第36話 パーリーピーポーインザヘル
右を見て左を見る。
黒服で強面のパンチパーマや、グラサンかけた、前歯のないおっさんたちが、楽しそうに談笑している。
中にはドレスや、よそ行きの子供用の洋服を着た、普通そうなのもいるが、そういうのが一番怖い。
俺は知っている。
ここは、屋外のパーティー会場。
色とりどりの風船が宙を舞い、カラフルなテーブルが規則正しく並べられている。
テーブルの上には、がっつりと胃を満たすような料理はなく、どれもこれも、簡単につまめるものばかりだった。
俺はそこで、右手にカップケーキ、左手にオレンジジュースを持ち、よく手入れのされている、芝生の上に立っていた。
俺たちはあのあと、テッシオから『ヴィトー組発足百周年記念祝賀会』なるものに招待されていた。
なんでも、あいつが言うには、『侘び』との事らしいけど……なんだよ、ここ。
あいつ、なんでこんな猛獣しかいない檻の中にぶち込んでくれてんだよ!
『侘び』の意味を履き違えてるよ!
これじゃあ『ケジメ』じゃあないか! ハハハ!
笑えない。
それに、時折、俺の近くを通るパーティ参加者が、俺の事をなんか、不審者を見るような目で見てきている。
原因はわかっている隠者の布だ。
じゃあ脱げばいいんじゃないの? とか指摘する人もいるかもしれないが、俺は脱がなかった。
脱いだら負けだからだ。
何に負けるのかはわからないけど……、というか、ここで負けたほうが、周りの人も、俺も幸せになるのだろうが、俺はどうしても、このパーティで素顔を晒す気にはなれなかった。
俺は震える右手で、カップケーキを口の中へと押し込む。
口の中の水分が、急速に失われていくのを感じながら、左手に持ったオレンジジュースを口内へと流し込む。
傍から見たら、もう変態にしか見えな――うまいな。
なんか知らんが、うまいな、ここのカップケーキ。
舌触りが滑らかで、カップケーキ特有の、ザラザラとした食感がない。
さすが世界的な裏組織。
雇っている……もしくはお抱えの料理人も、一流ってわけか。
「ユウト! ほら、あっちを見てみろ! ケーキがあるぞ、ケーキ! でっかいやつだ! うまそうだなぁ……、食べないか? 食べよう!」
なんだ
……理解していないだろうな。
だからそんなにはしゃげるのだろう。
ちなみに、ヴィクトーリアさんが嬉々として指し示しているのは、俺の身長の倍はあろうかという巨大なケーキ。
いやいや……、いやいやいや、ちがうだろ。
主賓とか正式に招かれた客とかならわかるけど、俺たち、ただの飛び込み参加のパンピーじゃん。
なんなら食われるのは俺たちのほうだよ。
あんなの食おうとしたら、逆に入刀されるよ。サクッといかれるよ、ケーキだけに。
……あれ? 緊張してるからか、クソつまんなかったな。ケーキだけに。
「不調だわ」
「え? 何か言ったか?」
「……やめとけ、ヴィクトーリア。あまりはしゃぐな」
「ん? なんでだ? せっかくパーティを開いてもらっているのだから、楽しまないと損だぞ?」
「楽しんでるのはキミだけです。そして、ぼくたちは現在進行形で損をしています」
「なんだなんだ、いつも以上にネガティブだな」
「おう、大将。ここにいたのかい」
テッシオが無表情のまま、
相変わらず不気味だけど、知ってる顔に出会えるのは何となくありがたい。
俺ってほら、人見知りだからさ。こういう集まりとか来ちゃうと、そりゃあ、一、二キョドリくらいしちゃうよね。
しょうがないよね。
「こんな隅っこでどうしたぃ? あんたんトコの嬢ちゃんも楽しんでるってのによ」
そう言われて、遠くのほうにいる、アーニャに視線を向けてみる。
アーニャは持ち前の社交スキルで、パンチパーマで強面のおっさんと談笑していた。
何を話してるんだろう、共通の話題とかあるんだろうか? ……などと疑問に思う以前に、怖い。
パンチパーマのおっさんも怖いけど、いまはアーニャ様が怖い。
なんでそんなに、フレンドリーに話せるんだろう。
