続・帰宅…?

「それで、今日は何の用で来たんだ?わざわざ帰って来ましたなんて報告しに来た訳じゃ無いだろ?」


「良く分かりましたね、実はオットーさんに相談したい事があったんです」


 目を丸くする瑞樹をよそに、ふぅと呆れたように息を吐きながらオットーは答える。


「お前さんは感情が顔に出やすいからな、良く言えば裏表が無い、悪く言えば単純だ。じゃなくてお前の話しだ、さっさとしろ」


 単純と言われ瑞樹は少しだけむっとするが、あぁこれがいけないのかと自身を諫める。首をふるふると振り頭を切り替えて本題に入る。


「実はノルンの寝床を探しているんです」


「寝床?寝床何てビリーの所…あぁそういえばあそこはかなり狭かったような記憶があるな。何回か見た事がある」


 オットーは得心しながらも表情は苦々しいような憐れむような、複雑な表情をしていた。


「はい、ただでさえ狭いのにそこにノルンが加わるとなかなか…最終的にはみんなで生活出来る場所に引っ越せたら良いんですけど、取り敢えずノルンだけでもと思いまして」


 直後瑞樹は「そうしないと俺が野宿に…」と小声で呟く。無論ノルンの為ならそれも止む無しだが、回避出来るのならしたい切実な思いがあった。そんな裏事情をオットーは知る由も無いが、意外な回答が帰って来た。


「ならハンナとシーラに頼めば良い、あいつらならちゃんと泊めてくれるだろうし、何より安心して預けられるだろ?」


 そう言ってオットーはニッと笑う。確かに二人には瑞樹も全幅の信頼を寄せているが、二人の負担にならないか少し心配だった。


「まぁお前さんの頼みならあいつらも断らないだろうし、お前さんが迷惑かけると思っているなら宿代で渡しとけば良いだろ」


 なるほどと瑞樹は手をポンと叩く。お金で解決とは聞こえは悪いが効果は抜群、後腐れも無い。後は二人が了承してくれるかだが、それはもう一つの用を終わらせてからと、瑞樹はすっかりその存在を忘れていた、自身の手に持っている革袋の中から一つ何かを取り出す。


「あのオットーさん、これアートゥミのお土産です」


 それは銀色のペンダント型の懐中時計で、装飾が施された蓋を開けると中から時計版が現れる仕組みになっている。歯車が剥き出しのそれは、どことなく男心をくすぐるデザインで正直瑞樹も欲しい程だ。それを受け取ったオットーは未だかつて見た事が無い程顔を緩ませる。


「ほぉ…これはなかなか…いや素晴らしいな」


 先程から自らの世界に入り、感嘆の声を漏らし続けている。まさかこんなに喜んでくれるとは、瑞樹は選んでくれたファルダンに心の底から感謝した。


「…おっとスマン、少し我を忘れていた。悪いなこんなに良い物を貰って、高かっただろ?」


「値段を聞くのは野暮ですよ、オットーさんにはいつもお世話になっていますから、そのお礼も兼ねてです」


「それもそうだな、分かった。大切に使わせてもらう」


 その後瑞樹はオットーと別れの挨拶を交わし、再び下の酒場へと向かう。丁度昼飯時が終わり先程と比べれば随分閑散としていて、ハンナとシーラが椅子に座って休憩しているのが見えた。


「よ。二人とも今大丈夫?」


 瑞樹とノルンは二人のいる卓の椅子へ座り、全員分のお茶を注文する。


「あぁ良いぜ、っとシーラはお茶を頼めるか?」


「う、うん。少し待ってて」


 ハンナに促され、シーラはパタパタと厨房の方へ向かう。それを見届けた後瑞樹はハンナへ視線を移し口を開く。


「二人が変な表情をしていた理由が分かったよ。俺の考えが浅はかだった」


「分かったんならそれで良いさ。別にあたしらもその子の事をどうこう言うつもりじゃない。ただお前は大人なんだからそういう事はちゃんと知っておくべきと思っただけさ」


「お茶持ってきたよ…何の話し?」


 シーラがお茶を持って来てくれた所で、ハンナが話しの流れを振り返る。どうしても気にしてしまうノルンは少し肩身の狭そうに顔を俯かせていたが、瑞樹が頭をポンポンと撫でると嬉しそうに笑顔を返す。その様子を観察していたハンナとシーラは口を尖らせたり、むっとしたり忙しそうにしていた。


