第12話 アーニャとヴィクトーリアの気持ち


「――と、いうわけなんだ」


「うぅ……、真実というのは、時として、こんなにも残酷にわたしたちに牙を剥くのですね……」


「なんということだ……わたしたちはとんでもなく、途方もない勘違いをしていたのか……! く……あの頃の自分を殴ってやりたい……!」


「……はぁ」



 なぜ俺は『海水浴』がいかにアーニャとヴィクトーリアとのイメージからかけ離れているか、ということを、ここまで必死に説かなければならないのだろう。

 ここはこれから先どう動くか、を話し合う場面だろうに、なんだこれは。呑気にも程がある。



「――て、しまったァァァ!!」


「ひゃ……っ」


「きゃっ」



 俺、もしかしてこのことを言わなかったら、アーニャとヴィクトーリアのあられもない姿を見ることができたんじゃねえの?

 海水浴でくんずほぐれつ出来たんじゃないの!?

 あーあ、やっちまった。

 ついつい、俺のイノセントハートがその片鱗を見せちまったか。俺ってやつはどこまで善人なんだ。これも、勇者の血のなせる善行ということか。

 ま、やってしまったものは仕方がない。

 とりあえず、いまは現状の収拾と、ユウの紹介でもしておくか。



「……ユウ!」


「なあに、おにいちゃん?」


「俺から離れなさい。そして自己紹介をしなさい」



 俺は、椅子の後ろから俺に抱きついていたユウをいさめると、自己紹介を促した。

 なんなんだ、これは。

 金魚の糞に逆戻りじゃないか。

 というか、逆戻りもなにも、あの頃のままじゃないか。

 まるで成長していない……!

 いや、むしろあの頃よりも悪化してんじゃねえの?



「うん、いいよ。でも、このままでいい?」


「なんでだよ! 苦しいわ! 離れください!」


「そう……。おにいちゃんがそう言うなら仕方ないよね」



 ユウは残念そうに言うと、俺から手を放した。

 なんだ、言えばわかってくれるじゃないか。何事もそうだ。言わなくてもわかってくれる、じゃなくて、やはり声に出して相手に伝えることがなにより大事――

 ユウはスタスタと俺の前まで移動すると、膝にちょこんと座ってきた。



「わかってなかったよ!」


「改めまして……、はじめまして。名前はユウって言います。おにいちゃんの妹兼、未来のお嫁さんです」


「まぁ……!」

「む、二人はそういう関係なのか」


「ちっげえよ! 血迷ったか! 何口走ってんだ!」


「兄妹だけに……って意味? ふふ、おにいちゃん、おもしろいんだね」


「ちがうわ! たまたまだわ! ……ち、ちがうから! ふたりとも! ほんと、なにかの間違いだから。これは……あれだ、そう、劇の稽古! 今度、ジマハリで家族愛をテーマにした劇をやるんだ! ……な? ユウ? な? な?」


「ご祝儀等は結構です。式は二人きりで、ひっそりと挙げたいので……」


「だーかーらーさー!!」


「うむうむ、わたしはそういったことには寛容なほうだ。だいじょうぶ、思う存分幸せになるがいいぞ!」


「わたしとしては、少しばかり寂しいですが……、でも、これもユウトさんが選びとった未来……ですからね。わたし如きが口を挟める余地など、ありません。どうぞ、お幸せになってくださいね……」


あなた・・・、あたし、蜜月ハネムーンは海の見える別荘がいいわ」


「やめろ! 収拾がつかねえわ! 捌ききれんわ! ……たく」



 俺はユウの腰をガッと掴むと、そのまま膝から降ろした。



「それはそうとして、さきほどはとんだご無礼を……。動転していたとはいえ、ヴィッキーのあれは行き過ぎた行為でした。ほら、ヴィッキー?」


「う……す、すまん」


「いやいや、あれはユウが悪いよ。この世のすべてのことは、大体こいつのせいだから。ほら、おまえもちゃんと謝れ」


「ごめんなさい、あたし、おにいちゃんが襲われたと勘違いしちゃって……、頭に血が昇ってしまっていました。……申し訳ないです」


「いやいや、こちらこそ悪かった」


「いえいえ、こっちのほうが」


「いやいや……」


「いえいえ……」



 ……なんだこれ。



「それにしてもさきほどのナイフを投げた業、素人目のわたしから見ても、すごいってわかりました。ユウさんは何かやっていたのですか……?」



 アーニャの問いに、ユウはしばらく考えるような素振りをすると、俺の顔を見て答えた。



「はい。今度、ジマハリで家族愛をテーマにした劇をやるのです。これはその役柄のひとつ、暗殺者ホリィです。その役作りで必要だったので習得しました」


「まあ、そうなのですか? それはとても素晴らしいですわ!」


「遅いわ! 今更ノッてどうすんだよ! しかも堂々と嘘つきやがって!」


「そ、そんな……、ユウさんはジョ・ユウさんではなかったのですか?」


「アーニャ、女優は固有名詞ではないぞ」


「なんでおまえは自己紹介もまともに出来ねえんだよ。……こほん、じゃあ出来損ないの妹に代わって、俺から紹介すると、こいつも俺と同じ勇者の子どもだ。それは知ってるだろうけど、じつはこいつ、俺よりも色濃く勇者の血を受け継いでいるんだ。だから、生まれつきのオーラ含有量が俺よりも多い。そのためかは知らないけど、昔からユウはやることなすこと、基本的に何でもできるんだ。けど……」