俺には腹ペコのライオンとネコが話しているようにしか見えない。
ネコで思い出したが、ビーストはこの祝賀会には参加していない。
「販売経路の開拓にゃ」とか言って、残り少ないトマトを片手に、ポセミトール中のレストランや食堂を回るらしい。
意外と律儀な奴だったのだ。猫のくせに。
「……楽しめるわけないでしょ。一般人なんだから、パンピーなんですから。こんな血で血を洗う仁義なきパーティを楽しめったって、どう楽しむんですか? あれですか? あとで殺すから、今のうちに精一杯楽しんどけって意味ですか? 俺たちは出荷前の牛かなんかですか? いざとなったらまじでほんと、攻撃しますからね? サーロイン的な部位で」
「はっはっは、そう卑屈になりなさんな。べつに深い意味はねえよ」
「じゃあ、なんで俺たちのところに来たんですか」
「さっきの猫耳の姉ちゃん。一見すると、かわいいただの獣人だが……ありゃあ、キバト村で暴れまわってたっていう、エンドビーストだろ?」
「な、なんでそれを?」
「ポセミトールじゃ有名なんだよ。いい意味でも、悪い意味でもな。なにせ、ここの精鋭たちをズタボロのぼろ雑巾にしてくれたんだからな」
「……もしかして、これってその報復ですか?」
「はっはっは、馬鹿言っちゃいけねえ。
「……じゃあ、何の用ですか? そろそろ、ここをお暇したいところだったんですけど……」
「おっとと、うちのマザーに挨拶くらいしてってくださいよって」
「まざー?」
「早い話が組長でさぁ。たのんますよ」
「おかしいすね。……ビト組の組長って確か……」
「ええ。大将の言う通り、男でした。しかし、急に体調を崩されて、引退したんでさぁ」
「それにしても……女って……、なんでまた?」
「まあ……、今はそれはいいじゃないですかぃ。さぁ、どうぞこちらへ、俺がマザーのところまで案内しまさぁ」
「いやですよ。何言ってんですか! これ以上俺を怖がらせて、どうしようってんですか!? 薄くスライスして、しゃぶしゃぶにしようってんじゃないですよね!?」
「くく、まさか。ただ、マザーが大将に会いたいって言ってるんでさぁ……」
「へ?」
なんで俺に?
もしかして俺、知らない間に世界的ヤクザ組織に喧嘩売ってたりしてた?
『
キバト村を出てから、一回も脱いだことないし、もちろん相手にも知られていないと思う。
隠者の布だから気配も遮断してるし、なんなら、エンチャンターかどうかもわかってないはず。
そのうえで、俺に会いたい?
――ハッ
覆面フェチ……もしかして、マザーさんは覆面フェチなのか?
なわけあるかァ!
……え? じゃあなに? 殺されるの? ここで?
マジでしゃぶしゃぶ食べ放題コース行き? マジで?
「あの、大変嬉しいんですけど、今回は遠慮させて――」
「大将、べつにあんたを取って食やしやせん。あくまでも、こちらの代表からの謝罪兼挨拶ですぜ」
「な、なんで俺の考えてることが……」
「何を言っている。わたしにもわかるぞ。鏡で自分を見てみろ。今のユウトは……、なんというか、覆面の上からでも顔色が悪いことがわかるからな……」
「え? まじで?」
「ああ、なんというか、青ざめている。むしろ、青いというか薄汚い」
「そこまで言う? 仲間なのに? 泣かせようとしてる?」
「す、すまない。おもわず本音が……」
「だいじょうぶだよ。おにいちゃんはいつでもキマってるからね」
「そうか。ちなみに、おまえには聞いてないんだ。すまんな」
「……それで、会っていただけますかね、大将。……それに正直なところ、マザーに会いたいのに、会えないって方たちが相当数いる中で、順番もなしにいきなり会えるって、かなりの幸運だとおもいますぜ」
「いや、そんなの――」
そんなのは幸運とは呼ばない。
そう言いかけて、俺は口をつぐんだ。
さっきまでにこやか会食モードだったのに……、いや、遠くのほうは今も賑やかだけど、俺の周りのおじさんたちだけ、静かに俺の顔を見つめてきていた。
なに? なんなの?
