ハーフサイズの街

ちびまるフォイ

にんげんのよくぼう、プライスレス

「いらっしゃい、いらっしゃい!

 今焼き立てのパンだよ! 買っていってね!」


「250mlのジュースもありますよーー。

 暑い日には水分補給を欠かさずに!」


「今だけ、ゲームの半分を先行ダウンロード!

 最新のゲームをプレイしてみませんか!」


ハーフサイズの町にやってくると、すべてが半分だった。

看板も、売られているものもすべて半分。


「はい、給料の半分」


「これだけは慣れませんね……」


「いいじゃないか。ハーフサイズの町だから、定時も通常の半分。

 それに、ハーフ副業も認められているし」


「まあ、そうですね。いろんな職を渡れて楽しいっちゃ楽しいです」


「なら、文句もハーフサイズでよろしくな」


何もかも半分で支給されるので、かけもちは当たり前。

それでやっと1人分が支給される。


「ただいまーー」


家に帰ると、バカでかい仕切りが目に入った。

ハーフサイズの町では家も当然ハーフサイズ。


通常の一軒家の中央に大きな壁で仕切りをたて、もう半分に他の人が住む。

ルームシェアといえば聞こえはいいが、お互い完全に分離してるのでシェアじゃない。


「狭いなぁ……」


とはいえ、家賃は半額。

慣れればこれでもそこそこ生活できるから人間の適応力は恐ろしい。


ある日、半分彼女とデートで遊園地を訪れた。


「ねぇちょっと聞いてよ。こないだ半分彼氏に、半分ケンカしちゃったの」


「へえ、どんな?」


「犬と猫どっちがかわいいかって。

 最終的にどちらも半分ずつかわいいってことに落ち着いたけど」


「ははは……それじゃ犬猫キメラが最高にかわいくなるのかな」


半分彼女は、俺の彼女でもあるし、別の彼氏の彼女でもある。

俺もこの彼女とは別に、もう半分彼女がいる。


どちらも俺のことは半分しか知らないし、俺も半分までしか知らない。


でも、それだけに踏み込みすぎない心地よい距離感がある。

全力でもめることも、全力で好きになることもない。


「ねぇ、ちょっとあれ見て」


彼女が指さした先に人だかりができていた。



「離せ!! 離しやがれ!!」


「おとなしくしろ!! 独占禁止令で現行犯逮捕する!!」


男が何人もの警察に組み伏せられていた。

それを見ているほかの人は苦々しい顔をしていた。


「やだわぁ……独占者よ……汚らわしいわねぇ」

「なんでも全部手に入れようとするなんて欲深いわ……」


「貴様ら、半分で満足かよ!! 全部手に入れたいと思ったことはないのか!!!」


「おい、暴れるな!!」


男はそのまま警察に連れていかれて見えなくなった。

それでも、俺の心の中には男の言葉が引っ掛かっていた。


「全部、かぁ……」


この町では半分ずつ買うことはできても、同じものを買うことはできない。

絶対に半分だけしか手に入らないようになっている。


それだけに、全部手に入れた時の充実感はどれほどのものなのか。


彼女だって、半分ではなく全部手に入れれば、どこまで心を開いてくれるのか。



「全部そろえる満足感」を試してみたい。



俺はペットショップへと向かった。


「これ……ください」

「はい、かしこまりました」


半分ペットを購入していったん家に連れ帰る。

今度は変装してまた同じショップへと向かう。


「この半分ペット、ください」


「かしこま……あれ? さっき来ませんでした?」


「いいえ、人違いですよ。すみません、急いでいるので早くお願いします」


「あ、はい。おっかしいなぁ……」


声音を変えて何とかごまかしてもう半分のペットを購入した。

万引きするような緊張感がずっとあった。


家にあるもう半分と、手元にある半分を合体させた。


「おおお! なんてかわいいんだ!!」


今まで半分しかなかったペットが1つになると愛らしさ2倍。

いや、もう3倍くらいかもしれない。


半分+半分 は 1じゃない。


完成された価値が追加されるんだ。


「これが独占感……!! なんて充実した気持ちになれるんだろう!」


一度この感覚を味わってしまうと、半分のものが未完成に思えてしまう。

常に未完成や中途半端なものばかりなので、そろえたくなる欲求にかられる。


それからは変装して、もう半分をそろえるのが日課になっていた。


変装にもなれたある日。


「これと、これください」


「ポイントカードはお持ちですか?」

「ああ、はい」


店員がカードを読み取ると、表示された名前にぴんときた。


「これ、さっきの人と同じ……。ま、まさか!?」


「しまっ……!!」


「だれかーー!! だれかーー!! この人独占者だーー!!」


店員の通報で瞬く間に独占警察がやってきた。

いつぞやの男のように、俺も警察に床に組み伏せられた。


「おとなしくしろ!! 独占禁止令で逮捕する!!」


「話を聞いてください! どうして半分で満足できるんですか?!

 何もかも中途半端で気持ち悪いじゃないですか!」


「独占依存症にはそう見えるんだよ。

 半分だけだからこそ、みんなにいろんなものがいきわたるのだ。

 この町で独占することは絶対に許さん!!」


俺に言い分は誰の耳にも届かなかった。


連行先の半分監獄が見えてくると、どんどん絶望感が広がっていく。


「ああ、俺の人生はもう終わりだ……」


「ここで己の独占欲を正すことだな」


一度、半分同士を組み合わせて完成してしまうともう戻れない。

半分だけで満足できない体になってしまう。人間とは欲深い。


半分警察はつかつかと俺に近寄ってきた。


思わず身構えると、かけていた手錠を外した。


「……え? どうして外すんですか?」


「半分釈放だ」


「いいんですか!?」


忘れていた、ここはハーフサイズの町。

成功も半分だが、失敗も半分。

逮捕されるのは半分で、釈放されるのも半分。


俺にはもう残り半分のチャンスが残っていたんだ。


「ああ、一生を台無しにするところだった。

 半生は大事に更生して過ごします!!」


「いいから行け」


「はい! ありがとうございます!!」


晴れやかな空の下、半分監獄を出た。

これからはもっとまじめに生きようと半生に誓う。



そのとき、後ろからやってきた半分警察にまた捕まった。


「独占警察だ! 貴様を逮捕する!!」


「えええ!? さっき半分釈放したのはなんだったんですか!!」


俺の問いかけに半分警察は、犯人よりも悪い顔で答えた。



「悪いな。1度逮捕しただけじゃ、半分しか手柄がもらえないんだ。

 もう1度逮捕すれば、手柄は今度こそ独占できるだろう?」

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