その日、棒と玉は動いた
沢田和早
棒は棒立ちとなり玉は魂消た
一.前編
結婚三年目。そろそろ子どもが欲しい頃だ。さすがに新婚当時ほど盛んではないが、それでも週に三回は妻と一緒に頑張っている。
「子供は天からの預かりもの。きっと私たちにはまだ早すぎるのよ。気長に待ちましょう」
のんびり屋の妻はそれほど焦ってはいないようだ。しかし妻の母、義母はかなり焦っている。週に一度は私たちの新居に顔を出し、
「早く孫の顔が見たいわねえ。あ、そうそうお土産があるのよ、はい、赤まむしドリンク三ダース」
などとあからさまにプレッシャーをかけてくる。男の股間、ではなく
――リリリリ、リリリリ!
目覚ましの音。手を伸ばして止める。横に寝ている妻はまだ夢の中のようだ。寝付きが良く寝起きが悪いのは妻の特徴。しかしそれにももう慣れた。私はダブルベッドから起き上がり窓のカーテンを開けた。
「いい朝だ。日曜日だしどこか遊びにでも、おや……」
奇妙な感覚が私を襲った。下半身がやけに軽いのだ。まるでそれまでそこにあったはずのモノが消え失せてしまったかのように……
「まさか……」
恐る恐る股間に手をやる。ない! 何の手応えもない! 大慌てでパジャマのズボンとパンツを一緒に下げ、股間を凝視する。
「う、嘘だろう。本当に何もない。一面の荒野じゃないか!」
私の股間には驚愕の光景が広がっていた。そこにあったはずのチ〇コとキ〇タマは姿を消し、代わりに豆粒のような突起が申し訳なさそうにくっ付いている。どうやらそれが尿道口のようだ。
「な、なぜこんなことに。病気? 事故? 犯罪? 誰かが寝ている間に切り取った? いやそれなら血だらけ傷だらけになるはず。一体何が……」
「キャー!」
私の思考は絹を裂くような悲鳴によって中断させられた。滅多に取り乱したりしない妻が叫び声を上げたのだ。ただごとではない。下半身丸出しでベッドに駆け寄る。
「どうした!」
「こ、ここを見て。どうしてこんなものが」
妻が指し示す場所を見た私は、キ〇タマを蹴り飛ばされたような衝撃を感じた。妻の股間には驚愕の光景が広がっていた。
「う、嘘だろう。まるで中国雲南省の石林のようにそそり立っているじゃあないか」
信じられなかった。妻の股間にはチ〇コとキ〇タマがついていたのである。私が目を見開いて凝視していると、妻も私の異変に気がついたのだろう震える声で言った。
「あ、あなた。その股間どうしたの。何もないじゃない」
「何もないことはない。尿道口らしきものはある」
「そ、それはそうだけど、でも……」
私と妻は互いに互いの股間を見詰め合いながら沈黙した。何が原因でこのような事態が発生したのか見当もつかなかった。
「もしかして、あなたに愛想を尽かしたチ〇コとキ〇タマが、私の元へ逃げてきたのかしら」
「いや、違う。そそり立ってはいるが、私のチ〇コはそんなに貧弱ではない」
「あら、そうかしら。冬はいつもこれくらいに縮こまっているけど」
「今は縮こまるような寒さではない。にもかかわらず貧弱な状態なのだから、それは私のチ〇コではない。おまえ、もしや私以外の男と好い仲になったのではないだろうな」
「ひどいわ。あたしがそんな女に見えるの。それに常温でもこんな貧弱なチ〇コしか持たない男と仲良くなれるはずがないじゃない」
「では一体私たちに何が起こったと言うのだ」
再び無言で互いの股間を見詰め合う妻と私。やがて隣近所から悲鳴が聞こえてきた。
「いやあ~ん、どうしてこんなモノがあたしのお
「おい、オレのチ〇コどこ行ったんだよお~」
「えっ、ウソ、なにこれ、ちょ、キモいんですけど」
「ママー、ボクのオチ〇チン、迷子になっちゃったみたい。おねしょはそのせいだよ」
どうやらこの怪現象は私たちだけの話ではないようだ。取り敢えず情報が欲しい。私と妻は寝室を出るとリビングのテレビをつけた。
二.後編
あの日から私の人生は大きく変わった。私だけではない。地球上の全男性の人生が大きく変わったのだ。
「またひとり、我が同志が逝ってしまいおったか」
広々とした部屋でテレビを観ながらつぶやく。私は今年で百十歳。ギネス認定の男性世界最高年齢は百十六歳なので、あと六年頑張れば記録更新だ。
「あれから八十年近い時が流れた。振り返れば光陰矢の如しじゃわい」
私は思い出す。突然妻と私に降りかかった異変、それは世界各地で発生していた。
「男」に分類されていた者のチ〇コとキ〇タマは尿道口だけしかない突起物に置き換わり、「女」に分類されていた者の股間には新たにチ〇コとキ〇タマが発生した。
