第15話 狂気の瞳

「なぜこんなことをするのだ!!! アーミュ!!!」

 私と私のおもちゃ達に囲まれて、慌てふためく国王陛下。

「なぜって、そんなの決まってるでしょう?」

「私の王座が欲しいと言うのか!! たがなぜだ! お前にはなんでも欲しいものを与えてやったではないか! お前の気に入った男を、宰相にまで上げてやりさえしたではないか!!」

 するとお父様は私のおもちゃの一人、宰相テルミールに向けて語り出す。

「なあテルミール、お前を宰相の地位に就かせてやったのは私ではないか。どうか娘の暴挙を諫めてくれないか? 今ならまだ罪には問わない。だからどうか頼む!!」

 おもちゃはお父様に頭を下げ、こう呟いた。

「申し訳ありません、国王陛下。私が心から忠誠を誓ったのは、後にも先にもアーミュ様ただ一人です」

「テルミール!! きさまぁぁぁぁぁ!!!!」

 怒り狂った陛下は剣を掲げて私のおもちゃへと切りかかる。だけど残念、兵隊たちに腕を切られ、陛下はその場にうずくまる。

「王座でもなんでもくれてやるから、どうか、どうか命だけは助けてくれ!! 我が愛しき娘よ、頼む!!!」

 泣きじゃくって命乞いをする哀れなお父上に、とどめを刺すかのように冷酷な言葉をかける。

「だ~め。だってあなた、邪魔なんだもん」

「じ、邪魔? この私が!? この国を必死で守ってきたこの私が!!??」

「うん。あなたつまらないし、あなたがいると私の欲しいものが手に入らないのよね~」

「なぜだ! 一体何がのぞがはっ」

五月蝿うるさいわねえ」

 お父様の喉を斬り込み、うまく声をだせないようにする。

「さっきからなぜなぜうるさいのよ、あなた。散り際くらい、楽しませてくれるのかなと思って期待していたけれども、結局つまらないままなのね」

 兵隊たちに陛下を押さえ込ませ、血に濡れた剣をもう一度構える。

「あえお!! あええうえーーー!!!!」 

「それじゃあさよなら、お父様♪」

 ザシュ。

 今度はちゃんと死んでくれるように、頸動脈を深く切り裂く。

 大きく切り開かれたその傷口から、どくっどくっとたくさんの血が流れ落ち、まるで池のようだ。切り口に触れ、流れ出る血の感触を楽しむ。

「わあ素敵♪ 最後に今までで一番のプレゼントをありがとう、お父様♪」

 人の命が散り行く瞬間というのは、なぜこんなにも美しいのだろう。戦争が始まり前線におもむけば、こんな恍惚を何度も味わえるのだろうか。

 けど我慢だ。遊び半分で前線に出て、それで殺されてしまっては本末転倒だ。人生は長いのだから、賢明に楽しまなければ。

「それじゃあ行きましょ、テルくん。楽しい楽しいチェスの始まりよ」

「……はい、アーミュ様」

 小さく返事をする私のかわいいかわいいおもちゃくん。宰相にまでなったというのに、相変わらず気弱な性格らしい。私としてはその方がやりやすいけれど、あまりに変わりばえがないと退屈してうっかり殺してしまうかもしれない。

「さよなら、お父様。あいしてたわ」

 おもちゃ達を率い、人知れぬ山道を後にした。








 それから数週間後、私は豪華な装飾がなされた神殿の中、怒りと悲しみを感じて(いるような表情で)、王座から愚臣たちに語りかけていた。    

「このような形で私が王座を継承してしまったこと、まことに残念に思います。卑怯で野蛮な、セイレンブルクの王が送ってきた刺客によって、国王陛下は、いえ、私のお父様は、哀れにもその命を奪われてしまいました。ですが私は、ただ悲しみに暮れ、お父様の死を、嘆きと悲しみを、無意味にするわけにはいきません。これから皆様に、私の意志を示して見せましょう!」

 私の言葉を合図に、手を縛られ、目と口を塞がれた青い髪の奴隷たちが、家臣たちの目前に連れてこられる。

「この者らは、私が捕らえた、セイレンブルクからの刺客です。皆さん、今まで私達は躊躇し、目を背けてきました。私達は自覚すべきなのです。悪魔の国、スウァルテルムに手を貸しているセイレンブルクも、また、悪魔の巣窟だということを!!」

 奴隷たちの前に一人ずつ処刑人を手配し、私自身も家臣たちと同じ高さの場所まで降り立つ。手を大きく振り上げ、神殿内を木霊するほど大きく迫力のある声で言いはなった。

「この悪魔どもに神罰を!!」

 奴隷たちは、私のお父様と同じように首を深く切り裂かれる。

「私はここに、悪魔の国スウァルテルムと、セイレンブルクを滅ぼすことを誓います!!!」

 家臣たちは大きく歓声をあげている。

 

 ふふ、なんて愚かな人形たち。ここまで私の思惑通りに動いてくれるなんてね。

 

 ――私の眼下で、大きな血だまりを作って倒れたままの、青い髪の奴隷たちに、そっと話し掛けてみる。

 

 …………ごめんねえ。許してちょうだい? ちゃんと、約束通り、あなたたちの家族や仲間は、奴隷身分から解放してあげたんだから。まあ、これから奴隷はたくさん増えることになるけれども、そんなことはどうだっていいでしょう?


