第3話 スウァルテルムの王女様

 今日も日が昇り、スウァルテルムの1日が始まる。とは言っても、森に囲まれたこの地は陽射しが弱く、朝の到来をはっきりとは感じられない。黒い硝子でできた机に白色の湯飲みが置かれ、メイドのリュメが紅茶を注いでいく。

「クシェリ様、この湯飲みなる品物は、あまりこの場に即していないように思われるのですが」

 金色の髪に緑色の瞳の彼女は、少し不服そうに湯飲みを見つめている。

「別にいいじゃない。たまには新しい物も取り入れていかないと、退屈になってしまうわ」

 この湯飲みというのは、陶器でできた小型の杯のようなもので、私が街に出掛けた時にたまたま見つけたものだ。なんでもここからはるか東にある、本倭という島国から伝来したらしい。普段は黒色のグラスを使っているのだが、私はこの湯飲みの落ち着いた雰囲気が気に入り、最近よく使うようになった。

 気を取り直して、リュメが注いでくれた紅茶をゆっくりと味わってみる。

「今日の紅茶は少し甘い味付けなのね。それにほんのりと薔薇の香りがするわ」

「左様です。お気に召したでしょうか?」

 彼女の緑色の瞳を見つめながら、笑顔でもって答えてあげる。

「もちろんよ。薔薇の香りは大好きだもの」

 今も部屋の隅っこの棚の上に、黒薔薇が飾られている。この薔薇の透き通るように純粋な黒色を、怖いと感じる人もいるだろう。でも私は、この薔薇の恐ろしいほどの黒を愛おしく思う。気高く美しい、孤高の花だ。

 紅茶を飲み終えて、時刻を確認してみる。まだ今日の予定には間に合うだろう。

「リュメ、私は少し町外れに行くわ。久しぶりに自然の風景を楽しみながら散歩してみたいの」

「構いませんが、定刻までにはお帰りくださいませ」

「ふふ、わかってるわ」

 腰に護身用のつるぎげて部屋の外に向かおうとすると、リュメがまた言葉を発してきた。

「くれぐれも、御衣装を汚さないようにしてくださいね」

「それもわかってるわよ」

 まったく、リュメったらいちいち細かいんだから。黒い服なんだしちょっとぐらい汚れたって平気よ。

 部屋を出て、赤い絨毯の通路を通って出口へと向かっていると、給仕係のクラリスと出くわした。この子の髪は私やこの国の多くの民と同じく黒色だ。

「あ、クシェリ様! おはようございます!」

「おはようクラリス。その皿は朝食の品かしら?」

 クラリスは片手に持っている覆いをかけられた皿を少し上げ頷いた。

「はい! 農耕大臣のアシュレイ様の所まで持って行きます! クシェリ様はいかがなされているんですか?」

「私は少し外に行こう思って。午後のホームロードに向けて英気を養っておきたいの」

「そうなんですか! 頑張ってくださいね、クシェリ様!」

「ええ」

 王という役職は大変だ。家臣たちをまとめ上げ、国の秩序と平和を守らなければならない。それでも私は、父上が残してくれたこの国を、スウァルテルムを守るために、役目を果たしきってみせる。王座についた時からこの決意は変わらない。

 クラリスと別れて赤い絨毯の通路を抜け、人のほとんど出入りしない裏口から城の外に出る。ある程度離れた所で振り返ってみると、深い黒とそれを和らげ際立たせている白で彩られた荘厳な城、ブラックシュトルツが眼に映る。自分の家のようなものなのでこんなことを言うのもなんだけど、悪くない造りをしていると思う。正門からならもっと良い景色になるはずだ。

