ニートが主人公になるために
@YumesigotoZ
第1話
日の沈みも幾分か緩やかになった春のある日。
俺は、一日の仕事をそろそろ終えようかという太陽の光と共に目を覚ました。
PCデスクの堅い感触を枕に睡眠をとった代償か、両足は痺れきっていて感覚がない。
軽く足を揺らして血が通うのを待つ。
いつもの一日の始まり。
世間一般の皆々様方との生活時間のズレが気にならなくなってもうずいぶんと経つ。
この世に生を受け19年。この
3年前から不登校となり、一昨年正式に最終学歴中学校を拝命。
以後はこうして家で日がな一日ネットサーフィンの毎日を送っている。
「うっし」
家族以外との会話が減るのと反比例して、めっきり多くなった独り言。
自身に活を入れ向かう先はもちろんPC。
長年プレイしている多人数対人型オンラインゲームを、慣れた手順で起動する。
闘争心を煽る起動画面をすっ飛ばし、ほどなく試合が開始された。
●●●
「あーーーークソクソクソクソ!やってられっかこんなクソゲー‼」
怒りと拳の痛みが相殺される絶妙な力加減で机を殴り、俺は吠えた。
使えない味方、理不尽な敗北、荒れるゲーム内チャット、グッドゲーム。
様々な要素に支配された感情の激流は、その勢いを自らの外に放出させようとする。
だが、手当たり次第に部屋の物を破壊する。といった行為は行わない。
激情が静まった後の虚しさを脳の片隅で考慮し、俺はでたらめに踊り狂う。
途中から徐々に楽しくなり、リズムを刻み始めた俺の様相は、まさしく奇行と呼ぶにふさわしいものだった。
部屋の外の廊下で、床が軋む音が聞こえた。
数は……ひとつ。
その音は間違いなく苛立ちをはらみまっすぐにこちらへ向かってきている。
瞬間、俺は静止する。まるで川に流れる木の葉の様な静かな動きで椅子に腰かけ、PCに向き直る。
すると何百年も同じ場所に佇んできた様な彫像の如き調和が、そこには体現された。
まもなくして、乱暴にドアが開かれる。
「貴様の運命は決まった。出で行け、穀潰し」
少女は優雅にネットサーフィンを楽しむフリをする俺の後ろで、そう宣言した。
長い黒髪を中ほどで縛り、きつい目つきでこちらを睨むその少女の名は
二歳年の離れた高校二年で、俺の妹でもある。
兄を貴様呼ばわりするところからもわかる通り、少々常識に欠けたところがある困った妹だ。
最近、日々自宅警備に励む兄を露骨に迫害しはじめた。
なんとも嘆かわしい限り、思春期もそろそろ過ぎてもいい頃合なのだが。
ともあれ、四日の襲来はそう珍しいことでもない。
これはいつもの日常であり、妹と一人を煙に巻くことなど、造作もないのだ。
俺は常人ならざる余暇をもって、この愚妹を躾けることに決める。
衰えた表情筋を総動員し顔を引き締め、四日に向き直る。
愚かなる妹よ……年長者たるこの俺の偉大さを、その身に刻み込むがいい……!
「おいおいおいおいおいおい、俺が穀潰し?冗談きついぜ。お兄ちゃんは今もこうして、日々情報社会を生き抜く術を身につけるためこうして血のにじむような努力をだな」
「黙れ。貴様がこの世に生み出しているものは汚いクソと我が家の赤字だけだ」
四日の容赦のない言葉の拳が、深く俺の顔面に突き刺さる。
ふっ、なかなかやる。
だが、この程度で怯みはしない。俺は年長なのだから……‼︎
「お兄ちゃんに穀潰しとか言うなよ!!」
「国民の三大義務を知っているな。そして貴様はその全てを放棄している。つまり私が"お兄ちゃん"と呼ぶべき人間は、もうこの世から消滅してしまったんだよ」
「いやぁ……でもぉ……!俺昨日皿洗ったしぃ……。てかなんなんだよいきなり!わけわかんね!いきなりキレて!わけわかんね!」
ダメだ、勝てねー。涙出てきた。
思えば俺の社会経験は高一で止まり、すでに妹のそれに劣っている。
人生の先輩たる彼女に、正論で勝てるわけがなかったのだ。
というかなんなのこいつ。今日はやけにしつこいな。いつもは小言をはいてすぐにどっかに行ってくれたのに。
そういえば、最初に何か言っていたような…
「状況を理解できていないようだな。あまりに人と交流をとらず言語中枢が腐ったのか?もう一度言ってやる、出ていけ」
デテイケ?出て池?デッテー=イーケ?いや、出て行け、か。
いかんいかん、流石にいくら俺でもその程度は理解できる。これでも語彙力検定三級の資格者なんだ。俺の数少ない誇りのひとつである。
俺は四日の目線から逃げるように周囲を見渡した。目に入るのは無数のゴミに汚染された自室のみ。そういえば、少し匂うかもしれない。
「あ、ああ掃除な!ごめんごめん後でやるよ。他人にやられると物の場所とかわからなくなるって言ってるだろ?もう少し待ってくれよ」
俺は心の中で舌打ちする。なんだよ、俺の部屋だってのに。他人の部屋にいちいち口出しするなよな。誰にもメーワクかけてねえんだし。
だが仕方がない、ここは下手にでるのが上策だ。その代わり心の中で舌をだしてやる、ざまあみろ。
「その必要はない。この部屋から捨てる必要があるのはお前だけだからな。今すぐ出て行ってくれ。部屋ではなく、家から」
四日は俺の言葉に何ら興味を示さず、ただ冷ややかにそう告げた。
固まる四肢、仁王立ちの四日。
その右手には金属バットが握られ、差し込んできた西日を反射し、妖しく光を放っていた。
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