イエス、オア、ノーじゃなくて、イエス、アンド、イエスしか答えは残されてないの?
デッドオアアライブじゃなくて、ゴートゥーヘルなの?
地獄への片道切符ですか?
「……大将、どうしますか?」
ダメ押しのように、俺に聞いてくるテッシオ。
その眼はいつも以上に笑っていなかった。
「い、いきまーす……」
俺がそう答えるのと同時に、まるで止まっていた時が動き出すように、周りのおじさんたちの談笑の声が聞こえてきた。
「よかった。断られたらどうしようかと、思ってたんですよ」
何回か断ったんですがね……。
「……テッシオさん、あたしもついていっていいですか?」
「あんたは……大将の妹さんだったな。なんだい、べっぴんさんじゃあねえか。ほんなら、大将は顔にコンプレックスがあって、布で隠してるってわけじゃなさそうだな」
「まあ、イケメンですし……」
「ゆ、ユウト、おまえはもう少し謙虚という言葉をだな……」
「いいぜぃ。同伴を許可しよう。武器は……預からなくて大丈夫だな」
……なんだ?
なんで、俺たちが武器を持っていないってわかったんだ?
たしかに、それらしい物は持っていないにしても、暗器のひとつやふたつ、可能性として考慮するはずだ。しかし、それすらも考慮しない……ということは、それほどまでに、ここの警備はザルなのか……?
いや、それはない。
にわかには信じがたいが、目の前の男は知っているんだ。
俺が、俺たちが丸腰であることを……。
くそ、こんなことになるんだったら、ビーストを引き留めていたらよかったか……。
「あ、ちょっといいですか」
「おや、なんですかぃ?」
「……ユウ、おまえはやっぱ付いてくるな」
「え?」
「アーニャとヴィクトーリアと共にいろ」
「おにいちゃん、あたしは――」
「言うことを聞け。これはもしもの時の保険だ……」
「保険……?」
「ヴィクトーリア」
俺は、もうすでに意識が食べ物に向いている、ヴィクトーリアを呼びつけた。
「なんだ?」
ヴィクトーリアは大量のカップケーキが乗った、とりわけ皿を手に、頬を膨らませながら俺のほうまで寄ってきた。
俺はその底なしの食欲に呆れながら、ヴィクトーリアの耳に口を近づけた。
「おまえは、ユウと一緒にアーニャについてろ。もし、俺たちが帰ってこなかったら、その時はその旨をビーストに伝えればいい」
「帰ってこないって……、そんなことを言うな。それだったら、全員でついていくぞ」
「うん。おにいちゃんをひとりにはさせないよ」
「やめろ。全員で行って、一網打尽にでもされたら、それこそ終わりだ。だからおまえらは、アーニャに気を配りつつ、退路も確保しておけ。大丈夫、もしもの時はユウが活路を開いてくれる」
「し、しかしだな……」
「一時間だ。それがタイムリミットだと思え。一時間経って戻ってこなかったら、……わかってるよな?」
「うう……、わかった。けど、絶対に無事に帰ってくるんだぞ?」
「あたしはいやだよ」
「だから、言うことを聞いてくれ。お前以外に、この役割は任せられない」
「でも、そうだとしても、おにいちゃんが……」
「勘違いすんな。俺だって、こんなところで死ぬのはごめんだからな。どんなことをしてでも生き残る。俺の悪運の悪さは知ってるだろ? それとも、ユウ。おまえは俺を信じられないのか?」
「信じてる。信じてるけど……それは、ズルいよ、おにいちゃん」
「ああ、俺はズルズルだからな」
「それはそれで、意味がわからないぞ」
「そろそろいいかぃ? 大将?」
もうすでに先に進んでいたテッシオが振り返り、俺たちを急かしてきた。
「今行きます! ……よし、じゃあ、またあとでな」
「ああ。またあとで。くれぐれも、危険なことだけはしないでくれ」
「わかってる。……二人をたのむぞ、ユウ」
「………………」
ユウは返事はせず、こくりと頷いた。
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