第7話 女戦士ヴィクトーリア


 ヴィクトーリア。

 金髪碧眼の女騎士、その顔つきはまるでワルキューレが如き険しく、キッと上げられた眉、目は己が前に立つ敵を睨み殺す。

 その口は一切の無駄会話を嫌悪するがごとく固く結ばれており、自分が心を許したものにしか開かない。

 アーニャのパーティでは戦士を担い、時には厳しく、時には優しく、アーニャをサポートする。

 それがヴィクトーリア。



 そう聞いていた。

 うん、そう聞いてた。アーニャから。

 だから、囚人が暴れてるどうのこうの、なんて聞いたときは心底焦った。

 手が付けられないのではないか、というか、俺は殺されるんじゃないのか、と。

 しかし、俺も男だ。

 出した言葉は引っ込めない。

 だから国王の背中に隠れ、事の一部始終を見守っていたが……なんというか、ヴィクトーリアという少女は――



「ええええええええん!! 寂しかったよー!! アンーーーーー!!」



 顔に似合わず、すごく泣き上戸な女の子でした。



「な、泣き止んで、ヴィッキー。わたし、帰ってきたから、もうどこにも行かないから……」



 年齢では明らかに年下のアーニャが、ヴィクトーリアをなだめすかそうと、オロオロしている。



「……くすん、……ほんとうか……?」


「うんうん、ほんとうだよ」


「アーニャさんを俺にください!」



 自然と、ヴィクトーリアの前で頭を下げてしまう俺。

 いまなら、なんかいけそうな気がした。

 だって、ずっと怖い人だと思ってたヴィクトーリアさんが、こんな人だったとは……。



「……アーニャ、この男は……?」


「えっとね――」





「なに!? おまえのような変態のパーティにだと? ダメだダメだ。うちのアーニャは誰にも渡さん! さっさと何処へなりと消えるがいい!! もしくは私の剣の錆にしてくれる!!」



 うわーお。

 想像してたセリフと全く同じだけど、さっきまでビービー泣いてたから、まるで威圧感がない。



「ヴィッキー! そんな言い方はないよ、ユウトさんはわたしたちを救ってくれた人なんだから」


「うう……、そうだけどさ……」


「や、なにもべつに、アーニャだけを引き抜きたいってわけじゃないんだ。できれば、ヴィクトーリアさんにも入ってほしい」


「アーニャ……だと? 貴様、いつからそこまで親しくなったんだ! 其処に直れ! 私の剣の錆……はさっき言ったから、鞘だな! 鞘にしてやる!」


「意味がわからん」


「ヴィッキー!」


「しゅん……」


「ねえ聞いて、ヴィッキー。ユウトさんのパーティに入るってことは、わたしたちにとっても、すごく良いことなんだよ」


「なんだ、それはどういうことだ」


「だって……わたしたち……、何も知らないで飛び出して来たんだもの!」


「た、たしかに……っ!」


「ユウトさんについていけば、なにかわかるかもしれないんだよ!」


「たたた、たしかに……っ!」



 ……なんつー会話だ。

 とても冒険者同士の会話とは思えん。

 それとも、最近結成したばかりなのか?

 なんにせよ、先行きが不安になってきた。



「ユウトさんは旅慣れてそうだし……きっと、わたしたちをあの場所まで連れてってくれるよ!」



 あの場所?

 というか、そもそもアーニャたちの目的もわかってないな。

 それに、なんといってもここへは空から来たと言っていた。

 飛竜も飛んでいるし、このあたりを航行中の飛行船に乗っていた……とも考えにくいし、もしかして空からやってきた……とかか?

 空から……ていえば、まさか、あの都市からか……?



