Garden for the Colorful Planet.

夏祭 詩歌

第1話 鹿内奏太のプロローグ(1)


 ぼくには好きな人がいる。

 編代有紗あみしろありさ

 頭が良くて格好良くて、いつも笑っているような女の子。

 初めて会った時から、彼女はぼくにとっての一番星だった。夜の闇の中でいつも一番まぶしく光っている星だった。

 ぼくはただこの庭で、彼女を見上げているだけで幸せだったんだ。



             § § §



「それじゃあ最終確認だ、鹿内奏太かないそうた。本当にいいんだね」



 机の上に座る黒猫は星空をぎゅっと押し込めたような目で、ぼくをみつめる。



 改めて緊張にぼくの体がこわばる。

 これにうなずけば、危険な戦いに挑んでいくことになる。わくわくする気持ちもなくはないけど、正直恐怖の方がずっと大きい。もしかしたら死んでしまうのだし、でなくても怪我したり痛い思いをするだろう。


 でも、そうしなきゃ叶わない夢がある。

 なら、ぼくはがんばってみたい。



「うん、契約する」

「じゃあ成立だ」



 黒猫の体が、電気が走ったように波立つ。星空色の目がカッと見開かれる。目の中の空が広がっていく。

 ぼくは黒猫の中の宇宙から目が離せない。足も顔も動かせない。もうぼくの目には星空しか映らない。

 ずっと夜空を映し続けた写真みたいに、ぐるりぐるりと星が線を引いて加速しながら回っていく。円を描いた流星の中心へぼくも飲み込まれていく――。



 …………。

 気づくとぼくは自室に倒れていた。机にはまだ星空色の目をした黒猫がいる。

 全身がしびれていて少し痛い。足にもうまく力が入らなくて、ふらふらと立ち上がる。

 ……?



「なんか視界が――んっ!?」



 ――低い、と言おうとして止まる。



「声が高い? え、え? なにこれ!?」



 喉はちっとも痛くないのに、咳払いをしたくなる。いつもより高くてちょっぴりほわほわと柔らかい声。



「どど、どういうこと……!?」



 思わず頭を抱え、る……?



「……、これは……」



 頭の感触が違う。全然違う……!


 髪を一房つまむ。髪をとくように手の中ですうっと滑らせる。すると、背中の後ろぐらいで離れてふわりと戻る。

 か、髪が長い……。肩甲骨の下ぐらいまである……。

 血の気がさあっと引いていく。ま、まさか……。



 ぱっと体を見下ろすと、白い半袖のシャツになんと黒いミニスカートを履いている!

 恐る恐るそのスカートに手を伸ばす。正確にはその奥、足と足の間に。


 …………ない。


 そこにあるべきはずのアレがない。

 十四年間、ぼくが生まれてからずっとそこにあり続けたアレが……。

 な、な、



「なんで女の子になっているのーーっ!!???」



 ぼくの口から出た悲鳴は、やっぱり女の子の高い声だった。



             § § §



 ――数時間前



「ほら、奏太。そろそろ起きろよ」



 頭の上の方から、気だるげなのにどこか甘い声が聞こえる。



「んっ、イズミ……?」

「今日は例の子のとこ、行くんじゃねーの?」

「はぇ……?」



 顔を上げると、がらっとした教室が目に入る。少しチョークの跡がしま模様に残った黒板に、傾きかけた日差しが当たっている。



「あれ、ぼく、寝てた?」

「そりゃもう、ぐっすりと。礼のときも起きなかったからな」



 イズミがからかうような調子で笑いかけてくる。そうすると制服のシャツの襟に触れるぐらいの、少し長い涼やかな髪が軽くなびいて、きれいな顔が良く映える。男に対してこう言うのは変な気もするけど、イズミはこうしていると本当に美人に見える。



「ほら、正悟が板書写しとけって」



 そう言って、ノートをぼくの頭にのせる。



「あっ、ありがと~。正悟しょうごはもう部活?」

「そ。だから返すのは明日でいいってさ」

「そっか、後でメールしとくよ」



 ノートを受け取って、鞄にしまう。今日は少し持ち物が多くてキツキツだから、折れたりしないように慎重に。




「ねぇねぇ鳴沢なきさわくん、さっき言ってた『例の子』って?」



 教室に残っていた辻野つじのさんがイズミに話しかける。眼鏡をかけてて肩にかかった髪がきれいな、落ち着いた感じの女の子だけど、今はいつもよりテンションが高い気がする。声もこころなしか柔らかい。



