第14話 魔法少女マジカル☆ミムル
ジマハリを発った俺たちは一路、アムダの神殿へと向かっていた。
神殿はジマハリから伸びている街道に沿えば、二日ほどで着くところにあった。
俺たち一行は道中、特にめぼしい問題も起こらず、明日には神殿に着くところまで進んでいた。
ただひとつ違和感をおぼえたのは、スライムの魔物が現れたことだ。
魔物が現れる。
それは別にとりたてて取り沙汰することではない。
それも、相手はただのスライム。
……だが、その魔物はどこかおかしかった。
何がどうおかしかったのか。と問われると、そいつはなんと、俺たちに攻撃を仕掛けてこなかったということだ。
そして、俺たちに何かを訴えかけているようにも見えた。
魔物の中には、人間と積極的に交流したがる魔物もいるが、そいつはどうやら、そうではないようで、かといって攻撃もしてこない。
ただただ、プルプルと揺れているだけ。
……まあ、危害を加えてこなければ、気にする必要もないな。ということで、俺たちはその魔物は無視することにした。
起きたことと言えば、それだけ。そして、現在に至る。
俺たちは夜も遅いから。ということで、街道からすこし逸れたところで、焚火を囲っていた。
「――てなわけで、もう明日にはアムダ神殿につくから」
「はい。そこでわたしたちの『職業』を決めるんでしたよね」
「そうそう。どうやら、聞いてる限りだとアーニャたちはまだ、正式に職業に就いてるわけじゃないからね。だからそこでアーニャたちの職業を決める」
「はい」
「あと言うべきことといえば……そうだ、勘違いしないでほしいんだけど、職業を決めたからって、劇的に変わるわけじゃないんだ」
「あ、そうなのですか? わたし、てっきり魔法使いになれば魔法を使えるものだと……」
「うん。まあ、多少はその分野で強くはなるかもしれないけど、言うなれば、職業というのは、能力に適性をつけることだからね。俺はエンチャンターだけど、普通の人では付与魔法は使えないのかって訊かれたら、使おうと思えば普通に使えちゃうんだ」
「だけど魔法の効果が薄い、ってことだよね? おにいちゃん」
「だれだおまえ」
「ユウだよ、おにいちゃん」
「ああ、そうだった。俺にもそんな名前の妹いたな。……だけど、もうひとつ、職業に就くことでメリットがあるんだ。それは――」
「習熟度の早さだよね、おにいちゃん」
「だれだおまえ」
「ユウだよ、おにいちゃん」
「ひ、ひどい兄だ……」
「習熟度……ですか」
「そう。例えば、生まれつき持ったオーラが、全く同じ人がふたりいるとするよね? ひとりがふつうの、特に何も職業に就いてない人。それで、もうひとりがエンチャンターに就いたとする。この場合、ふたりとも付与魔法のトレーニングをしたら、エンチャンターに就いた人のほうが、圧倒的に覚えられる付与魔法が多いんだ」
「な、なるほど……です」
「ただ、これには注意点もあって、ジマハリで言った通り、俺はもうオーラを全部、付与魔法に使っちゃったから、他のこと……、例えば魔法使いになって極大魔法をぶちかまそうと思ってもできない。メモリがもうないんだ。それほどオーラは不可逆で、一度振ってしまえば、元には戻らない。だから、これは先輩としての忠告と受け取ってほしい。職業選びは慎重に!」
「そう……なのですね。う~ん、難しいです……悩んでしまいます。あの、ユウトさん、ちなみに職業なんですけど、どれくらいの種類があるんですか?」
「たくさんだね。俺にも把握しきれないくらい、この世には職業で溢れてる。大勇者時代なんて呼ばれてるけど、みんながみんな勇者になりたがってるわけじゃないんだ」
「そうでしたか……」
こういうのは簡単だけど、さすがにノーヒントは可哀想か……。
「うーん、でも、だいたいのパーティは戦士、魔法戦士、武闘家、僧侶、魔法使い、
「あの、ちなみにですが、ユウトさんから見て、わたしはどの職業に適していると思いますか?」
「ん? いや、真面目な話、こういうのは自分が決めたほうがいんじゃないかな。もちろん、適性が大事ってのもあるけど、最終的には好き嫌いだからね。俺なんかはもう、
アーニャがすごく悲しそうな目で俺を見ている。
軽い自虐で言ったつもりだったのに、あれは本気で俺を憐れんでいる顔だ。
やめろ。やめてくれアーニャ。その顔は俺に効く。……やめてくれ。
「そ、そうだな……、どうしても迷うって言うんなら、適性を調べることもできるけど」
「そうなのですか?」
「うん。エンチャンターは『
「そんな便利なものが……! お願いします! それで、わたしを視ていただけませんか……?」
だから、術者は対象者の身長体重、スリーサイズに至るまで手に取るようにわかる。
――て、言おうとしたから、使うのを自重しようとしたんだけど……これってゴーサインですか?
使っちゃっていいんですかね?
合意の上ですもんね?
しょうがないですよね? ね?