「女王陛下万歳!!」

 白き家臣たちの歓声が、私を讃えている。大きく見開かれた彼らの瞳は、私の狂気に呑まれ、妖しく輝いていた。




 




「どう? なかなかの名演技だったでしょ?」

 家臣たちへの講演もとい洗脳を終え、私はテルミールと、いくらかの護衛を連れて宮中を散歩していた。

「はい、大道芸人もびっくりの名演技でした」

「大道芸人って? ふふ、なんでそこで大道芸人なのよ」

 テルくんはたまに変な喩えを使うことがあり、さしもの私も突っ込まずにはいられない。

「それにしても、ふふふ……。テル君の、あの、鳩が豆鉄砲を食らったみたいな顔、ほんとに面白かったわ」

「仕方ないでしょう、アーミュ様は何も教えてくださらなかったのですから。……あんなことをする必要、ほんとにあったのですか? 他にやりようなら……」

「テルくん、私は、自分の望むものを手に入れるためなら、手段は選ばないわ。あなただって、わかっているでしょう? あの場で家臣たちの邪悪な欲望に火をつけるには、あれが最善の手だったと」

「……本当に、セイレンブルクを滅ぼすつもりなのですか?」

「ええ、あの国の美しい自然に、青の文化。私はそのすべてを手に入れたいの」

「しかし、いくらサントニアの兵の数が多いとはいえ、二国と同時に戦うのは分が悪いのでは?」

 テルミールが質問してきたとき、ちょうど私が宮中に作らせた花の庭に差し掛かった。駆け寄っていき、その中にある白い薔薇を見つけてそっと撫でる。

「分は、悪くないわよ? ただ、他の勢力に隙を突かれる危険性があるってだけ。まあ、私はそんな馬鹿な真似はしないわ。一国ずつ、着実に叩いていく。まずは、規模の小さいスウァルテルムを一気に叩き、根絶ねだやしにするわ。それで、士気が下がったセイレンブルクも、じわじわと攻めて倒すっていう作戦よ。黒の民は、頭がよくて、心も身体も強いらしいから、早めに潰した方が得策でしょう?」

「確かにそうですが……サントニアの兵は正直、個々の力も統率力も優れているとは思えません」

「そうね。この国の民は、理由を与えられないと動けないような、腑抜け者たちばかりだもの。でも、そんな迷える子羊ちゃんたちにも、利用価値はある。大義名分を与えれば、どんな卑劣も行う……。それがこの国の、頭真っ白な民たち。今日、私が行った演説は兵や民衆にも伝わり、やがてこの国の人々の心を染め上げる。そうなれば、もう勝利は決定したも同然よ」

 話をやめ、テルミールの方を振り向くと、なぜかぽかーんとした顔で突っ立っている。

「テルくん? どうしたの? 」

「……いえ、まさかアーミュ様がそこまで考えて行動しているとは、夢にも思わなくて……」

「ちょっと! それどういうこと!?」

「どういうことと申されましても……。ただ思ったことを言っただけなのですが……」

 テルくんは、自分の思っていることは正しいと言わんばかりで、ただ困惑した様子を見せている。

「まったくもう……。確かに、私が思いつきで行動することは事実だわ。……だけどね、それは、私がその思いつきを達成できるだけの、富と権力、そして知性を持っているからなのよ」

「へー。そうなんですかー」

 テルくんはいたって興味がなさそうな様子だ。

「あ、あなたね……! …………ふん、まあ、いいわ。私が、真の知恵を持っているというのは、まぎれもない事実なのだから」

「そうですか」

「…………だけどね、私が今まで得ていたと思っていたものの大半は、私という人形を彩るための飾りに過ぎなかった。父上や大人たちが着せ替えして喜ぶための、ね……。…………だけど、これからは違う。私は、私を今まで縛りつけ、隸属させていた鎖をすべて絶ち切り、自分が、真に望むものを手に入れるためだけに、生きてみせるわ」

 テルミールは少し目を見開いて驚いた後、少し微笑んで言葉を返した。

「……それは、とても素晴らしいことだと思います……。……あなたらしくて、とても……」

 テルミールの言葉は、私の意志を、祝福してくれるものではあったのだが、その隙間に、ほんのわずかな影が含まれているような気もした。

「あれ? テルくん、何か私に不満でもあるの?」

「え? いや、まったく。……むしろ、今の言葉を聞いて、あなたを見直したくらいです」

「あら、そう? ならよかったわ!」

 テルミールの言葉に嘘はなさそうだ。さっき、含まれているように感じた影は、きっと杞憂に過ぎないのだろう。

「…………ふふ、ここからが、楽しいところなのよ…………」

 撫でていた白い薔薇に、血の色のように、赤いワインをかける。これから起こる、喜劇を指し示すかのように、真紅にそまった白薔薇から、美味しそうな液体が、ぽとぽとと流れ墜ちていた。

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