「ああ、こいつ、週二で会いに行く女の子がいるんだよ」

「えっ、彼女? 鹿内くん、彼女いるの!? 意外とやるタイプ?」



 辻野さんがぐるりとこちらを向く。セーラー服のスカートがふわっと広がるぐらいの勢いだ。眼鏡の奥で目がきらきらしてる。



「ち、違うよ、有紗のことでしょ? 有紗は普通の友達、というか、ぼくの片想いなんだー」



 ただの友達と言うのも違う気がして、つい言ってしまう。

 何を思ったのか、辻野さんは感心したように、ほおー、と息をはく。やっぱり今日はテンション高くて、楽しそう。



「ねぇ、聞いた聞いた? 『ぼくの片想い』だって!」

「こういうの、恥ずかしげもなく言うからなー、奏太」



 イズミまで、にまにまとこっちを見て笑ってくる。



「もー、いいでしょ、別に」



 好きってことを隠す必要はないけど、冷やかされると恥ずかしい。少し顔が熱くなる。



「会いに行くっていうと、その子のお家に行くの? それともどっかで待ち合わせ?」

「いつも家まで行ってるよー」

「おおー、ホント? すごいねー」

「奏太、時間いいのか?」

「へ?」



 イズミのゆるやかな声に時計を見ると、いつも学校を出る時間をすでに十五分くらいオーバーしてる。



「うわああ、ぼんやりしてた! ごめん、行かないと!」



 急いで鞄を担いで、立ち上がると、イズミに呼び止められる。



「俺らも途中まで一緒に行くよ、美海みうみもそれでいいだろ?」

「うんっ、鹿内くんにもまだ色々聞きたいしね」



 そう言って辻野さんはニヤッと笑って、鞄を持って立ち上がる。ぼくの話がずいぶん気になっているみたいだ。嬉しいけど、ちょっとこそばゆい。



 教室にはもうぼくたち以外いなかった。電気を消して出ていくと、窓から差し込んだ夕陽で廊下が少し眩しい。

 ぼくの後ろから、イズミと辻野さんが並んで出てくる。なんだか距離が近い気がする。



「もしかして二人はこれからデート?」

「お、バレたか」

「そうなの! ちょっとお買い物にねー」

「へぇ、いいなぁ、デート」



 そりゃテンションも高くなるよね。



「でしょー? あ、他の人には黙っててね、ほら、鳴沢くん人気あるしさ」



 辻野さんは最後の部分を、こちらに顔を寄せて小声で言った。



「うん、分かった。みんなに知られたら大変だもんね」

「だよねー」



 と辻野さんはニコニコと笑っている。本当に珍しくはしゃいでいる。弾んだ声もキラキラした目も、恋する女の子って感じで、なんだか関係ないぼくまで切ないような甘酸っぱい気持ちになってくる。



 にしても、デート……。

 イズミの方をちらりと見る。ちょうどぼくらは昇降口に到着したところで、かがんで上履きを取っている。背中が柔らかいのか、足を伸ばしたまま床の靴を掴んでいる。

 いつものことだけど、どうしてこの男はそういうことを黙っているかなー。


 目が合うとイズミはニッと笑う。品があって優美だけれど、どこかつかみどころのない、いつもの笑顔。

 ……あとで文句言ってやろ……。




「あ、そういえば辻野さんもぼくのこと待っててくれたのね、ありがとう」



 昇降口を出てすぐの学校の正門を出た辺りで、ふとそのことに思い当たった。



「そんなの気にしないでいいよ。放課後の教室で二人で話してるのもドキドキして楽しかったし」

「俺も美海のおかげで退屈しなかったよ」

「そっか、なら良かったぁ。確かに楽しそうだね」



 人のいない静かな教室。遠くに聞こえる部活のかけ声。夕陽で赤く染まった机や椅子。そんないつもと同じだけど違う場所で、好きな人と一緒にいるのは特別な感じがする。



「あー、いいなぁうらやましい、そういうの」



 想像していると、胸がきゅぅっとしてきて、つい本音が口をつく。



「えー? 鹿内くんだってこれから好きな人の家に遊びに行くんでしょ? そんな人にうらやましいって言われてもねー」

「だってだって、こっちは片想いでデートじゃないし、放課後の教室で、みたいなドキドキする展開起こらないし」

「あーそっか、この学校の人じゃないんだ。うちに通ってたら一緒に帰るよね」

「そうなんだよー。だから同じ学校に好きな人とか恋人いる友達のこと、結構うらやましくなっちゃう」



 例えば同じクラスになれるかドキドキしたり、廊下で見かけてつい目で追いかけてしまったり、図書館でこっそり内緒話をしたり。そういう特別なこと、全部同じ学校でしかできないことだから。