そんな真剣な眼で訴えかけられたら、断るほうが野暮ってものですから。
例えそれが、アーニャでも知り得ない恥ずかしい情報でも、俺は心を鬼にして調べなくてはならない。
これは俺がエンチャンターである限り、逃れられない宿命であり、呪い、枷。
くそっ! なんということだ!
本当はこんなことをなど、したくはないんだ……!
したくないんだけど、俺も所詮、運命という名のクモの巣に絡めとられた一匹の蝶。
迫りくるクモの毒牙からは逃げられない! というか、むしろ逃げたくない!
あ、ついつい本音が……て、ちがう! 逃げたいのに、逃れられないのだ!
俺だって、知りたいわけじゃないんだ!
不可抗力。
そうだ、これは不可抗力であり、かけがえのないアーニャから頼み。
俺はそんな無垢な少女の、絞り出したような儚い願いを、無下にすることができるのだろうか……?
否!
断じて、否である!
俺にはその資格がない!
つまり、やるしかない!
やれ! ユウト! 頑張れ、ユウト!
おまえはいま、パンドラの匣に手をかけている。
あとはそれを開くだけだ。ぱかっとだ。ちょっとでいい。
いけ! いけェ――!!
「サーチア――」
「アーニャさんは武闘家か戦士がいいと思います」
「あ、そうなんですか?」
「はい。だって、力がすごいですから。魔法使いだと、何かともったいないかもですね」
「ごほっ……! げほ、げぇっほ! えほえほ……!」
「どうかした? おにいちゃん?」
「ユウトさん……!?」
「い、いや、なんでもない。なんでもないんだ。うん、俺も……そう思ってたところ」
「そうなん……ですか……?」
そう言うと、アーニャは悲しそうに視線を落とした。
「おいユウ。おまえ、あとで覚えとけよ……!」
俺はユウにだけ聞こえるように、小声で囁いた。
しかしユウは
「はい」
と、恍惚とした表情で頷いた。
ちがう。
こいつ、絶対勘違いしてやがる。
「そ、そういえば……アーニャって、魔法使いになにか思い入れとかあるの?」
「あ、いえ、思い入れという程のものではないんですけど……」
「もし嫌じゃなかったら、言ってみてよ。こっちも聞きたいし」
「……その、小さいころ……」
「小さいころ?」
「ネトリールで……」
「ネトリールで?」
「『魔法少女マジカル☆ミムル』というアニメがやっていまして……」
「……ごめん、『あにめ』って何?」
「あ、えっとえっと……、テレビ……はご存知ですか?」
「ああ、それなら知ってるよ。最近ネトリールから伝わった、電波を受信して、箱の中に映像として映し出す機械だろ?」
「はい、それです。えと、アニメはその、テレビでやっている、番組なんです」
「あ、ああ……うん。なんとなくわかった。つまり、アーニャはそのテレビの中でやっている、『あにめ』とやらを見て、魔法使いになりたいって思ったんだ?」
「そ、そうです……お恥ずかしい……」
「え? 『あにめ』って恥ずかしいものなの?」
「え、いえいえいえいえ、そのようなことは決して……しかし、なんといいますか……、すぐになにかの影響を受けてしまう自分が恥ずかしい……と申しますか……、つまりはそういうことで……あの、これくらいで、ご勘弁していただけたら……」
「ブフッ……!」
「え? え? あ、あの……?」
「ご、ごめんごめん、空気が気管に入っちゃっただけだから」
「そ、それが正常な呼吸法なのでは……?」
思わず吹き出してしまった。
というのも、俺はアニメを知っているからだ。
一度、ネトリールで見たことがある程度だが……。
そういえばそこで、大の男四人で見入っていたっけ。
今考えるとすこし、いや、かなりキモイな絵面だったな。
それと、すこしばかり意地悪が過ぎたか……。
それにしても、魔法少女に憧れたから魔法使いになりたいって……、可愛すぎませんか?
アーニャってすこし大人びているな、とも思っていたけど、こうして見ると、ちゃんと年相応の女の子じゃないの。
「……ちなみになんだけど、ユウってなりたい職業とかあんの?」
「あたし? ……魔法使い、かな? 子供の時、アニメで魔法少女を――」
「パクってんじゃねえよ! おまえだと可愛いって思わねえから! 第一、子供んときテレビなんか無かったろうが!」
「じゃあ……」
「いいわ。もう聞かねえわ。……て、さっきからどうした? ヴィクトーリア」
「ふぇ!? あ、ええ!? わた……わたしか!? な、なんでもないぞよ!?」
「……なんでもないわけないだろ。言ってみてくれ」
「ほほほほほほほ、本当に何でもないんだ!」
なんでもなかったら、『ほ』を七回連続で言わないんだけどな……。
まあ、いいか。本人が何でもないって言ったら、何でもないんだろ。
強者ゆえの悩み、というやつがあるかもしれないからな。
……あれ? それだと、俺って弱者ってことになるんじゃね?
「と、とにかく、もう寝るぞ。明日も早いんだろ! 火は消すからな! おやすみ!」
「お、おう……」
ヴィクトーリアはそう言うと、半ば強引に焚火の火を消した。
――――――――――――
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