「…二人とも随分と仲が良いんだな」


「う、うん。少し嫉妬かも」


「えぇ…別に嫉妬なんかしなくても…」


「いいやするね!あたしらがこんなに瑞樹の事を心配しているのに瑞樹ときたら」


「う、うん。私達の事も同じくらい大切にしてくれても良いんだよ」


 瑞樹はさらにえぇ…とドン引きする。変な空気を払拭しようと、瑞樹は革袋の中をごそごそと調べ、品物を取り出して二人に差し出す。


「は、はいこれ二人にお土産!」


「ふんだ!あたしらは物でつられたりなんか…」

「う、うん。簡単に買収されたりなんか…」


 二人は途中から言葉を失い、無言のままそれを手に取る。それはファルダンに用意してもらった香油で、あくまでそれなりの品質だが庶民にはなかなか手の出せる物ではない。瑞樹は若干卑怯かもと後ろめたい気持ちがあったが、これから二人にノルンの事をお願いしなくてはならないのでご機嫌を取るためには手段を選んでいる余裕が無かった。


「うはぁ…あたし香油って初めて見た…」

「うん…良い匂い…うっとりする…」


 二人は香油が入った容器の蓋を開けては閉じ、広がる香りを何度も楽しんではうっとりしている。喜んでくれて何よりだったが話しがまるで進まない、瑞樹はおほんと咳払いをして二人を正気に戻す。


「ふ、二人とも喜んでくれて何よりだ。…っともう一人は?俺の代わりの」


 瑞樹が周りをキョロキョロと見渡すが、もう一人の…この一月瑞樹の代わりに給仕をしてくれた娘の姿が見えなかった。


「あぁ、あの子なら今用事があっていないんだ、夕方くらいになれば戻ってくると思うけど」


「そうなんだ。これを渡したかったんだけどな」


 瑞樹は革袋の中に再び手を伸ばし、もう一つ香油を取り出す。


「じゃあ私がちゃんと渡すよ、ハンナだと心配だし」


「そうだな、シーラなら安心だ」


「なんだよ、あたしだと不安だってかぁ!」


「うん」

「うん」


 瑞樹とシーラが息を合わせて返事をすると、ハンナはムキー!と顔を赤くする。本気で怒っている訳では無いが頬を膨らませている。まるで漫才のような一連の流れを見ていたノルンは面白そうに笑顔で見守っていた。


「で、だ。今話すと卑怯に思うかも知れないけど二人にお願いがあるんだ」


 神妙な面持ちの瑞樹を見た途端ハンナとシーラはきょとんとするが、二人が目配せをすると苦笑しながら口を開く。


「別にそんな事無いさ、ど~せそこの…ノルンだったっけ。その子の事だろ?」


「良く分かったな」


「瑞樹は分かりやすいからね、ハンナみたいに」


「えぇ…まぁ良いや。確かにノルンの事だ、実は二人にノルンの寝床を提供して欲しいんだ。ビリーの所が少し手狭で、な」


 瑞樹が目を逸らしながらそう言うと、二人も察したようにあぁ…と声を漏らす。どれだけビリーの家は有名なんだと、心の中で叫び頭を抱える。


「瑞樹の頼みとあれば断る訳にもいかないな」


「う、うん。別にお土産がどうのとかじゃ無くて私達がそうしたいだけだから、気にしないで」


 瑞樹は二人に天使の面影を感じつつ、感謝の言葉を述べる。


「じゃあお礼って訳じゃないけど宿代を—」


 瑞樹の言葉をハンナが手で制止すると、少しむっとしたまま瑞樹に視線を向けて口を開く。


「それも無しだ。仲間内でお金のやり取りなんてなるべく無い方が良い」


「そうだね。瑞樹に他意は無いだろうけど…人の厚意は素直に受け取るべきだよ」


 年下の二人に諫められては瑞樹も首を縦に振るしか無かった。ちらりとノルンの方に視線を向けるとノルンも苦笑いで瑞樹を見ていた。


「ノルン、じゃあ申し訳無いけど今日から暫く二人の所で寝泊まりしてもらうけど大丈夫?」


 瑞樹が女声で尋ねると、ノルンはこくりと大きく頷く。


「私は大丈夫です、姉さんこそそんなに心配しないでください」


 そんな事を言われても心配なものは心配だ。瑞樹は別に二人の事を信頼していない訳では無い。ただ、およそ一月の間ずっと夜を共にしていたので何となく寂しい気持ちになる。まるで子離れ出来ない親のようだった。


「大丈夫だって、瑞樹の代わりにあたしらがちゃんと可愛がってやるから」


「う、うん。それに、そんなに心配なら瑞樹も私達の家に来る?」


 シーラはくすくすと笑いながら瑞樹に詰め寄ると、堪らず顔を赤くして遠慮します…と丁重に断る。瑞樹がヘタレな事を知っている二人は目に涙を浮かべながら大笑いしていた。


 ともかくノルンの寝床は解決され瑞樹はほっと人心地付くが、実はもう一つとんでもない事を忘れていた。これを思い出すのは数日後の事である。

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