 日中はずっと学校にいる中学生に、この違いはちょっと重すぎる。



「へぇ~、でもうらやましいかぁ。別の学校ってなんかちょっとロマンチックだなぁ、って思ってたけど、結構大変そうだね……」

「そうだよ、ちょっとした遠距離恋愛って感じっ!」

「奏太、週二、三で会える身分でそんなこと言ってると、本当の遠距離の人に怒られるからな……」

「う、気をつけます……」



 珍しくイズミに苦い顔で釘を刺された。そんなにまずいことなのか……。




「それで鹿内くん、その子どこの学校に通っているの? 遠い?」

「あぁ、ええっとね、遠くじゃないんだけどね」



 うーん。

 こればかりはどうしても言い方が難しくて、つい歯切れの悪い言い方になってしまう。辻野さんは無邪気に微笑んでいる。



「有紗、足が不自由だから車椅子で生活しているの。だから養護学校に通っているんだ」

「えっ……」



 辻野さんの表情が、みるみる固まって青ざめていく。



「そ、そうだったんだ……。ごめんなさい、なんか色々訊いちゃって」

「ううん、そんなこと気にしないで。ぼく嫌じゃなかったよ。あんまり話す機会がないから、むしろ楽しかったぐらい」

「そ、そっか、なら良かった」



 良かった、って言う辻野さんの顔はまだ少しこわばっている。



「うん。それにね、車椅子でもそんなに特別なことじゃないよ。一緒にいるとよくわかるんだ。優しくてちょっと大人っぽくて笑顔の素敵な、普通の女の子だよ」



 そう言うと、辻野さんは一瞬きょとんとして、それからくすくすと笑い出した。



「えっ、えっ、何か変なこと言った?」

「いやぁ、本当にその子のこと大好きなんだなぁって」

「うっ、やめてよ……」



 指摘されると急に恥ずかしくなって、顔が熱くなる。



「そっかぁ、優しくてー、大人っぽくてー、笑顔の素敵な子、かぁ」

「うー……」



 一つ一つの単語を区切るように強調して話す辻野さんの声に、顔がますます熱くなる。改めて自分の発言を聞かされると、すっごく恥ずかしい……。



「その辺にしとけよ、美海。そういううかつな、じゃなかった、素直なところが奏太のいいところなんだから」

「はーい」

「イズミ今、『うかつな』って言わなかった……?」



 なんでうかつなところが、いいところなんだよ。


 でも良かった。辻野さん、調子戻ったみたいで。これからデートだっていうのに、あんまり気を使わせてしまうのは、なんだか悪い気がしたから。あのハイテンションに水を差してしまうのもいやだし。

 だからまぁ、からかわれたのは恥ずかしかったけど結果オーライ、かな? 