「ほう、それはすごい。まさに勇者の血がなせる業とでも言うべきか。……待てよ? それなら、次の仲間はユウでいいのではないか?」


「いや、そう簡単な話じゃないんだ。優秀なのは表面上だけ。けど、蓋を開けてみれば、こいつは俺に危害を加えるやつを許さなかった」



 アーニャとヴィクトーリア、ふたりがウンウンと無言で頷いた。



「俺が子供の頃、近所にいた年上のガキ集団に泣かされた事があったんだ。それを見たユウは突然、『買い物に行く』って言いだした。それからちょっと経って、ユウがボロボロになって帰ってきた。何かあったのか? って、聞いてら『喧嘩を買いに行っただけ』とだけ答えた。それからしばらくして、ガキの親たちが、うちに怒鳴りこんできたんだ。母さんが用件を聞くと、ユウがそのガキ全員を半殺しにして、村の入り口に吊るしてたんだって」


「ま、まじなのか……!」


「ああ、まじまじ。な? ユウ?」


「おにいちゃんに手を出す輩は排除エリミネイトします」


「ひぇっ……」


「見ての通りだ。こいつはなんかもう、一緒に冒険するとか、そういうの以前に、人として終わってる」


「そ、それは、ちょっと言い過ぎでは……?」


「そうだよ、おにいちゃん。ほめ過ぎ」


「えぇ……」


「と、いうことだ。さて、もうそろそろ聞いておくか。アーニャ、ヴィクトーリア」



 俺が真剣な顔を向けると、アーニャもヴィクトーリアも、きちんと向かい合ってくれた。

 もうそろそろ、答えが出ているはずだ。

 俺はその答えに対し、真摯に向き合わなければならない。



「ふたりのいまの気持ちを聞かせてほしい。このまま俺のパーティに残留してくれるのか、はたまた、こんなやつとは組めねーって、脱退するのか。俺は正直、どっちでも……いや、ちがうな。俺はふたりには残留してほしい。それが俺の本当の気持ちだ。だけど、そうすることによって、ふたりに迷惑がかかっているのもわかってる。困難な道のりだ。決して、平坦な道のりではない。そんな道に、俺は二人を誘おうとしてるんだから、ロクなやつじゃない。だから、これは単なる我儘な男の戯言だと思って聞いてほしい。――パーティ残ってくれ。俺には二人が必要だ」



 ――フ、決まった。

 決まったんじゃない?

 いい感じなんじゃない?

 もともと、そこまで俺のパーティ加入に難色を示していなかったふたりだ。というか、好感触だったふたりだ。そんなお二方が、こんなところで、断るわけが――



 ドォォォォオォン!!

 爆発音。

 村のほうから?

 なんだ? 何が起こっている?

 俺は急いで席を立つと、扉を開けて玄関から外へ出ていった。

 ユウとアーニャ、ヴィクトーリアも俺に続いて外に出てくる。



「ユウトさん……あれ!」


「ユウト、見ろ! 向こうのほうだ!」



 ヴィクトーリアが指さしたのは中心街のほう。モウモウと立ち昇る黒煙に、家屋からは火の手が上がっている。

 そしてかすかに見えるのは――



「魔物、ね」


「母さん? いつからそこに? 買い物に行ったんじゃ……」


「買い物なんて、とっくに終わってるわ。……でも、妙ね。ここ数年、魔物の襲撃なんて全くなかったのに、これは……」


「んな事、言ってる場合じゃないって! とりあえず、追い払わないと!」


「え、ええ……、そうね。手伝ってくれるかしら? 今回はどうも、一筋縄ではいかなそうだからね」


「ということだ。すまん、ふたりとも。俺とユウと母さんとで、魔物共を撃退しに行く。ふたりはここで待って――」


「いえ、当然、わたしたちもお手伝いしますわ。なにせわたしたち、ユウトさんのパーティですもの。ね、ヴィッキー?」


「え? う、お、おう! 当たり前だ! ユウトのために、惜しみなく働いてやるぞ!」


「ふ、ふたりとも……! すまない、恩に着る。じゃあ、いくぞ!」


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