第12話 偽り深き恐国

 光の満ちる国、サントニア。そこは白の民達によって築き上げられた大国で、空からは輝かしいばかりの陽の光が差し込み、人々の生活を照らし続けている。人々はその広大な領地がもたらす恵みを享受し、自分達が神に選ばれた民であると、疑いもせず信じ切っているようだ。

 

 だがどんな場所にでも陰は存在する。むしろ光の強い場所であればあるほど、抑圧された闇は歪んだ形で膨れ上がっていくのだろう。


 華々しい人々の生活の裏には、支配された異民族の犠牲があった。奴隷として支配される人々。貧困の中で朽ち果てていく人々。自分達の欲望のために、時には同胞からすら奪い尽くした。

 

 サントニアの宰相テルミールは、この国の偽りの深さを思い、憂いていた。

 彼が今足を付けているその土地は、サントニアの中でも特に陰の深い場所、追いやられた異民族が生活している居住区である。

 同じ国に住んでいるとは思えないほど、そこでの生活は悲惨であった。

 人々は痩せ細り、穀物も育たず……それ以上言うのも憚られる程、文字通り全てを搾取された人々であった。

 日々の中で蓄えたわずかな資源ですら、白の民の欲望に奪い取られていくのだろう。

 テルミールが彼らに向ける視線は、決して哀れみなどではなかった。貧困に喘いでいる人々の様子は、とても他人のものだとは思えなかったからだ。

 彼は思い出す。過去の自分の姿を、そして、アーミュと出会ったあの日のことを。 

 

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 幼き頃の彼は、奴隷であった。れっきとした白の民だった彼だが、弱者はただ貪られるのがこの国の本質。貧しかった彼の両親によって、まだ八歳だった彼は領主の元に売り飛ばされた。

 それから彼が過ごした日々は、まさしく地獄だった。孤立無縁になった子供が、家畜以下の扱いをされるということは、どれ程に苦しいことなのだろうか。

 子供が任されるには不相応すぎる力仕事、理不尽に下される暴力、雑草でも虫の死骸でも食べなければやっていけない毎日。だか彼にとって一番苦しかったのは、孤独であった。

 領主に支配される奴隷の大半は、異民族の人々であった。そんな中で、彼のように白の民でありながら奴隷として使役される者は少なく、同じ立場の者ですら味方とは言えなかった。

 彼が考えることは、両親の元に帰ることか、もはや死ぬことのみであった。

 そして時は過ぎ、彼が十三になった時、運命の歯車は動き出した。

 

     *   *   *


「なーんか、面白いことないかなぁ……」

 目まぐるしく変わっていく景色をぼんやりと眺めていたら、気づくと独り言が口から漏れていた。

 パカッパカッと音をたてながら、二匹の馬が私の乗った馬車を進ませていく。

 王宮はつまらないし家臣たちはつまらない。お父様だってつまらない。

 そんなつまらない場所からは脱出だー! と言うことで、私は今王都から離れた場所を散策している。

 無断で出てきたので当然お父様はお怒りだろうが、そんなのは知ったことではない。

 まあいつも私には甘すぎるぐらいだから、今回も許してくれるだろう。

 この先をもう少し行くと、リーヴァグリッツの領主の館まで辿り着く。

 リーヴァグリッツはサントニアにある都市のうちの一つで、奴隷の売買がさかんに行われているため、「奴隷都市」とも呼ばれている……らしい。

 そこの領主は奴隷をたくさん使役しているらしく、なんかむかつくのでゆすってやりたいところだ。

「ここで停めてー?」

 御者ぎょしゃにそう伝え、車を停めさせる。目の前にあるのは大きくてご立派な建物で、間違いなく領主の館だ。

 馬車から降り、同伴させていた護衛に私が来たことを伝えさせ、館の前で領主が出て来るのを待つ。しばらくすると、一人の男がびっくりした様子で出てきた。腹がぷっくりしていて、ついでに顔もぷっくりしている。目付きはいかにも人をこき使ってやろうって感じの据わった三日眼だ。

