小学生のあたしは気高き男の娘なので。
氷見ちゃん
第1話 男の娘ですがなにか。
男たちが笑ってた。
あたしを。にやにやと。
あたしが告白されたことを知っている男たちは、みんなであたしのことを笑ってた。
「ちょっと考えさせて」
あたしはそういっただけなのに。
「ばーか、罰ゲームだぜー」
その一言で、あたしは一方的に振られ、一方的になじられた。
悔しかった。唇が震えた。思わず手を握り締めた。
――ああ、これが悔しいってやつか。
やけに冷静になっているあたしがいた。
あたしはどうしたら目の前の男――比賀が傷つかなくてすむのかだけを考えていたのに。
いつのまにかあたしが比賀の告白を受けるような話になっていた。
このデブの比賀の告白を。このデブの!!
許せなかった。目の前の比賀も、クラスの男たちも。ついでに気の毒そうな顔を向けて親友面している自称友達たちも。
あたしは十二年生きてきた中で、この日ほど屈辱を感じた日はなかった。この日は好きだった算数の時間も、先生の言葉が耳に入ってこない。
どうしたら。
どうしたら、あいつらに、あたしのこの思いを償わすことができるのだろう。
思い知らせてやる。
あたしのこの屈辱を。
あたしのこの悲しみを。
あたし――
あたし、と書くと誤解を受けるかもしれない。
でも、あたしは確かに男で、認めたくはない事実として男だけれど、ああ、そう、男で悪かった。うっさいばか、しね
――こんなこと何べん繰り返してきただろう。
トランスジェンダー。
言葉の存在を知ったのは5年生のとき。
母さんに言われた。
――あなたは、女の子じゃないの、男の子なの。
は?と思った。
5年生ですよ?
ちんこが女の子のしるしじゃないことぐらい知ってるっつーの。
だけどいいじゃん、女の子の格好が好きだって、男が男好きだって。
たしかにそれで母さんには迷惑かけたと思うけど、しょうがないじゃんか!
って思った矢先だった。
「かずちゃんは病気なのよ」
ビョウキ。
なんて響きだ。
なんておどろく響きだ。
「かずちゃんは、トランスジェンダーなのよ」
また、は?と思った。
今でこそ、そのときの母さんの認識が間違っていたことを、あたしは知っている。
トランスジェンダーは病気なんかじゃないこと。
多くの人が同じ障がいをもっていること。
多くの人が前向きに生きていること。
そんなことをあたしは知っている。
でもそのときのあたしにとっては、天地がひっくり返るようなことであったことも事実。
ビョウキなんだあたし
ビョウキなんだあたし
ビョウキなんだあたし
「かずちゃん、おとこのくせに、スカートはいてた」
「かずちゃん、おとこのくせに、髪の毛伸ばして、ミツアミ編んでる」
「かずちゃん、おとこのくせに」
「かずちゃんおとこのくせに」
「kぁずあちゃんpなおとお」
ああああああああああああああああ!
なんてくるしいの?
今でも思い返しても息が詰まりそうになる。
世の中の「オトコノクセニ」を連発するやつはみんな死んじゃえ!
とにもかくにも、あたしは自分がトランスジェンダーという障がいを持っていることを知った。
それから1年がたった。
ついに6年になった。
あいかわらずスカートはいている。
あいかわらず背中まで伸ばした髪をミツアミにしている。
あいかわらず「あたし」が自分を指すし、あいかわらず、男の子が好き。
変わったのは身長が170cmまで伸びたこと。体重は52kgを維持していること。
声変わりをしてハスキーになったけれど、幸い極端な女顔。
あいかわらず、あたしの体は男だけれど。
あいかわらず、あたしの心はたぶん女。
これは、あいもかわらない、あたしの物語。
傷つけられた女の、そう、間違いなく女の、あたしの、物語。
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