「ねぇ、鹿内くん、もっとくわしく聞かせてよ。いつからその子のこと好きなの?」

「んっと、好きになったのは二年前ぐらいかな? 仲良くなったのは小四のころだから四年前だねー」

「へー、結構長いんだね。その頃から家に行ってたの?」

「うん、そうだよ。あの頃は平日はほとんど毎日会ってたなぁ」

「おおー」

「最近はそこまでじゃないけどね。でも、少なくても週に一回は会いに行ってるよ」

「はぁ~……」



 辻野さんは、感心したように深く息をはいた。そして、後ろからこっちを眺めていたイズミに向かって、



「わたし鹿内くんのこと、いい子だけどちょっと天然っぽいなー、って思ってたんだけど、実は結構アレというか、意外とやるタイプ?」

「ははっ、奏太は意外とすごい奴だよ、意外と。抜けているけど」

「そう? あんまり実感わかないけど、ほめられるのは素直にうれしいなぁ」



 自然と顔がゆるむ。ちょっと『意外と』が多い気がするけど、天然とも言われているけど、まぁ大体ほめてくれているみたいだし、気にしないでおこう。




「あ、奏太、俺らこっちだから」



 そんなことを考えていたら、イズミに声をかけられた。たまに一緒に帰るときの、有紗の家まで行く道を覚えていたんだろう。



「じゃあね二人とも。デート、楽しんできてね!」

「ふふっ、鹿内くんもねー!」



 手を振って、二人は左に曲がっていく。

 二人は前に向き直ったけど、ぼくはちょっと気になって、立ち止まって長めに見送ってみる。やっぱりいつもより少し二人の距離が近く見えるけど、気のせいのような気もする。クラスメイト同士が恋仲になると、やっぱり気になっちゃうなぁ。

 二人はすぐにまた道を曲がって見えなくなる。それを確認してから、ぼくも歩き出す。



『ごめんなさい、なんか色々訊いちゃって』



 一人でいつもの道を歩いていると、辻野さんのさっきの発言が耳に浮かんだ。

 車椅子だっていうのは、やっぱりすごく特別なことに聞こえるんだろう。有紗のことを話すと、みんなぎくりとたじろいだり、逆に不自然なほど何でもないようにふるまったりする。

 あのイズミだって、昔話した時は目に見えて動揺していた。イズミはいつもスマートでリラックスしていて、彼ほど『動揺』という言葉から遠い人はいないというのに。



 だから、そんなに有紗のこと引かないでほしいとか、あまり気を使わなくていいとか、難しいんだろうなぁ……。

 もっと上手い言い方があるんじゃないかな、っていつも思う。相手に動揺させたり気を使わせたりしない言い方、傷つけない言い方を見つけなきゃいけない。



「やっぱり、段階を踏んで話していった方がいいよねー」



 びっくりしちゃうから、動揺したりするんだと思う。びっくりさせない為には、徐々に慣らしていった方がいい。だから、ちょっとずつ話していけばいいんだ。



「……でも、この場合の『段階』って何……?」



 そんな風に考えごとをしながら歩いていたら、ふっと全身に違和感を覚える。


 ――え。


 何かが気になって辺りを見渡す。住宅街の、車がすれ違うのにちょっと苦労するぐらいの道路だ。道路にはみ出している木は須藤さんの家の柿の木だ。ここに住んでいるおじいさんは優しくて、秋になるといつも柿を二つずつくれる。それで、その先の信号のない曲がり角を左に行って少し進むと有紗の家。



 うん、いつも通りの道だ。でも何故か、まるで何もかもが違って見える。

 もう一度見渡して、そして、違和感の正体に気づいた。



 猫だ。真っ黒な猫が須藤さんちの向かいの塀に座って、こっちを見ている。もち

ろん、猫なんて珍しいものじゃない。けれどその黒猫は見た目は普通に見えるのに、どこかが明らかに異質だった。


 夏も近い六月末だというのに、寒気を覚える。勇気を出して、おそるおそるゆっくりとその黒猫に近づいてみる。


 近づいていっても、黒猫はこちらを見たまま微動だにしなかった。目をそらさずにこちらを見続けている。すごくきれいな目だ。黒いのにきらきら光って見える。星空をこの小さな円の中に押し込めたみたいな美しさだった。



 きれいなのは目だけじゃない。賢そうな表情に滑らかな腰のライン。長いしっぽが揺れているのもとてもかわいい。猫の世界でも相当な美人なんじゃないかと思う。

 なのに、この子を見てると得体の知れない不安感を覚える。じっと見ているのに、ここにいるって確信が持てずどこかあいまいなままで、まるでこの猫は、今にも霧のように消えていくんじゃないかって、そんなことを思わされる。



「ずいぶん僕たちの姿が気になっているようだね」



 そう猫が口を開く。不思議と遠くから響くような声だ。



「うーん、なんだか不思議なんだよね。きれいなんだけど、なぜかちょっと怖くって」



 危害を加えられる怖さとは、ちょっと違うんだけど。


 …………ん?

 今この猫……、気のせい? 