 さらに城から遠くへ歩き、それなりの距離を進むと、町外れの草木が盛んに茂っている森にたどり着く。私にはとても親しみのある場所だ。

「ピューーーー」

 唇に指を添えて口笛を吹いてみると、聞き慣れたカラスの鳴き声が聞こえ、羽ばたく音とともに一羽のカラスがやってきた。

「久しぶりね、メネス」

「カァウ、カァウ」

 重厚感のある少し低い音で鳴き、隻眼を持つこのカラスの名前はメネス。と言っても私が勝手に名を付けただけなのだけども。彼とはこの森の近くを歩いていた時に偶然出会い、仲良くなった。メネスを一目見た時、不思議と心が引かれ、私の方から近づいてみると、どういうわけか彼も私に興味を持ったようで、向こうからも近づいて声を掛けてくれたのだ。それからというもの、この森の付近に来た時にはこうやって口笛で呼んで時間を共にしている。もちろん呼んでも来ない時はあるが。

「ねえメネス、今日はホームロードがあるから大変な一日になりそうなの」

 ホームロードとは、月に一度全家臣たちが召集される総会で、主に最近の国勢や近隣諸国の動向の報告、及びそれに対する改善のための政策の発表を行うものだ。この国の民は朝が苦手な傾向にあるので、基本的にホームロードは午後から行われる。

「カァーウ。カァ、カァ」

 私のため息混じりの愚痴に、同情を感じられる少し弱気な声を発するメネス。彼は普通のカラスより一回り体が大きく貫禄もあるので、もしかしたら私と同じく群れの長のような立場にあるのかもしれない。

「そうだ、これ持ってきたの」

 スカートに付いてる物入れ袋に手を入れて、まあるい形をした翡翠の宝石を取り出し、彼の前にそっとおく。

「はい、どうぞ。私からの贈り物よ」

「カァーウ! カァ! カァ!」

 珍しく高い声を出しながら、興奮した様子で

翡翠を見つめている。

 時々私は友情の証として彼にこうした贈り物をあげている。見返りを求めているわけではないのだが、花を結んで作ったアクセサリーなどをくれることもあり、その時のことを思い出すと頬がよりいっそう緩んでしまう。こんな顔を民に見られたら国王としての威厳が跡形もなくなってしまうだろうと思われるほどだ。

 それから少しの間、彼との会話(言語は一致してないが)を一緒に森の道を進みながら楽しんだ。

「それじゃあまたね、メネス」

「カァー」

 手を振りながら別れを告げると、彼は一声発した後静かに翼をはためかせ帰っていった。

 それからさらに森の中を進んで行くと、お目当ての場所にたどり着いた。

「いつみてもここは素敵ね」

 あたり一面に咲いている黄色い花。一つ一つは小さいけれど、重なり合い美しい花畑を形作っている。日陰の多い森の中で、ここだけ照明を当てているかのように日光が射し込み、一種の神々しさを感じさせるほどだ。

「みんな、今日も頑張ってくるからね」

 近くの方にある花をやさしく愛でる。この綺麗な花畑を見ていると、心の中に潜む闇が浄化されていくようだ。王女として過ごす日々の中で、次第に心が削られてしまっていたのだということを、改めて気づかされてしまう。誇り高き黒薔薇も、この優しき光の花たちも、どちらも私にとっては愛しい。光も闇も、きっとどちらか片方では生きていけないんだと思う。お互いに手を携えることができればどれほどよいだろうか。

「もうそろそろ帰らなきゃな……」

 まだ午後の総会には間に合うだろうが、ここから城までにかかる時間や、準備にかかる時間を考えると、少しでも余裕を残しておきたい。

「それじゃあ、また来るね」

 花畑を後にし、もと来た道を辿ってブラックシュトルツへと向かった。



 *  *  *         


              

「お帰りなさまいませ」

 城に帰って部屋に戻ると、リュメが待っていてくれていた。

「ただいま」

「ホームロード用の衣服をお持ちします」

「助かるわ」

 今私が私が着ている服は比較的簡素(王族が着る服としては)だが、ホームロードにおいてはとても細かい装飾がされた服を着て、スウァルテルムの王の証である黒玉こくぎょくの冠をかぶることになる。臣下より一段高い所に座り、王としての威厳を示さねばならないので、当然と言えば当然だ。

