第23話 新米アルケミスト


 アムダの神殿……だったもの。

 クリムトが神殿をぶっ壊したせいで、転職の間以外はほぼ野ざらしになっている。

 早朝にはここを訪れていたのに、太陽はすっかりその色を変え、瓦礫の山を橙色に染めていた。

 あれほど荘厳だった神殿が、一日にしてこうなるとは……変態の力、おそるべし。

 まったく、自分の職場をここまで破壊するなんて、なんてやつなのだろう。

 当の変態は、騒ぎを聞きつけた戻ってきた魔物元人間の転職作業に励んでいた。

 当然、アーニャとユウの二人は最優先で人間に戻してもらっていた。

 なにはともあれ、ふたりとも無事でよかった。

 めでたしめでたし。

 ヴィクトーリアは案の定、ふたりと抱き合って泣き崩れている。



「……てか、十字架がなくても転職の儀って出来るのかよ」


「まあな。俺くらいになると、ひとつくらい欠けてたって余裕なんだよ。まあ、あとで不具合とかあっても受け付けねーけど……」


「んな適当な……」


「それより人間に戻したのはいいけど、転職はいいのか? そのためにアムダに来たんだろ?」


「いやいや、まだ転職希望者いるじゃん。俺らは後でいいよ。急いでねーし」


「なんだよ、いいのか? おまえが希望するなら最優先でやってやるけど」


「キモッ。やべーわ。危機感を感じるわ。主に下半身を中心に危機感を感じるわ。急に優しくすんじゃねえよ。危機感を感じるわ」


「……いつまで続けんだ、そのネタ」


「まあ、でもまじめな話、おまえが俺に敵意剥き出しな理由がわかったよ」



 その敵意は、いまは全く感じないけど。

 俺らのせいでおっさんが責任を問われて辞めさせられて、その結果、そこを魔物に狙われ壊滅。そのうえ、ずっと信じ続けていたパーティの一員が、そのパーティを辞めて、新しくパーティなんて作ってんだもんな。

 ……あれ?

 これ、よく考えてみたら、最悪殺されても文句言え無くね?



「なんか、勘違いしてるだろ? おまえ?」


「……なにがだよ?」


「俺はべつにジジイが辞めた云々ってよりも、束縛されるのが嫌だったんだよ。……これでも俺は、大神官になる前はぶらぶら遊んでたんだぜ?」


「ああ、見てたらわかるよ。おまえチャラいもんな」


「……それがいきなり、ここに呼び出されて、大神官になれだってよ。それも有無を言わさず、拒否権はなし。俺はそれが心底嫌でな。ずっと遊んでたかったし、仕事もなんかまあ、適当にやってたわけよ。……で、それがあの結果だ。まあ、多少はおまえのせいかも知んねーけどよ、そこまで気にする必要なんてねーぜ?」


「ふうん。じゃあ、もう気にしないでおくか」


「チッ……、やっぱ、ちょっとは気にしてろ」



 ……ウソだな。

 もしそうだったら、最初に感じたあの敵意はウソになる。

 あんな敵意、ウソやハッタリで向けられるもんじゃない。

 心の底から、俺を憎んでいた眼だった。

 ……ま、でも、おまえがそれで俺を納得させにきてるんだったら、俺はそれ以上、何も追及しないけどな?