「案外ニブいんだね、君は」

「わああ!?」



 反射的にのけぞってしまって、アスファルトの道路に尻餅をつく。い、痛い……。

 見上げると、黒猫が苦笑いしながらこちらを見下ろしている。苦笑いしてるよ、この猫……。



 黒猫は猫らしく塀から、すとんと降りてきて、


「大丈夫かい、鹿内奏太」

「う、うん、ありがとう。って、なんでぼくの名前を?」

「少し君に頼みたいことがあってね。お願いをする相手の名前ぐらいは調べるさ」

「そうなんだ、まじめだねー……、じゃないよ!」


 混乱しているところに普通に話しかけられて、ついついこっちも普通に返事してしまった。



「な、なんで、猫がしゃべってるの!?」

「ずいぶん今さらな質問だね」

「びっくりして、そんなこと聞く余裕なかったからねっ!?」

「そうだね、まず僕らは猫の形をしているけど、実は猫じゃないんだ。分かりやすく言うと、夢魔や妖精のようなものかな」

「夢魔……」



 人の夢の中に入りこむというアレ、だろうか。なんだっけ、えっちな夢を見せるんだっけ? 



「普段は人の夢の中、意識の中で暮らして、人の幸福な夢を糧に生きているんだ。こうして特別な相手にだけ姿を見せることにしているから、君が知らなくても自然なことだよ」

「はぇ~……」



 そんな不思議な生き物が本当にいるもんなんだなぁ……。

 にしても、こうして普段の言葉で会話をしていると、段々さっきまでの少し怖い雰囲気も薄まり、話しやすくなってきた。理性的で落ち着いた話し方だからかもしれない。信頼できる生き物のような気がする。




「えっとそれで、ぼくもその『特別な相手』に選ばれたってこと?」

「それは君の選択次第だね。君が僕らの頼みを聞いていてくれるならそういうことになる」

「あ、そっか。頼みある、って言ってたもんね。それでその頼みって? あんまり大変なことじゃないといいんだけど」



 理由なく頼みごとを断りたくはないけど、ぼくは運動も勉強もそこまで得意な方じゃなくて、手に余るようなことを頼まれても断るしかない。



「大変なことじゃないよ。君に素質があるから頼んでいるんだ、魔法使いとしての素質がね」

「ま、魔法使い……」



 す、すごい話になってきた……。魔法使いになる。しゃべる猫に言われたって、簡単には信じられない。



「僕たちは、君たち人の見る夢の中で生きている、と言っただろう? ところが近年、悪夢を見る人が増えてきてね。このままだと僕たちの生存も危うい。そこで君たちの助けが欲しいんだ」

「魔法で人の悩みを解決したりするの?」

「もっと直接的だよ。悪夢を生み出す怪物を倒してほしい」

「か、怪物……」

「人のストレスが具現化したもの、って言えば分かりやすいかな? ともかく夢の世界ではそういうものが現れるんだ。君はそれを……」

「魔法を使って倒す……」

「そういうことだよ」



 つまり、アニメのヒーローみたいになれってことだ。変身して、人の生活を脅かすものと戦うヒーローに。


 ヒーロー。そう聞いて心躍らない男の子なんていない。でも少し、いやかなり怖い。『怪物』なんてものと戦うだなんて。



「あまり乗り気じゃないみたいだね」



 そんな気持ちが顔に出ていたのか、黒猫はそう呟き、星空色の目でこちらを見つめる。



「うーん、正直ちょっと怖いよ。そりゃ魔法使いなんて楽しそうだけど、戦って怪我したりするのはやっぱりいや、だなぁ……」

「そうかい」

「ごめんね、君たちは困っているのに」

「構わないよ。戦えるのが君一人、ってわけでもないからね」



 そうだったのか……。そう聞くと、ちょっと肩の荷が下りた。



「ただ、やるかやらないかの決断は、報酬の話を聞いてからでもいいんじゃないかな?」



 ニタリ、と黒猫の口元が笑みの形をつくる。



「報酬?」

「そう。もちろんただ働きで戦わせるわけにはいかないからね。怪物たちがため込んだ魔力を君たちに渡すことにしているんだ」

「魔力を?」

「その魔力がたくさんあれば、理論上はどんな魔法だって使える。つまりね――」



 そこで黒猫は息を継ぐように間を置いた。星空色の目がぼくを見つめている。その輝きをぼくは少し怖く思った。




「――怪物を倒せばそれに応じて、どんな願いだって叶えてあげる」

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