第一話 都会育ち、方言に苦労する

 大輔が山形に引っ越してから苦労しているものの一つに、方言がある。

 勤務先は全国に支社がある関係で、元々地元が山形の人でも、意識して標準語を話している人が多い。しかし地元に長く住んでいる大ベテランの御仁や、取引先にいる年上の社員などは、こちらの出身が南関東だろうとお構いなしに方言を喋る。意識して標準語を話してくれていると言っても、大輔にとっては会社の同僚の方言混じりの標準語でさえも意味がわからないことが多い。そういった気遣いがない知らない言葉の羅列は、標準語が当たり前の世界で暮らしてきた大輔の理解の外になってしまっていた。


「大輔さん、大丈夫だか? おっかない顔してっけど」

 自分よりも若いはずの直樹は、会社のベテラン勢よりも訛りが強い言葉遣いをする人間だった。

「いや、自分ここに引っ越ししたばかりなせいか、山形の方言がわからなくて……」

「あー、たすかに都会の方と言葉は違うべな……逆に俺は訛りが直んねんだず……県外の人と話すときは訛らねようにしったけんども、言ってることがわがんねみたいでなぁ……」

 少し困ったような顔をして、直樹は視線をそらす。ただ大輔はこの発言の意味を理解するまで、直樹が困っているという事が把握できなかった。直樹に限らず山形で出会う人の大半が早口で、まくしたてるように喋るのだ。今の職場に入る時も新しい上司から初めてかけられた言葉の意味がわからないどころか、後で言葉の意味を聞くまで怒鳴られていると感じていたのだ。だから山形の人間の話を聞く時は、声の調子ではなく言ってる内容を把握しないと相手の気持ちが理解できない……そう大輔は結論づけていた。


「あーんだ、俺が標準語できねってことよりも、大輔さんが山形弁わがらねって話だべしたー!」

 急に我に返った直樹が叫ぶ。突然の大声に面食らっていた大輔だったが、

「そうですよ……俺が悩んでたのはその話ですよ……どうすればいいんですかね……?」

 肩を落として直樹に問いかけた。

 それを改めて聞いた直樹はしばらく考え込んだ。少しの間唸っていた直樹だったが、絞り出すような声で、

「やっぱり、その場で聞いたほうが良いんでないかず……? 大輔さんまだ山形さ来たばっかだべ? 相手もその事はわかるんでないべか……?」

 うなりながら正論を大輔に投げかけた。

 しかし大輔は今まで周りに流され、他人に押し切られ、次第に主体性を持って行動することのなくなった人間である。話の流れを断ち切ってまで相手の発言の真意を知ろうとするよりも、その場でわかったふりをして周りの空気を読み、それっぽくこなしてしまうほうが正直楽だった。

 大輔が直樹に「それが出来れば苦労しない」と言い返そうとした時だった。突然うつむきがちだった直樹の上体が一瞬で起きると、

「んだ! 会社のはなすがわかんねんなら、プライベートで練習すれば良いんだず!」

 そう目を輝かせながら大輔を見て叫んだ。言われている方の大輔は嫌な予感がふつふつと沸き上がっていた。戸惑う大輔をよそに直樹は、

「そうとなったら早速練習すっぺ! ちょうど飯の時間だし、うちさ来て飯食ってけろ!」

と、またいつものように大輔の手首を掴んで自宅へと引っ張っていく。

「待ってくださいよ東海林さん! 急に来てそんな悪いですから!」

 申し訳無さと突然の展開への驚きで大輔は、珍しく声を張り上げる。しかしその光景を見た大家、つまり直樹の母は、

大丈夫大丈夫さすけねさすけね、大輔さんがよければあがらっしゃい!」

 とこちらの二人に向かって手招きをした。大輔は諦めて大家一家と夕食を共にするのだった。

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