第3話 水晶窟の戦闘後
半刻前には悲鳴嬌声轟音その他もろもろ騒がしかった戦場空間は、もはや音一つなく、しんしんと注ぐ静謐な光に浸っている。
水晶龍は暴れに暴れ、対峙した探索者の精神と集中力、そして睡眠時間を盛大に削り、とうとう身を震わせ倒れ伏した。骸は砕け、大小様々の水晶塊となって崩れ積もり、強大な魔導生命の魔核は、朽ちてなお失われぬ戦意を固めたかのように怜悧な一振りの魔剣を生み出して、疲労困憊の極地にあった探索者たちに確かな戦果を与え歓喜に沸かせた。
使用している得物の関係もあり、獲得権を得た剣士は武器の更新も久しぶりだというので、感動も一入なのだろう。魔剣を抱きかかえ、自傷ダメージをうっかり受けるほどに、頬ずりと抱擁を繰り返していた。
強大な魔導生命体を成していた魔晶石群は、素材として有用であるために半分ほどを均等に分け、残りは共有の資産として拠点に納めることに決め、既に間近に迫った平素の起床時間までの睡眠時間を惜しんで、探索者たちは現実回帰していった。
今や、幾日もかけて潜り続けた水晶窟の最奥で見渡すも動くは水晶の宿す魔光の燭光の揺らぎのみ。
洞窟の主を打ち倒した今、ダンジョンの仕掛けと魔物は非活性化されている。組んだ仲間以外が入れない占有状態は、全員が脱出するまでは継続する仕様であるので、誰一人邪魔するものはない。
だから、いつも通りに、一人散策を始める。
白い僧服の探索者、”銀燭”、もとい中の人”須崎 玲”は、睡眠時間すら惜しんで世界を堪能する。
「本当に、綺麗だ………」
他の探求者に言わせれば探索中に見飽きるほどに見た水晶窟をしばし見て回るも、ふと気になることを思い出して最奥の部屋に戻り、水晶龍が背にしていた壁面を眺めていた。
戦闘中に気にかかっていたのは、水晶龍が立ち位置をあまり変えないことだった。正直、今日のメンバーだけでダンジョンボスに挑むつもりはなかった。そも、幾人かは仕事が長引きそもそもログインできていなかったし、翌日にも、いや、もう本日であるが仕事が控えていて、無理のない、適度なところで探索を終えるつもりだったのだ。
しかし、目の眩む魔窟を巡るうちに、不用意に転がりこんでしまった先で洞窟の主と対峙することとなった。
勝因の一つは、後方から戦線を支えていた回復師に、直接的に水晶龍が踏み込んでくることが少なかったからだ、と改めて考えていた。いざ回復師が狙われる局面の為に、温存していた奥の手の数々はしかし披露することなく、ただし、二転三転する戦況におよそ思いつく最善の手を尽くした激戦の果てに辛くも勝利を得ることができた。
常に視界内に全員を収めるような立ち回りは、そのように行動パターンとして組まれていた仕様だといってしまったらそれまでだが、剣士がなかなか背後を取れずにいら立っていたのは、後ろに回られるよりも、一定のラインを踏み超えられるを拒んでいた、そう、ここから先には立たせないと立ち阻む水晶龍の意思があるように感じられた。
自分でも、おかしな分析だとは思う。だが、なんとなく気になったのだ。
満ちる光の揺らぎが見て取れる、澄み切った水晶の壁。地中の魔力を蓄えている様を示す演出効果を目に、何度心ごと吸い込まれそうになったことか。魔力を封じこめる魔石は、きっと魂だって封じ込めることができるに違いない。幻想世界に陶酔し魂を呑まれたものが、過去何人いたことか。だからこそ、自分だってこのような形で現実ならざる世界に今立つことができているのだ、としみじみ感嘆する。
そして、壁面の輝きに目を奪われ往復すること二度三度、ふと気づいた。壁の向こうに映る輝きがあることに。
初め、単純に壁深くの光が見えているか、もしくは背後の光が映っているだけのように思えたそれは、しかし、微妙に違っている気がした。どうも、一部の壁が薄く、その向こうの空間の光景が見えているようだと気づく。
「これは、隠し部屋………かな」
そういえば、さっきのメンバーには探索に特化したスキルを保持しているものがいなかった。気づいたとしても、探索を行っていたかどうかは怪しいものだが。
しばし思案し、壁をぶち抜けるか試してみることにした。
先の戦闘で、回復師をきっちり守りきれたのは、水晶窟探索中に習得した”水晶砕き”というスキルを取得していたためでもある。取得できたのは水晶龍に対峙する直前の戦闘で水晶獣を叩いた時であり、いざ実践投入したのはまさに先の一戦。水晶で構築された対象相手に有用なのは実証できたものの、長引く戦況に物は試しと水晶龍を殴ろうと無理に前線に出たら、戦線が崩れて、やめて禿げちゃう、と懇願されたために自重したが。
―――銀燭の立ち位置は、前後衛を補助・維持するための中衛だから、しょうがないか。
睡眠時間が削れているうえに、戦勝による興奮で思考が緩くなっていたままに思いついた案に従って”水晶砕き”を活性化させ、物は試しと突き込んでみれば、あっさりと壁は崩落した。
壁は非破壊の設置物ではなかったようだ。
「他にも隠し部屋があったりして?うん、探索も捗るかもしれない。」
透き通っていたために厚みの知れなかった水晶壁は思いのほか分厚かったらしく、相当量の水晶塊となって転がっていた。新たな素材と可能性を得たことにホクホクしながら壁の奥へ踏み込んでみる。
「わ、あ………」
嘆息して、魅入る。それ程に見事な光景が広がっていた。
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