「どうぞ、持って参りました」

「ありがとう」

 リュメに手伝ってもらって、黒色のドレスに袖を通す。

「ホームロードまでまだ少し時間がありますね」

「そうね。私は報告書を見直すから、時間になったら教えて」 

「かしこまりました」

 リュメが部屋を出ていった後、私は大臣たちからあらかじめ渡されている報告書と、これから発表する政策の立案書を見直す。ホームロード以外にも、週に一度大臣やその代行者を集めて近況報告や議論を行っているので、私と大臣間ではある程度状況の確認がなされているのだ。

「お時間になりました。クシェリ様」

「わかったわ。今から向かう」

 書類をリュメに持たせ、家臣たちが待っているであろうかしずきの間に向かう。通例ホームロードはこの傅きの間で行われる。ここでの傅くの意味はひざまずくと同じ程度ならしく、私の立場からすると少し気が重い名称の場所だ。

 いよいよ傅きの間の正面出口までたどり着く。家臣たちはみな王座へと続く黒い絨毯の道に向かってひざまずいている。この瞬間はさしもの私も緊張ものだ。国王としての威厳を失わないように、私が背負っているものに負けてしまわないように、確かな重みのある足取りで進んでゆく。王座の前まで至り、段差を越えたら、正面を向いて静かに王座へと座る。深き黒で彩られた、荘厳な作りの空間が私の前に広がる。

 跪ずいていた家臣たちは立ち上げり、みなこちらを向いている。

「王様、どうか私どもに“導きの言葉”をお与えください」

 一番前の列にいる、農耕大臣のアシュレイが厳かに言葉を発する。それに続いて、他の家臣たちが同じ言葉を繰り返す。家臣たちに答えて、“導きの言葉”を伝えていく。

「皆さんも知っているように、今日、私達は平和に日々を過ごすことができています。ですが、決して安心することはできません。我々を悪魔の子として滅ぼそうとした白の民の国、サントニアはますます勢力を伸ばしてきています。現時点では、青緑の国セイレンブルクとの同盟によって牽制することができていますが、それもいつ終わるか分かったものではありません。今まさに我々は、他国との同盟の拡大や軍事力の増大など、あらゆる方策を巡らしてこの国、スウァルテルムを守ることが求められているのです。また同時に民への――」

「――ですから、心の中にある黒の誇りを忘れず、共に助け合って生きていくことが大切なのです」

 “導きの言葉”を述べ終えると、再びアシュレイとそれに続く家臣たちが厳粛に言葉を発し深く礼をした。

「ありがたきお言葉、深く心に刻み申し上げます」

 “導きの言葉”とは、国王が家臣たちに対して国を守るためにすべきことや心構えなどを伝え、ホームロードの始まりを告げるものである。この後は、国家斉唱、大臣たちによる活動報告、そして大臣たちによって提供された情報及び提案を参考に、私が考案した政策を発表する、と言った流れになっている。

 国家斉唱を終えると、三人の大臣が前に出る。農地の状態や民の貧福、それに伴う要望を調査し、人々の生活を改善していく役目を担う農耕大臣、アシュレイ。他国との同盟や貿易の交渉を行う外交大臣、ミトラテス。そして他国の軍事活動を警戒しながら、スウァルテルムの兵力を強化するための政策を考案し、いざとなれば将として戦場に赴くという大役を担う守護大臣、クラッスス。この人たちはとても優秀で、私がいなくてもなんとかなるのではないかと思うほどだ。

 大臣たちの報告が終わり、国王である私による政策発表が行われる。

「私達は、黒の民としての誇りを胸に、一致団結して国を守らねばなりません。しかし、兵がサントニアと比べて圧倒的に少ない以上、他国との連携がさらに重要になってきます。そこで、同盟国のセイレンブルクとの関係をより親密にするための親和政策を行うこととします。具体的には、貨幣の共通化、関税の撤廃または引き下げなどがあります。今回は慎重にことを進めるために、セイレンブルクの王と対談することで同盟国との親交を深め、共に今後の方策を検討していく予定です。次に、今年農地が頻繁に被害に遭っているイノシシ問題についてですが――」