「……むーん、しかし、なぁ……」


「どうしたの、ヴィッキー?」


「確信はないのだが……、おまえ、ユウトと言ったな? わたしとどこかで会ったことはあるか?」


「え? そ、それは……」



 まずいな。

 アーニャが俺を知らなかったとはいえ、ヴィクトーリアも俺を知らない……なんてのは、ただの希望的観測に過ぎない。

 ここは不利になるけど、正直に俺の正体をぶちまけるか、あるいは、このままはぐらかすか……。

 いや、仮に隠していたとしても、どのみち一緒に旅をしていれば、いつかはバレる。

 だったら、ここは正直に言うしか選択肢はないか。



「アーニャ、聞いてくれ。じつは――」


「のああ!? おまえさん、よくみたらお尋ね者のユウトじゃないのか!?」



 俺の告白を遮り、国王が名指しで俺をの名前を叫ぶ。

 まさに最悪なタイミング。やってくれたな。国王様。俺の計画はパーだ。



「ユウト……? 貴様、ほんとうに、あのユウトなのか?」


「国王様? ヴィッキー? ふたりはユウトさんをご存じなの? やっぱりユウトさんはユウ・メイジンさんなの?」


「……アーニャ、ひとつ言っておくが、有名人は固有名詞ではないぞ」


「当たり前じゃ。お嬢ちゃんこそ、こいつを知らぬのか。悪名高きパーティの一員じゃぞ! 自分たちがのし上がるために、他のパーティを卑劣な罠にはめ、崩壊させて、蹴落とす。やつらの毒牙にかかったパーティは星の数ほど。勇者の酒場ギルドもさっさと取り締まってしまえばよいものの、生半可な実力では歯が立たぬうえ、上層部とも癒着しておるから、迂闊には手出しができぬのだ」


「……な、なんか、俺たちについて、やけに詳しいですね」


「当たり前じゃ。なんせ、国王じゃからな。そのような情報の一つや二つ。耳にはしておる」


「……ユウトさん……それは、本当のこと、なんですか?」


「……ああ、本当のことだ」


「そ、そんな……では、ユウトさんはほんとうに……?」


「やはり……、こいつがユウトか……あの、勇者のパーティ……」


「アーニャ、ヴィクトーリアさん、騙すようになってしまってすまない。しかし、聞いてくれ。言い訳に聞こえるかもしれないが、騙すつもりはなかったんだ。本当だ。この事は頃合いを見て打ち明けようと思っていた。でも、いま打ち明けてしまえば、君たちが俺のパーティに加入するのを、拒むような気がして、なかなか言い出しづらかった。それに、俺は変わった。俺はそのパーティはもう辞めたんだ。あいつらはまだそれを認めていないと思うが、俺はもうあの頃の俺じゃあない。こんな女々しいことを言っている俺の言うことを、全部を信じてくれなんて思っていない。けど、これが俺の本心なんだ。こんな状況で申し訳ないが、改めて、言わせてもらう。どうか……どうか、俺のパーティに、加入してはくれないだろうか」


「そんな……うそです……、ユウトさんがあのお方だったなんて……そんな……!」


「狼狽えるな、現実を見据えろ、アーニャ。これは、偶然ではない。必然だ。天から授かったまたとない好機だ。この好機は逃してはいけない」



 ……天から授かった好機……?

 なんか、アーニャとヴィクトーリアさんの会話の内容から察するに、これって、俺の元パーティのやつらが、このふたりに対して恨みを買ったってことか? それで、俺に会えたことを好機ってことは……やばくない?

 生命の危機?

 パーティ加入以前に、俺が生命保険に加入しないとダメじゃん。

 あれ? 生命保険に加入したとしても、べつに死ななくなるわけじゃないじゃん。

 じゃあ、何に加入すれば……って、さっきから隣にいる国王のニヤケ面が癇に障る。



「……なに見てんですか」


「ぷーくすくす。因果応報自業自得。悪いことは巡り巡って、己に降りかかるのだ。若人よ。これを人生の教訓として、第二の人生を歩むがよい。まあ? 来世が人間だとも限らないんだけどね?」



 あれ? この国王……つか、おっさん、なんかムカついてきたな。

 どうせ二人に殺されるなら、このおっさんも道連れにしてやろうかな。

 うん、そうしよう。



「あ、すみません、じつはこのおっさんもボクの仲間なんです。僕を罰するんでしたら、このおっさんから先にどうぞ」


「はあ!? きったねー! おめー、なにウソぶっこいてくれてんの? まじムカつくわー。怒髪天だわー。え? なに? それがし、拙者をキレさせ候? 切り捨て御免しちゃって宜しいですか?」


「ユウトよ、そのおっさんがユウトの仲間ではないことはわかっている、観念しろ」


「うう……」


「ぶひゃひゃひゃひゃ! ザマーミロ! ウソなどつくからだ。ささ、お嬢様方、この無法者にきついバツを与えちゃってください。なんなら、わしがやっちゃうけど? 代行しちゃいますけど?」



 な、殴りてー……!

 でも、この場面はあれだ。こちらの誠意を示さなければ、られる……!



「すんまっせええええええええん! まったく身に覚えがないですけど、何でもしますから! ほんとまじ! 靴とか、綺麗に舐めますんで! 汚れとか残さないんで! 俺、汚れとか大っ嫌いなんで! 殺さないで下さあああああああい!!」


「じゃあ、わたしたち二人をパーティに加入させてくださいっ!」


「はあああああああああああい! よろこんでえええええええええ!」


「や、やったね、ヴィッキー!」


「ああ、これでひとつ、目標達成だな」


「……はい?」

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