第17話 ありがとう。そして、さようなら

 ごうごうと炎が激しく燃え、人々が叫ぶように言葉を交わし合う音が聞こえる。

「白だー!! 白の国の悪魔どもが攻めて来たぞー!!!」

「どういうことだ!?!? この十数年間、やつらが直接攻め込んでくることなど、なかったというのに!!」 

 城内に響きわたる声は、いったい何が起こっているのかということを、充分すぎるくらいに知らしめている。しかし、僕の頭と心は、それを受け入れることができないでいた。

(……どういうことだ? だって、スウァルテルムとセイレンブルクは同盟を結んでいるはずだ。だから、そう簡単にサントニアが攻め込めるわけがない。……そうだ! きっとこれは訓練なんだ! 万が一にも、サントニアが攻め込んできた時のための、訓練に違いない!)

 そう自分に言い聞かせ、安心しようと努めてみても、決して消えない炎の音と、城内を包むただならぬ雰囲気が、これは現実なんだと、何度も僕に語りかけてくる。

 聞こえてくる言葉を嘘だと投げ払ってみても、次第次第に僕の心は、目の前の現実を直視する方へと向かっていった。そして同時に、最悪の想像が脳裏をよぎる。

 

 ……なぜこんなにも突然、サントニアがスウァルテルムへと攻撃してきたのか? その理由は、セイレンブルクがスウァルテルムを裏切ったからではないだろうか? サントニアは強大な国だ、争うよりも、下につく方がはるかに賢明な判断だ。むしろ、今まで青緑の国、セイレンブルクが、黒の国に味方してくれていたことの方が不自然だったんだ……。

 

 この考えを裏付けるような証拠は、どこにもない。だけれども、今、スウァルテルムが絶望的な状況に追い込まれているということは、事実なように感じられた。

 ――僕に何か、できることはあるだろうか?

 自らに問いかけ、部屋の隅に置かれている槍を見たとき、今すべきこと、自分にできることが、はっきりと理解できた。

 ……だがそれは、僕にとって最も忌むべき行為だ。人間ではないにしろ、今まで多くの生き物の命を奪ってきた僕だからこそ、それを強く拒絶してしまう。

「…………僕はいったい、どうすれば…………」

 決断を躊躇っている僕の脳裏に、ここで過ごした日々の記憶が流れ込んでくる。

 

 敵国からやって来た僕を、クシェリは暖かく迎え入れ、優しい言葉を掛けてくれた。彼女が僕に与えてくれたその優しさが、ただ死を望むばかりだった僕の心に、救いの光をもたらしてくれたんだ……。

 古びた槍を置き去りにしたまま、より人の命を奪うのに適した武器を探すべく、部屋を出る。

 この国を、クシェリを守るためならば、大切にし続けてきたこの優しさを捨て、どこまでも心を黒に染め上げよう。

 僕はここで、黒の民として生き、黒の民として散ってみせたい。

 人々が激しく行き交う通路を通り抜け、武器が収納されている部屋にたどり着くと、自分に最適な武器を探し、身につける。体に纏うのは、動きやすさを重視した、軽装の鎧。

 そして、両手に持つのは、とても頑丈で、恐ろしいほどの鋭さを持つ、漆黒の槍。この槍をもってして、白の民の命をすべて刈り取ってみせよう……。

 準備を整えると、誇り高き黒の城、グラックシュトルツから外に出て、振り返り城全体の外観を眺める。

 荘厳で美しい黒の城。きっと、もう二度と見ることはないだろう。

 ブラックシュトルツに背を向け、地獄のごとき炎が燃え盛る森の中へと進んでゆく。

 あちらこちらから聞こえるのは、金属が激しくぶつかり合う音と、命をかけた人々の叫び声。僕と同じ黒の兵士たちが、命を賭けて国を守ろうとしているのだろう。

 敵兵が侵入しているであろう森の中を進んでゆくと、六人ほどの白の兵士たちが、剣を携え、黒の城の方へと向かっているのを見つける。

 よし、彼らを殺そう。

 そう決心し、気配を消しながら彼らを追跡する。最も空間が広く、槍を振るうのに適した場所に差し掛かったところで、一気に彼らとの距離を詰め、武器を向ける。

「!? 貴様、いつの間に!?」

 動揺する白の兵士どものうちの一人に更に近づき、構えられた剣へと槍の先端の穂の部分を叩きつける。

 ガァン!