「王様! 何とぞ私の話を聞いてくださいませ!」

 不意に響いた声に私の言葉が遮られ、列の真ん中ぐらいから少し若い様子の臣下が一人出てきた。声の主はどうやら守護大臣クラッススの部下の一人、ケイロンのようだ。

「無礼者! クシェリ様がお話をなされている最中なのだぞ! 場をわきまえんか、馬鹿者!」

 クラッススの怒号が広がる。

「も、申し訳ありません……。ですが私は」

「構わないわ。どうぞ、あなたの好きなように話してみて」

「クシェリ様! このような無礼をお許しになるのですか!?」

「ええ、今この国に必要なのは、大きな熱意を持って戦っていける人間よ。もちろん彼には、あとで罰を受けてもらうことになるけど」

「機会を与えて頂き、誠に感謝いたします!」

 それから少し間をおいて、彼は再び語り出した。

「王様は先ほど、セイレンブルクとの親交を深めていくとおっしゃいました。確かに、白の国に立ち向かうためには他国との連携が必要です。ですが、それによって我が国の誇りを、黒の民としての誇りを失ってしまうのではないかと、私は不安でなりません。王様もご存知でしょうが、この国の民にとって、誇りは命よりも大切なものなのです。このことを伝え申し上げたいゆえに、ご無礼をいたしました。申し訳ありません」

「ケイロン、あなたの気持ちは伝わったわ。安心して。私自身、この国の民としての誇りを捨てる気は一切ないから。親和策もそれを念頭に置いて進めていくつもりよ」

「ありがとうございます!!」

 私の返事を聞き終えると、彼は列に戻っていった。

「それでは、政策発表を続けます。次に………」

 え~と、どこからだったかしら? 確か、カラスの戦術投入を本格的に実施するってところからだったような……。



 *  *  *



「以上でホームロードを終了とします。ケイロン以外の者はこれにて解散です」

 なんとか政策発表を終え、最後に家臣たちの質問や提案などに答え、なんとかホームロードを乗り切ることができた。

 家臣たちはみな傅きの間を出て、残ったケイロンが王座の前まで歩み寄る。

「ケイロン、あなたの無礼に罰を与えます」

 そう伝えた後、王座から降りケイロンの目の前まで行くと、彼の額を親指でしならせた人差し指で強く打った。巷ではこれを“デコピン”などと言うらしい。

「クシェリ様!?」

 ケイロンはぽかーんとした顔で私を見ている。

「いい? あなた、ああいうことは私が全部言い終わってからするものなのよ?」

「申し訳ありません。つい熱が上がってしまい……」

「まったく………。あなたは一ヶ月間、城内出入り禁止よ。外で農耕に従事してきなさい」

「かしこまりました」

「熱意があるのはいいけど、ちゃんと周りのことも考えなきゃだめ。とくにこんな下らないことで罰を与えなきゃならない私の気持ちとかね」

 彼の肩にぽんと手を置く。

「がんばって頭を冷やしてきてね」

「はっ!」

 罰を受けるというのに、なんだか嬉しそうだ。少し甘やかしすぎたかもしれない。

 ケイロンを帰らせた後、私も傅きの間を後にする。

「お疲れ様でした。どうぞ」

 外で待っていたリュメが金平糖を持って来てくれていた。

「ありがとう、いただくわ」

 私は会議が終わった後よく金平糖を食べるのだが、リュメはいつしかこれを察して事前に持ってくるようになっていた。

「これから家臣たちとの交流会に行って来るわ」

「左様ですか」

 ホームロードの後では、家臣たちによる交流会が開かれている。そこではみな、身分などをあまり気にせず会話を楽しんでいるそうだ。

んたちとを食べに行く、ということですね。ふふ………」

「? まあそうとも言えるけど」

 リュメは時々妙な言葉使いをすることがある。街に行った時に得た本が情報原なそうだが、あまり良い教養とは思えない。

 少し気楽な服に着替えて、家臣たちが集まっている場所へと向かう。

「おおクシェリ様、いらしてくださったのですね!」

 最初に声を掛けてくれたのは、農耕大臣のアシュレイ。普段はのんびりとしていて、貫禄のある男性だ。

「アシュレイさんも元気そうで何よりです」

 にっこり微笑んで返事をする。さてこの交流会、私にとって実は少し大変なのだ。まず私が来たとなれば、家臣たちは私に注目する。そして最終的には全員と会話することになるのだが、その時に私は一人一人の努力に対してねぎらいの言葉を掛けていく。みなこの国を支えてくれている大切な存在なので、ないがしろにするわけにはいかないのだ。