「あ、アーミュ様! なにゆえこのような所にいらっしゃったのですか!?」

「暇だからよ。それより早く中に案内して」

「か、畏まりました!」

 領主に案内され、館の中に入る。室内は豪華な装飾がなされており、領主の見栄っ張りな性格が見て取れる。

「どうでしょうか我が館は! とても美しく飾りつけております!」

「興味ないわ。それより早く何か面白いものを出して」

「お、面白いものですか!? ……か、畏まりました!」

 そう言って彼は、屋敷の奥の方へ入っていった。

 しばらくすると、三人程の召し使いを連れて戻ってきた。召し使い達は品物を置くためのプレートを両手に持っており、その上にはキラキラした物がいくつも置かれていた。

「こ、この金の指輪などいかがでしょうか?」

「興味ないわ」

「ではこの金の時計など」

「興味ない」

「で、では、この金製の鳥などは」

「いらない」

 それからも領主は「金のなんとかかんとか」を出してくるばかりで、全く面白いことはなかった。

「はあ……もういいわ。もともと期待なんてしてなかったし。ところであなた、奴隷たちをたくさん飼っているそうね? その奴隷たちは今どこにいるのかしら?」

「ど、奴隷ですか? 今は奴隷小屋に収納しておりますが……。ご覧になりますか?」

「ええ、そうさせてもらうわ」

 そう答えると、領主はなぜか嬉しそうな表情になり、私を小屋へと案内し出した。

「やはり、アーミュ様も奴隷が欲しいお年頃なのですね! いや~いいですよ奴隷は! ちゃんとしつければ何でも言うことを聞いてくれますからね!」

「あっそう」

 領主は鼻をふんふんとさせているが、私には奴隷を飼う趣味などない。ただ、ここにはどんな奴隷がいるのかということには、ちょっと興味があった。

 領主に案内されるまま館の裏側に行くと、貧相な小屋がいくつかあった。

「この中に奴隷を入れてあります。是非ご覧になってください」

 言われた通り小屋に入ると、緑や青など様々な色の髪をした奴隷たちが藁の上に座っていた。小屋の中にはそれ以外ほとんど何もなく、彼らが家畜と同じような扱いをされているのは明らかだった。

「どうですか、私の奴隷たちは。お望みとあらば、アーミュ様に献上いたしますよ」

「ふーん」

 やはりつまらない。どの子も呼吸をしているだけで人形と変わらない。ついでに領主の自慢げな顔が気に入らない。

 それからいくつかの小屋を見て回り。いよいよ最後の小屋に差し掛かった。

 中の様子は一見変わらないようだったが、一つだけ異色を放っているがあった。

「ん? 一人だけ髪の白い子がいるわよ?」

 その奴隷は一人だけ、私達と同じ白色の髪をしていた。年齢は私とかなり近いように見える。その奴隷の少年は、私が入って来たことには何の反応も示さず、ただその場にうずくまっていた。

「ああ、その奴隷ですか? 珍しいでしょう、白髪の奴隷は。私が民から買い取ったのですがね」

「ふうん……」

 この国では、白の民、つまり同族を奴隷にすることが禁止されているわけではない。奴隷になるものはそうなるべくして生まれてきた、みたいなのがこの国のスタンスなので、咎められることもない。

「ねえあなた」

 声をかけると、彼はうなだれていた首を上げてこちらを向いた。

 無限に吸い込まれてしまいそうなほど黒いその瞳は、彼が抱えている闇の深さを物語っているかのようだった。

 その衝撃に、思わず舌なめずりをしてしまう。これほど純粋な目を見るのは初めてだ。これほど純粋に、死を望んでいる者の瞳を見るのは。

「ふふふ。あなた、面白そうね……」 

 捕らえられた心を捕らえ返すように、彼の瞳を見つめながら、妖しく笑みをこぼして見せた。

 


 


  



 

 



 





 

 

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