持ち上がり、猛スピードでユウたちから離れていく。
「ご主人はじっとしてるにゃ。こっちのほうが早く着くにゃ」
俺は結局、ビーストとふたり、喫茶店へと向かった。
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