 固く鈍い音が響き、敵の武器が地面の方へとはたき落とされる。

「な!? こ、このちか――」

 がら空きになった兵士の喉元に、勢いよく槍の先端の鋭い刃を突き刺す。

「ぐ、ご、ごはっ」

 兵士は首もとから大量の血を流し、声にならない声をあげながら倒れこみ、やがて動かなくなった。

 ……これが、人を殺めるということか……。

 不思議だ。今までの僕なら、自分が犯してしまった罪の重さに耐えられなくなるはずなのに、今の僕は、後悔もためらいも感じてはいない。

 それどころか、流れ出てくる血の赤色に、わずかばかりの恍惚さえ沸き起こってくるほどだ。

「く……か、囲め!」

 残りの兵士たちが僕を囲もうとするが、その動きを先読みし、集団の端の方にいる者に狙いを定める。

「ぐ、き、貴様……!」

「うおおおおおおおあああああああああー!!!!」

 自分の命を燃やし切るように、凄まじい雄叫びを上げながら、獲物を仕留めるために培ってきた強烈な突きを敵へと放ち続ける。

「こ、こいつ一体!?」

 白の兵士は僕の連続の攻撃に対応することができず、全身を刃に穿うがたれ、その場に倒れ込んだ。

 それを見た白の兵士たちは動揺した様子で、若干後ろへと下がった。

「う、うろたえるなあ!! 連続で切り込めえぇ!!!!」

 敵兵の隊長と思われる者が声を発し、残りの四人が剣を振り上げ迫ってくる。

「死ねえええええ!! 黒の悪魔があああああ!!」

 相手が剣を切り放つのと同時に、上半身を捻りながら後方へと下がってゆくが、避けきれずに身体の表面を切り裂かれてしまう。

「ぐう……!」

 焼けるような痛みに襲われ、思わず、足を更に後ろへと動かしてしまいたくなる。しかし、並みではない身体能力に気づかれてしまった以上、ここで距離をとれば余計に不利になってしまうだろう。痛みに痺れ、動かなくなってしまいそうな体に力を込め、再び白の兵士たちへと突きを繰り出す。

「うああああああああああ!!!!」

 敵の攻撃をいくらか食らいながらも、止まることなく相手の急所へと刃を刺し込み、その命を奪ってゆく。

「お、おのれ! 黒の悪魔めぇぇぇぇ!!」

 とうとう一人になり、剣を大きく振りかぶって向かって来る白の兵士の腹部を、漆黒の槍で突き刺す。

「ぐはあ……!! ……く、い、いくら足掻こうとも、貴様らごときが、我らが白の国に勝つことはできんぞ……!」

 そう言い残し、最後の兵士も黒の大地へと膝から崩れ落ちていった。

「……安心しなよ。僕も、すぐに君たちの後を追うから」

「見つけたぞ! 黒の悪魔を殺せえええええ!!」

 僕の存在に気づいた他の白の兵士たちが、剣を上方に構えながらこちらへと走り寄ってくる。

「ここが、僕の死に場所だ」

 疲弊し、傷ついたこの身体で戦いを続ければ、間違いなく命を落とすことになるだろう。

 だけど、それでいい。僕の望みは、この長い旅の中で過ごした日々と、たくさんの優しい人たちとの出会いによって、果たされたのだから。

「ありがとう、クシェリ。そして、さようなら」

 ほんの少しだけ微笑みを浮かべた後、迫り来る敵に刃を向け、最後の力を振り絞り駆け出した。



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