「……だが、あんときの一発、あれはスカッとしたよ」


「あんとき……?」


「んだよ、忘れたのかよ。魔物の顔面にぶち込んだ奴だよ」


「ああ、はいはい。あれね……あんま憶えてねえわ」


「まじか」


「当たり前だろ。俺が感情のままに行動するなんて、あり得ないからな。もう記憶の奥底に封印してんだよ」


「……おい、ユウト」


「なんだ」


「もう少しで転職の儀も終わるから、それまで待ってろ」


「ま、まさかおまえ……!」


「アホか! お仲間さんの転職やってやるって言ってんだよ」





「では、ヴィクトーリアさん。それで本当にいいのですね?」


「ああ。……いや、はい。最初聞いたときから、これにしようって決めていました」


「よろしい。では、目を瞑って祈りなさい――」



 ヴィクトーリアを優しい色の光が包み込む。

 ヴィクトーリアはクリムトに言われた通り、どうやら錬金術師になるようだ。

 正直、『錬金術師』というものを初めてみるので、不安が無くはないが……、まあヴィクトーリアがそれでいいのなら、俺には口を出す資格はないからな。

 好きなようにやらせてやればいい。

 というよりも、俺は既に、錬金術師がどのような術を使うのか、ということに興味が移っている。

 どんな術を使うのか、どんなモノを錬成できるのか。

 ……ちなみに、俺の右腕に抱きついて、ヴィクトーリアの転職の儀を見守っているユウさんは、結局、そのまま魔法戦士になってしまった。

 これからは我流の剣術に加え、魔法までも使用可能になってしまうのだ。

 今以上のじゃじゃ馬になってしまわないか、とても心配である反面、こいつがどこまで伸びるのかも興味がある。

 アーニャは……、どうやら職業自体は決めていたみたいなのだが、話してくれなかった。

 若干ショックだったが、それはそれ。

 俺は男として、人生の伴侶として、黙ってアーニャを見守ると決めたのだ。

 悲しいものか。

 いまさら、何が言えようか。



「……あれ? どうしたの、おにいちゃん? 泣いてるの? どこか痛いの?」


「ば、バカ! 雨だよ、雨!」


「え? でも、晴れて……うん、雨だね。ちょっと冷えるね」



 そんなことをやっている内に、どうやらヴィクトーリアの転職の儀は終わったようだ。

 クリムトが懐からなにか、冊子のようなものを取り出すと、それをヴィクトーリアに渡した。

 ヴィクトーリアはそれを受け取ると、少し間をおいて「おお! ありがとう!」と言って、ペコッと頭を下げた。

 クリムトは、はにかみながら片手を上げ、それに応えてみせた。

 ヴィクトーリアは頭を上げると嬉々として、こちらに駆け寄ってくる。



「どうだった、ヴィッキー?」


「うん! なんだか奥底から、力が湧き上がってくるみたいだ!」



 それはヴィクトーリアの勘違い。

 ほんとうはそんなに劇的に変わるものじゃない。

 ……て、ツッコみたいけど、無粋なので笑顔でうんうんと頷いてやった。



「それよりもヴィクトーリアさん。なにか、クリムトさんから貰ったみたいですけど、なんだったんですか?」


「ああ、あれか? ふっふっふ、それはな……これだ!」


「錬金術の……基礎と応用……?」

 俺とアーニャ、ユウが、一斉にその本の表紙を読み上げる。



「ああ、どうせ使わないから、と言って貰ったんだ」


「へえ。ちょっと貸してくれないか?」


「ああ、いいぞ! ユウトも一緒に錬金術師を目指すか?」



 俺はヴィクトーリアから本を受け取ると、ペラペラと頁をめくった。



「ふむふむ」



 どうやらタイトルのわりに、内容はきちんとしているみたいだ。

 錬金時の錬成陣作成や、それの必要作成手順、材料なんかが、事細かに書かれている。

 これなら、俺がその職業を知らなくても、ヴィクトーリアひとりで学んでいけそうだな。

 ――て



「ゲゲ」


「ど、どうした、ユウト?」


「これ、この頁を見てみろ?」



 俺は本の見開きをヴィクトーリアの顔に近づけた。

 ヴィクトーリアは俺から本を受け取ると、そこを声に出して読み上げた。



「えと……、錬成には元となる素材に少量の魔力、それと錬成陣を描くのに『魔物の骨で作ったチョーク』、『錬金液』が必要となってくる……? これがどうかしたのか?」


「このふたつな、実はすっげえ高いんだ。どっちもひとつ買うのに大体、食料一週間分くらいの値段がいる」


「なんと」


「しかも、いまは錬金術師自体が少ないから、取り扱っている店も少ない。大都市や大国くらいしか扱ってないぞ」



 店によっては足元を見られて、余計にふっかけられるだろうし。

 これはかなり、燃費の悪い職業だ。



「そ、そうなのか……、そんな希少なものを……」



 ヴィクトーリアはそう言って、懐から白い液体の入った試験官と白いチョークを取り出した。



「あれ? それ、どこから?」


「クリムト殿から『必要になると思うから』といって、これもいただいた。まさかそこまで価値のあるものだとは……」


 なんと。

 あのドケチ生臭坊主が。


「ありがとー! クリムトどのー!」



 ヴィクトーリアはそう言うと、クリムトに向かってぶんぶんと手を振った。

 クリムトはヴィクトーリアをみると、さきほどと同じように、はにかんでそれに応えた。

 ……それにしても、さっきからあいつの笑顔がすごいぎこちない。若干引きつってるし。



「つぎは……アーニャだな。って、もう決まってるんだよな?」


「……はい。では、行って参りますね」


「アーニャ、がんばるんだぞ」


「アーニャさん、ハンカチは持った?」



 ふたりはそんな感じで、大げさにアーニャを見送った。

 すぐそこまで行くだけだろ……。



「アーニャが転職してる間に……、ヴィクトーリア」


「なんだ?」


「ちょっと、錬金術やってみないか?」


「そうだな。教本もあるみたいだし、やってみるか。……しかし、なにから増やせば……」


「そりゃ……、チョークと錬金液だろ。これから必要になってくるんだし。無くなるたびに買ってたら、出費もバカにならない」


「なんと、自分で作れるものなのか」


「作れるだろ。……ていうか、基本的に錬金術ってのは、なんでも作れるものだと思うんだけど……」



 話に聞いてる限りだと。



「なんと、そうなのか!」



 ヴィクトーリアの顔がパァッと明るくなる。

 元技術者だからか何だかわからないけど、そういうのを聞くとやっぱり燃えたりするのだろうか。

 ……一種の職業病だな。



「……ふむふむ、チョークの作り方は書いてはいないが、ここの錬成陣とこっちを応用させれば……」



 ヴィクトーリアはぶつぶつと呟きながら、本の内容をかみ砕いて理解していっている。

 この調子なら、すぐにでも使えそうだな。

 俺は視線を移動させ、アーニャとクリムトのほうを見た。

 アーニャは両手を胸の前で祈るように握り、目を瞑っている。

 さて、俺は俺で、ニワカなりに、魔法のことをユウに教えてやろう。

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