 もっとうまくやればいいものも、不器用な私はほどほどに力を抜くことができず、交流会に行くのは三ヶ月に一度ぐらいとなってしまっている。

「それにしても、クシェリ様はまだお若いというのに立派ですな。お父上がご健在だった頃は、まだあどけなさが残っておられましたものですが、今ではすっかりこの国の王にふさわしく成長なされて」

「いえ、私などまだまだ………」

 父は私が齢十二になろうというころ病に臥し、五年後には私が王座を継ぐことになってしまった。今でも父の死を受け入れきることはできていないが、この国を守るためにも、歩みを止めるわけにはいかない。

「どうです、このあたりで婚姻を考えなさってはいかがですか?」

「婚姻、ですか……。今まで考えたこともありませんでした」

「クシェリ様、国政も大事ですが、ご自分の幸せを考えてみることも重要ですぞ。あなたが幸せでいらっしゃってこそ、我々臣下もお仕えしがいがあるというものです」

「自分の幸せ、ですか………」

 その日はアシュレイともう二言三言話した後、交流会を抜けてすぐ部屋に戻ってしまった。

「自分の幸せ……」

 私は十分に幸せだと思う。王座にもつけて家臣にも恵まれて、カラスとも友達になれて、仲良しのメイドがいて、それと他にも………。私が幸せであると言える理由ならいくらても思いつく。それなのに何故か、アシュレイの言ったことが頭から離れない。

「……よし! 寝よう!」

 考ても仕方がない。大きな声を出して気分を切り替え、疲れを癒すため早めに寝床へ向かった。

 次の日の朝、私がふわふわした黒色の椅子に座って寛いでいると、黒色の陶器でできたさかずき(湯飲みではなく)にリュメが紅茶が紅茶を注いでくれた。

「やはり紅茶にはこの杯がふさわしいですね」

 リュメが満足そうに呟く。

「そんなことないわよ、湯飲みだってこの場に適しているわ」

「はあ、何を言っているのですか……。黒の杯の方が、この黒の机にも、そしてこの国の文化にも適しています」

 リュメは呆れたように言葉を返してくる。

「いいえ、黒ばっかりじゃ退屈よ。湯飲みの

この白っぽい色があってこそ、この机の色も映えるわ」

「仮に机に適しているとしても、湯飲みは杯と比べて格好が悪いですよ。とにかくこの黒の杯ですよ」

「いいえ、湯飲みよ」

「黒の杯です」

「湯飲みよ」

「黒の杯です」

「ゆのみ」

「黒です」

「ゆーのみ!」

「くーろでーす!」

「ゆ!」

「もういいから早く飲んでください」

「わかってるわよ」

 杯を手に取り、紅茶を口に入れようとしだ瞬間、扉が大きく開いた。

「大変です!」

 紅茶を飲むのを止め、机の上に戻した。

「ちょっと! どうしたのクラリス!」

 扉を開けて入ってきたのは、全般給仕係のクラリス。年は私よりも若く、十代後半といった所だろう。

「は、灰色の髪をした人が、スウァルテルムに入国したいと言っているらしく……。なんでも、出身地はサントニアなのだそうです」

「なんですって!? サントニアの民が、黒の国スウァルテルムへの入国を希望してるということ!?」

「はい………」

「なるほどね………」

 白の民なら、サントニアとスウァルテルムが敵対関係であることを知らないはずはない。それなのにここへ来た。しかも灰色の髪をしている。

「………ふふ、何だかとっても面白いことが起きそうね………」

 もう一度黒の杯を手に取り、紅茶をゆっくりと飲み込む。

 今日の紅茶は、苦みと甘みが絶妙に重なり合い、最高の味わいを醸し出していた。

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