住む地域、民族、年齢、性癖、食べ物の好き嫌いなどに一切関係なく、地球上の全人類が一夜にして変貌してしまったのだ。
「病気か、ウイルスか、放射能か、神の意思か」
各国の優秀な医者、学者、宗教家、探偵、食べ歩きグルメリポーターがこの現象について調査し、議論し、文献を漁った。だが原因はわからなかった。八十年経った今も解明されていない。
「これは進化と考えるしかあるまい。超進化による新人類の誕生だ」
最終的に人類はそう考えることで自分たちを納得させた。言うまでもなく新人類とは棒、玉、穴の三種の神器ならぬ三種の性器を所有するに至った旧女性を意味している。
「これからはあたしたちの時代よ」
旧男性は完全に無用の長物となった。生殖機能がないのだから当然である。同時に旧男性は恋愛対象からも外された。旧女性は旧女性だけで恋愛をはぐくむようになった。自由に攻めと受けを楽しめる新しい愛の形。熟練したペアは攻め受け同時プレイも可能である。男女の区別ができないのでジェンダー問題も一気に解決してしまった。
「じゃ、これにハンコを押してちょうだい」
超進化が人類を襲って一年ほどした時、義母から離婚届を突き付けられた。覚悟はできていたが心の整理はできていない。
「あの、やはり別れなくてはいけませんか。子供ができなくても夫婦として最後まで添い遂げることは可能だと思うのですが」
「冗談じゃありませんよ。私はあなたが男だから婿として認めたのです。今のあなたは男じゃないでしょう。娘を大切に思っているのなら、あなたが身を引きなさい」
妻は申し訳なさそうに顔を伏せている。私のチ〇コとキ〇タマが亡くなった瞬間、私への愛情も亡くなってしまったのだろう。私はハンコを押した。
ジェンダー問題はなくなったが、旧女性と旧男性の問題は残っていた。私同様、離婚される旧男性は急増した。悲惨なのはこれまで一度も恋愛経験のなかった若年層の旧男性だ。
「ああ~、こんなことなら一発ヤッておけばよかったあ~」
残念ながら棒と玉のない彼らには、永遠に一発のチャンスはやって来ない。さりとてこのような超進化が起こらなかったら一発のチャンスは確実にあった、と断言できないのが辛いところではある。
加えて恐ろしい事実が明らかになってきた。超進化の後、生まれる子供は全て旧女性、三種の性器を標準装備した者ばかりなのである。旧男性のような形態の者はもちろん、かつての女性や男性のような形態を持つ者すら生まれて来ない。やがて旧男性が滅亡するのは誰の目にも明らかだった。
旧男性はどんどん社会の片隅へと追いやられていった。棒がないので立ちションができなくなった旧男性は女性トイレを使い、男性トイレは新人類の旧女性が使うようになっていたが、それすらも撤廃され、トイレはひとつに統一された。旧男性はこそこそと新人類である旧女性のトイレ(大きい方)を借りるのだ。
「くそおー、もうこんな人生嫌だあ!」
前途を悲観して自ら命を絶つ旧男性が続出した。数十年のうちに旧男性はその数を半分にまで激減させてしまった。
そんな気運の中、唯一残った尻の穴を使って旧男性同士で慰め合う者たちが現れた。彼らは「お知り合いならお尻愛」を合言葉に全世界で賛同者を集め、旧男性国家建設の動きまで見せた大集団に発展した。
が、時の流れと共に賛同者は寿命を迎えてその数を減らし、五年前、遂に解散してしまった。旧男性滅亡、その時は確実に近づいているのだ。
「……さんの死去により、現在生存している旧男性は五十九名となりました」
同志の訃報を知らせるテレビのニュースを聞きながら、私は部屋を見回した。淡いピンクを基調とした広々とした空間。今、旧男性は絶滅確実な種として厳重な管理下で保護されている。二十四時間監視され、僅かな体調変化があればすぐに医者が飛んでくる。
「まだまだ長生きできそうじゃわい。当面の目標はギネス記録の更新じゃな。ほっほっほっ」
運のいいことに、私はこの年齢になってもボケたりせず、すこぶる元気である。健康の秘訣はけん玉だ。けんを股間に当てて玉を弾いていると、在りし日のチ〇コとキ〇タマがそこに存在しているかのように感じられるのだ。死ぬまで続けていきたいと思っている。
その日、棒と玉は動いた 沢田和早 @123456789
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